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第六話 男爵令嬢グリーディ
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「どうしてこんなことにッ!」
王都男爵邸の自室で、グリーディは怒号を放った。
部屋には彼女以外だれもいない。
王家が付けてくれた護衛達には、男爵邸の中へまでは入らないように頼んでいる。男爵家のメイド達にも呼ぶまで来るなと命じていた。
父の男爵は自家が陞爵されて、娘が王家へ嫁ぐことを単純に喜んでいる。
だが今の状況はグリーディが望んだものとは違った。
アンドリューが想像したように、お茶会で毒を飲んだのはグリーディの自作自演だ。そうすることでアンドリューから離れられると思ったからだ。上手く吐き戻したことで、杯に毒が入っていたのだと見做されたのは幸運だった。
(適当に煽てて奢ってもらうだけで良かったのに、あの王子様ったらアタシに夢中になっちゃって)
金や贈り物は欲しかった。チヤホヤされるのも気持ち良かった。
でも王太子の婚約者や妃になりたかったわけではない。
グリーディには本命がいるのだ。
母親と一緒に下町で囲われていたときからの付き合いの犯罪組織の男である。
つい最近までは男爵家に下男として潜り込んでいて、グリーディが買って来た毒で父の正妻と異母兄を殺してくれた。
彼との付き合いに反対していた母親はグリーディが殺した。
その後は男爵家から逃げ出して下町へ戻っている彼が、グリーディは好きなのだ。
これから父も始末して、男爵家の当主となって彼を囲うつもりだった。
結婚は金回りの良さそうな男とする。財産をもらったら殺せば良い。グリーディはとにかく彼が大好きで、望まれればいくらでも貢いであげたいのだった。
(なのに王太子の婚約者だの妃だのになっちゃったら、監視の目は厳しいし気軽に彼と会えなくなっちゃうじゃない!)
まさか男爵家を陞爵させてまで、自分をアンドリューの婚約者にするとは思わなかった。
このままでは帝国を後ろ盾に持つクラーク侯爵令嬢に恨まれて、本当に毒を飲まされてしまうかもしれない。
もちろん自作自演の毒殺未遂でも多少の恨みを買っただろうけれど、グリーディがアンドリューと別れさえすれば大丈夫だと考えていたのだ。
(男爵家の当主になって、たまに通ってくる王子様の愛妾になるっていうなら承知しても良かったのに)
たくさんの護衛に囲まれて、思うように彼と会えないこともグリーディを苛つかせていた。
「……だれ?」
部屋の扉を叩く音に、グリーディは不機嫌に答えた。
考えてもどうしようもないとわかっているが、考えずにはいられないのだ。
思索を邪魔されたことで焦燥感が増していく。
「お嬢様、お客様がお見えです。学園のお友達ではないでしょうか」
「学園の友達? 男?」
「いえ女性です。子爵令嬢のエレナ―様だそうです」
「はあ?」
グリーディには学園に女性の友人はいなかった。
女性は金も贈り物もくれないし、チヤホヤしてもくれないからだ。
王太子の婚約者になりそうだということで近づいてくる令嬢がいないわけではなかったが、アンドリューがグリーディから離れないので挨拶以上のことはしていない。子爵令嬢のエレナ―は男爵邸にまで来て、グリーディの機嫌を取りたいのだろうか。
「知らない名前ね。アタシになにか贈り物でも持って来てる?」
「いいえ、手ぶらでした。侍女や従者も同行していません」
あまり裕福ではない家の令嬢なのだろう。グリーディの取り巻きに納まることで実家の地位を上げたいのかもしれない。
「会う気はないわ。追い返して」
「はい。……あの」
「まだなにかあるの?」
「鈴蘭が刻まれた丸い硝子の瓶、蓋は青、と伝えればお嬢様は会ってくれると言っていたのですが」
「ッ」
グリーディは息を呑んだ。
蓋が青い、鈴蘭が刻まれた丸い硝子の瓶とは、グリーディがあのお茶会へ持っていた毒の入った瓶のことだった。
被害者ということで取り調べは受けなかったので隠し通すことが出来た。王家に注目されているから今は使っていないものの、落ち着いたら当主になるため父に飲まそうと思って保管してある。
「……や、約束があったのを思い出したわ。その女をこの部屋へ連れてきて」
「応接室でなくてよろしいのですか?」
「親しい友達だから部屋で良いのよ。お茶も持ってこなくて良いわ」
家の外には王家の護衛達もいる。いきなり始末することは出来ないが、使用人達に聞かれてはならない話はすることになりそうだ。
王都男爵邸の自室で、グリーディは怒号を放った。
部屋には彼女以外だれもいない。
王家が付けてくれた護衛達には、男爵邸の中へまでは入らないように頼んでいる。男爵家のメイド達にも呼ぶまで来るなと命じていた。
父の男爵は自家が陞爵されて、娘が王家へ嫁ぐことを単純に喜んでいる。
だが今の状況はグリーディが望んだものとは違った。
アンドリューが想像したように、お茶会で毒を飲んだのはグリーディの自作自演だ。そうすることでアンドリューから離れられると思ったからだ。上手く吐き戻したことで、杯に毒が入っていたのだと見做されたのは幸運だった。
(適当に煽てて奢ってもらうだけで良かったのに、あの王子様ったらアタシに夢中になっちゃって)
金や贈り物は欲しかった。チヤホヤされるのも気持ち良かった。
でも王太子の婚約者や妃になりたかったわけではない。
グリーディには本命がいるのだ。
母親と一緒に下町で囲われていたときからの付き合いの犯罪組織の男である。
つい最近までは男爵家に下男として潜り込んでいて、グリーディが買って来た毒で父の正妻と異母兄を殺してくれた。
彼との付き合いに反対していた母親はグリーディが殺した。
その後は男爵家から逃げ出して下町へ戻っている彼が、グリーディは好きなのだ。
これから父も始末して、男爵家の当主となって彼を囲うつもりだった。
結婚は金回りの良さそうな男とする。財産をもらったら殺せば良い。グリーディはとにかく彼が大好きで、望まれればいくらでも貢いであげたいのだった。
(なのに王太子の婚約者だの妃だのになっちゃったら、監視の目は厳しいし気軽に彼と会えなくなっちゃうじゃない!)
まさか男爵家を陞爵させてまで、自分をアンドリューの婚約者にするとは思わなかった。
このままでは帝国を後ろ盾に持つクラーク侯爵令嬢に恨まれて、本当に毒を飲まされてしまうかもしれない。
もちろん自作自演の毒殺未遂でも多少の恨みを買っただろうけれど、グリーディがアンドリューと別れさえすれば大丈夫だと考えていたのだ。
(男爵家の当主になって、たまに通ってくる王子様の愛妾になるっていうなら承知しても良かったのに)
たくさんの護衛に囲まれて、思うように彼と会えないこともグリーディを苛つかせていた。
「……だれ?」
部屋の扉を叩く音に、グリーディは不機嫌に答えた。
考えてもどうしようもないとわかっているが、考えずにはいられないのだ。
思索を邪魔されたことで焦燥感が増していく。
「お嬢様、お客様がお見えです。学園のお友達ではないでしょうか」
「学園の友達? 男?」
「いえ女性です。子爵令嬢のエレナ―様だそうです」
「はあ?」
グリーディには学園に女性の友人はいなかった。
女性は金も贈り物もくれないし、チヤホヤしてもくれないからだ。
王太子の婚約者になりそうだということで近づいてくる令嬢がいないわけではなかったが、アンドリューがグリーディから離れないので挨拶以上のことはしていない。子爵令嬢のエレナ―は男爵邸にまで来て、グリーディの機嫌を取りたいのだろうか。
「知らない名前ね。アタシになにか贈り物でも持って来てる?」
「いいえ、手ぶらでした。侍女や従者も同行していません」
あまり裕福ではない家の令嬢なのだろう。グリーディの取り巻きに納まることで実家の地位を上げたいのかもしれない。
「会う気はないわ。追い返して」
「はい。……あの」
「まだなにかあるの?」
「鈴蘭が刻まれた丸い硝子の瓶、蓋は青、と伝えればお嬢様は会ってくれると言っていたのですが」
「ッ」
グリーディは息を呑んだ。
蓋が青い、鈴蘭が刻まれた丸い硝子の瓶とは、グリーディがあのお茶会へ持っていた毒の入った瓶のことだった。
被害者ということで取り調べは受けなかったので隠し通すことが出来た。王家に注目されているから今は使っていないものの、落ち着いたら当主になるため父に飲まそうと思って保管してある。
「……や、約束があったのを思い出したわ。その女をこの部屋へ連れてきて」
「応接室でなくてよろしいのですか?」
「親しい友達だから部屋で良いのよ。お茶も持ってこなくて良いわ」
家の外には王家の護衛達もいる。いきなり始末することは出来ないが、使用人達に聞かれてはならない話はすることになりそうだ。
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