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第一話 待ちぼうけ
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今日は私、伯爵家のルシアの結婚式のはずでした。
王都貴族街の神殿には、お付き合いのある貴族の方々や我が家と取り引きしている商家の方々が列席してくださっています。
私は父に手を預けて、長年の婚約者であるマテオ様を待っていました。
彼の実家である子爵家の皆様は、もう席に座っていらっしゃいます。不安げな表情で、私の顔色を窺っているようです。
婿養子である父の実家の男爵家の方々は、親族席にいる父の愛人の隣、異母妹のヌトゥリアが座っているはずの空席を見て青い顔をなさっています。
父は真っ赤になって、堪えきれない怒りからか震えています。
……今さらです。
我が家からの支援欲しさに、私とマテオ様の婚約解消を受け入れなかったのは子爵家の方々、祖父が亡くなったときに愛人親娘を王都の伯爵邸へ連れ込んだ父を引き取らなかったのは男爵家の方々です。
正当な跡取りだったとはいえ、まだ学園在学中だった未成人の私になにが出来たでしょう。
心優しいマテオ様は、愛人の娘という立場の『可哀相』なヌトゥリアを慈しみました。
ヌトゥリアは私達よりふたつ年下でしたが、私と同い年のマテオ様が卒業するまでの学園で、ふたりはいつも一緒でした。マテオ様はいきなり生活が変わったヌトゥリアが『可哀相』だとおっしゃるのです。
私がどんなにやめて欲しいとお願いしても、マテオ様はそんな私を冷たい人間だと言って悲しそうに見つめるだけでした。父と愛人が異母妹の味方だったことは言うまでもないでしょう。
伯爵邸にまで連れ込んでおきながら父が愛人と再婚しなかったのは、祖父がそのように遺言を残していたからです。
だれかと再婚したならば、父を私の後見人から外す、と。
私の学園入学直前に母が亡くなったとき父を絶縁しておけば良かったのにと、私は今も祖父の選択に不満を持っています。祖父は認めたくなかったのでしょう。学園在学中に優秀な成績を残した人間だからと、父を母の婿として選んだ自分の目が間違っていたことを。
貧しい男爵家の次男だった父は、母の婿となって伯爵家の財政に関わるようになると贅に溺れ、下町の酒場で出会ったヌトゥリアの母親を囲うようになったのです。
母や祖父に責められても、魅力の無い母が悪い、自分を選んだのはそちらだ、跡取り娘の父親を追い出すつもりか、と逆に脅して伯爵家の財産を貪り続けていたのです。
父が愛人親娘を囲うのに使ったお金があれば、伯爵家はもっと事業を拡大して飛躍出来ていたことでしょう。私の婚約者として子爵家次男のマテオ様を選んだのも祖父でした。でも昔のマテオ様は……
花嫁衣装の私が指を預けている父の手は大きくて、熱く震えています。
父の手に触れるのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
私が生まれた日も、父は愛人を囲っている下町の家から戻って来ませんでした。愛人親娘が我が家に入り込んで来てからも、その家は伯爵家の所有として存在しています。
頭上から鐘の音が響いてきます。
神殿の上にある鐘が、もうすぐお昼だと告げているのです。
朝から待っていましたけれど、マテオ様は来ないのでしょう。きっとどこかでヌトゥリアと一緒にいるのです。『可哀相』な異母妹と。
私達のいる間の奥には祭壇があり、司祭様が花嫁と花婿を待ってくださっています。
司祭様の背後には色とりどりの玻璃を配した美しい窓があって、外からの光に煌めいていました。
ここへ来たときは朝のものだった静かな光は、いつしか眩しい昼のものへと変わっています。
「ルシア?」
私は父の手から指を離しました。
ひとりで祭壇へと歩いていきます。
伯爵家の代表として、司祭様に式の中止を申し出なくてはなりません。それから来てくださった皆様に謝罪いたします。お詫びの品や馬車などの費用を差し上げるのは後日で良いでしょう。
午後から式を挙げる方々の邪魔になってはいけませんものね。
待ちぼうけを食わされた私と違って、幸せになってくださると良いのですけれど。
むしろ私に幸せを祈られたほうが不吉かもしれませんね。今は自分のことに集中いたしましょう。
マテオ様とヌトゥリアは駆け落ちでもしたのでしょうか。
そこまでするとは思っていませんでした。
昨夜伯爵邸を抜け出したヌトゥリアを尾行させていた従者からの報告は、裏門を出て落ち合ったふたりが下町の連れ込み宿へ入ったところで終わっています。
──王都騎士団からの連絡が入ったのは結婚式を中止して、お前に魅力がないからだと私を罵り続ける父とひと言も喋らない愛人と一緒に伯爵邸へ戻って、しばらくしてからのことでした。
王都貴族街の神殿には、お付き合いのある貴族の方々や我が家と取り引きしている商家の方々が列席してくださっています。
私は父に手を預けて、長年の婚約者であるマテオ様を待っていました。
彼の実家である子爵家の皆様は、もう席に座っていらっしゃいます。不安げな表情で、私の顔色を窺っているようです。
婿養子である父の実家の男爵家の方々は、親族席にいる父の愛人の隣、異母妹のヌトゥリアが座っているはずの空席を見て青い顔をなさっています。
父は真っ赤になって、堪えきれない怒りからか震えています。
……今さらです。
我が家からの支援欲しさに、私とマテオ様の婚約解消を受け入れなかったのは子爵家の方々、祖父が亡くなったときに愛人親娘を王都の伯爵邸へ連れ込んだ父を引き取らなかったのは男爵家の方々です。
正当な跡取りだったとはいえ、まだ学園在学中だった未成人の私になにが出来たでしょう。
心優しいマテオ様は、愛人の娘という立場の『可哀相』なヌトゥリアを慈しみました。
ヌトゥリアは私達よりふたつ年下でしたが、私と同い年のマテオ様が卒業するまでの学園で、ふたりはいつも一緒でした。マテオ様はいきなり生活が変わったヌトゥリアが『可哀相』だとおっしゃるのです。
私がどんなにやめて欲しいとお願いしても、マテオ様はそんな私を冷たい人間だと言って悲しそうに見つめるだけでした。父と愛人が異母妹の味方だったことは言うまでもないでしょう。
伯爵邸にまで連れ込んでおきながら父が愛人と再婚しなかったのは、祖父がそのように遺言を残していたからです。
だれかと再婚したならば、父を私の後見人から外す、と。
私の学園入学直前に母が亡くなったとき父を絶縁しておけば良かったのにと、私は今も祖父の選択に不満を持っています。祖父は認めたくなかったのでしょう。学園在学中に優秀な成績を残した人間だからと、父を母の婿として選んだ自分の目が間違っていたことを。
貧しい男爵家の次男だった父は、母の婿となって伯爵家の財政に関わるようになると贅に溺れ、下町の酒場で出会ったヌトゥリアの母親を囲うようになったのです。
母や祖父に責められても、魅力の無い母が悪い、自分を選んだのはそちらだ、跡取り娘の父親を追い出すつもりか、と逆に脅して伯爵家の財産を貪り続けていたのです。
父が愛人親娘を囲うのに使ったお金があれば、伯爵家はもっと事業を拡大して飛躍出来ていたことでしょう。私の婚約者として子爵家次男のマテオ様を選んだのも祖父でした。でも昔のマテオ様は……
花嫁衣装の私が指を預けている父の手は大きくて、熱く震えています。
父の手に触れるのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
私が生まれた日も、父は愛人を囲っている下町の家から戻って来ませんでした。愛人親娘が我が家に入り込んで来てからも、その家は伯爵家の所有として存在しています。
頭上から鐘の音が響いてきます。
神殿の上にある鐘が、もうすぐお昼だと告げているのです。
朝から待っていましたけれど、マテオ様は来ないのでしょう。きっとどこかでヌトゥリアと一緒にいるのです。『可哀相』な異母妹と。
私達のいる間の奥には祭壇があり、司祭様が花嫁と花婿を待ってくださっています。
司祭様の背後には色とりどりの玻璃を配した美しい窓があって、外からの光に煌めいていました。
ここへ来たときは朝のものだった静かな光は、いつしか眩しい昼のものへと変わっています。
「ルシア?」
私は父の手から指を離しました。
ひとりで祭壇へと歩いていきます。
伯爵家の代表として、司祭様に式の中止を申し出なくてはなりません。それから来てくださった皆様に謝罪いたします。お詫びの品や馬車などの費用を差し上げるのは後日で良いでしょう。
午後から式を挙げる方々の邪魔になってはいけませんものね。
待ちぼうけを食わされた私と違って、幸せになってくださると良いのですけれど。
むしろ私に幸せを祈られたほうが不吉かもしれませんね。今は自分のことに集中いたしましょう。
マテオ様とヌトゥリアは駆け落ちでもしたのでしょうか。
そこまでするとは思っていませんでした。
昨夜伯爵邸を抜け出したヌトゥリアを尾行させていた従者からの報告は、裏門を出て落ち合ったふたりが下町の連れ込み宿へ入ったところで終わっています。
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