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第五話 王太子アンドリュー
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王国の王太子アンドリューは、婚約者の侯爵令嬢キャロルが好きだった。
王宮で開かれた子どもだけのお茶会で自身がひと目惚れして、帝国との仲を深めたい王家の思惑も加わって結ばれた婚約だった。
キャロルもアンドリューに好意を抱いてくれているように見えていた。
それがいつからおかしくなったのだろうか。
同い年なら女の子のほうが成長が早い。
婚約して数年経ったころ、アンドリューは日に日に美しく大人びていくキャロルが、自分に満足していないのではないかと不安を感じるようになった。
その不安は学園に入学したことで爆発した。
学園にはアンドリューより年上の魅力的な男や同い年なのに大人っぽい男がたくさんいたのだ。
不安に駆られてキャロルと上手く話せなくなったアンドリューに近寄って来たのが伯爵令嬢だった。未来の国王夫妻のために悪役になりますわ、侯爵令嬢に見せつけて嫉妬させてあげましょうよ、彼女はそう言ったのだ。
アンドリューが見るキャロルはいつも通りで、むしろ妃教育の成果か感情を表さないようになっていった。
でも伯爵令嬢は言ってくれた。
侯爵令嬢に嫉妬されています、怖いくらいに睨みつけてきました。その言葉が、アンドリューはどれだけ嬉しかったことだろう。キャロルを嫉妬させてアンドリューの自尊心を満足させるためだけの恋愛ごっこがしばらく続いた後、伯爵令嬢は王宮のお茶会で毒殺された。
キャロルの仕業だと思った。それ以外考えられなかった。
事件が起きる直前に伯爵令嬢から言われていたのだ。
早く侯爵令嬢に本当のことを話しましょう、このままではアタクシ殺されてしまうかもしれません、と。
アンドリューはそのお茶会で種明かしをして、キャロルを安心させるつもりだった。
しかし伯爵令嬢が毒殺されたことで、アンドリューのキャロルへの愛は恐怖で塗り潰された。
次の公爵令嬢との仲は恋愛ごっこではなかった。両親の国王夫妻にキャロルは無実だと言われて婚約破棄を許されなかったアンドリューは、女性の柔肌に溺れることでしか恐怖から逃げ出せなかったのだ。
男爵令嬢グリーディとの関係も自発的なものだ。
公爵令嬢も王宮の夜会で毒殺されてしまったのである。
アンドリューはキャロルの姿を視界に入れることも嫌だった。
(グリーディが助かって良かった。婚約破棄……解消も認められたし、グリーディとの仲も許された)
今のアンドリューはもうキャロルの顔も思い出せなかった。
「王太子殿下、調査結果の報告に参りました」
自室の扉が叩かれて、近衛騎士団の精鋭が現れた。
彼らはグリーディが飲まされた毒の入手経路から犯人を探っていたのである。
アンドリューは喜んで招き入れた。キャロルは母親の実家がある帝国へ移住すると言っているが、遠方からでも人は殺せる。彼女が手の届く位置にいる間に、なんとしてもみっつの事件の犯人を挙げたいとアンドリューは望んでいた。
「王都裏通りの不認可の薬屋で、あの毒を購入したのは男爵家のグリーディ嬢でした。男爵家へ引き取られる前のことです」
「は? どういうことだ?」
「ほかにも怪しいと思われる人間はいますが、今回の事件の関係者で毒を購入した人物は男爵令嬢だけでした。もちろん偽名で購入しています」
「ほかの怪しい人間を調べ直してくれ。おそらく帝国の人間がキャロルの命を受けて動いていたのだろう。いや、帝国から毒を持ってきたのか?」
そう言いながらもアンドリューは、グリーディに対して浮かんだ疑惑を消せないでいた。
第一と第二の事件のとき、グリーディはその場にいなかった。
まだ男爵家へ引き取られていなかったのだ。
(だから彼女が犯人のはずがない。ないけれど……グリーディはなんのために毒を購入したんだ?)
先日のお茶会のとき、取り調べを受けなかったのはアンドリューとグリーディだけだった。
(私をキャロルから解放するために自作自演をしてくれたのだろうか。いや、男爵家へ引き取られる前に購入していたというのがわからない)
グリーディを想うアンドリューの心は、かつてキャロルを想っていたときの心と同じように、得体の知れない恐怖に染められていった。
王宮で開かれた子どもだけのお茶会で自身がひと目惚れして、帝国との仲を深めたい王家の思惑も加わって結ばれた婚約だった。
キャロルもアンドリューに好意を抱いてくれているように見えていた。
それがいつからおかしくなったのだろうか。
同い年なら女の子のほうが成長が早い。
婚約して数年経ったころ、アンドリューは日に日に美しく大人びていくキャロルが、自分に満足していないのではないかと不安を感じるようになった。
その不安は学園に入学したことで爆発した。
学園にはアンドリューより年上の魅力的な男や同い年なのに大人っぽい男がたくさんいたのだ。
不安に駆られてキャロルと上手く話せなくなったアンドリューに近寄って来たのが伯爵令嬢だった。未来の国王夫妻のために悪役になりますわ、侯爵令嬢に見せつけて嫉妬させてあげましょうよ、彼女はそう言ったのだ。
アンドリューが見るキャロルはいつも通りで、むしろ妃教育の成果か感情を表さないようになっていった。
でも伯爵令嬢は言ってくれた。
侯爵令嬢に嫉妬されています、怖いくらいに睨みつけてきました。その言葉が、アンドリューはどれだけ嬉しかったことだろう。キャロルを嫉妬させてアンドリューの自尊心を満足させるためだけの恋愛ごっこがしばらく続いた後、伯爵令嬢は王宮のお茶会で毒殺された。
キャロルの仕業だと思った。それ以外考えられなかった。
事件が起きる直前に伯爵令嬢から言われていたのだ。
早く侯爵令嬢に本当のことを話しましょう、このままではアタクシ殺されてしまうかもしれません、と。
アンドリューはそのお茶会で種明かしをして、キャロルを安心させるつもりだった。
しかし伯爵令嬢が毒殺されたことで、アンドリューのキャロルへの愛は恐怖で塗り潰された。
次の公爵令嬢との仲は恋愛ごっこではなかった。両親の国王夫妻にキャロルは無実だと言われて婚約破棄を許されなかったアンドリューは、女性の柔肌に溺れることでしか恐怖から逃げ出せなかったのだ。
男爵令嬢グリーディとの関係も自発的なものだ。
公爵令嬢も王宮の夜会で毒殺されてしまったのである。
アンドリューはキャロルの姿を視界に入れることも嫌だった。
(グリーディが助かって良かった。婚約破棄……解消も認められたし、グリーディとの仲も許された)
今のアンドリューはもうキャロルの顔も思い出せなかった。
「王太子殿下、調査結果の報告に参りました」
自室の扉が叩かれて、近衛騎士団の精鋭が現れた。
彼らはグリーディが飲まされた毒の入手経路から犯人を探っていたのである。
アンドリューは喜んで招き入れた。キャロルは母親の実家がある帝国へ移住すると言っているが、遠方からでも人は殺せる。彼女が手の届く位置にいる間に、なんとしてもみっつの事件の犯人を挙げたいとアンドリューは望んでいた。
「王都裏通りの不認可の薬屋で、あの毒を購入したのは男爵家のグリーディ嬢でした。男爵家へ引き取られる前のことです」
「は? どういうことだ?」
「ほかにも怪しいと思われる人間はいますが、今回の事件の関係者で毒を購入した人物は男爵令嬢だけでした。もちろん偽名で購入しています」
「ほかの怪しい人間を調べ直してくれ。おそらく帝国の人間がキャロルの命を受けて動いていたのだろう。いや、帝国から毒を持ってきたのか?」
そう言いながらもアンドリューは、グリーディに対して浮かんだ疑惑を消せないでいた。
第一と第二の事件のとき、グリーディはその場にいなかった。
まだ男爵家へ引き取られていなかったのだ。
(だから彼女が犯人のはずがない。ないけれど……グリーディはなんのために毒を購入したんだ?)
先日のお茶会のとき、取り調べを受けなかったのはアンドリューとグリーディだけだった。
(私をキャロルから解放するために自作自演をしてくれたのだろうか。いや、男爵家へ引き取られる前に購入していたというのがわからない)
グリーディを想うアンドリューの心は、かつてキャロルを想っていたときの心と同じように、得体の知れない恐怖に染められていった。
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