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第二話 毒
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王都騎士団は王都に属する騎士団です。
社交のために領地を離れて王都で暮らす貴族家で問題が起こったとき、調査して解決するのが役目です。団員は貴族家を継げなかった次男三男が多いのですが、学園に通って騎士爵を得ている方々なので立場は貴族となります。そうでなければ関係者の貴族に聞き取りが出来ません。
平民間で起こる問題は、平民で構成される衛兵隊が対応します。
我が家を訪れたのは、数ヶ月前にもお会いした騎士団の小隊長の男性でした。
私よりいつつ年上のモイセス様です。
三年制の学園で在学時期が重なったことはありませんけれど、以前から存じていました。
初めてお会いしたのは私が学園に入学する直前、母の葬儀が終わった後です。
研修期間を終えた新人だった彼は、いきなり騎士団の詰所に押しかけた私の話を黙って聞いてくれました。
この王国の神殿は自殺を禁じています。祖父は毒を飲んで亡くなった母が自殺だと信じ、それが神殿に知られないように事故死として届け出ていました。
だけど私はそう思っていませんでした。今もです。
母はだれかに毒を飲まされたのです。
父と離縁して、たとえ伯爵家を出ることになってもふたりで生きていこうと言ってくれていた母が、私を遺して自殺などするはずがないのです。
当時の法律では、女性は結婚して男性の補佐がないと当主になれない決まりでした。
母はまだ祖父から伯爵家を受け継いでいませんでした。
祖父は自分が亡くなった後で、父と別れた母が伯爵家を相続出来ず、孫娘の私とふたりで路頭に迷うことを案じて離縁を禁じていたのです。
母が亡くなったのは、私達三人が領地で過ごしていた間に、父が伯爵邸へ愛人親娘を連れ込んでいたと知った翌日でした。
父は伯爵邸の夫婦寝室で愛人と戯れたのです。
私が母のお腹にいるとわかってから使われていなかった夫婦寝室とはいえ、そんな真似をされて嬉しい人間がいるはずがありません。もちろん王都伯爵邸の使用人達は止めようとしてくれました。でも伯爵家の婿である父に乱暴は出来なかったのです。
そうでなくても母は父の行動に心を痛めていました。
亡くなった日……厳密にいえば亡くなっているのが見つかる前の夜は、主治医に調合してもらっていた睡眠薬を飲んでも眠れなかったのか、執務室の鍵付きの棚に飾っていた酒精の強いお酒を寝酒にしたことがわかっています。
毒はそのお酒に入っていたのです。
母が死を選んだのなら、わざわざ苦手なお酒に毒を入れて飲む必要はありません。
飲むごとに少しずつ効力の強いものに変わっていった睡眠薬を大量に摂取すれば、眠れなくても死ぬことは出来ました。
そのほうが楽で苦しまなかったはずなのです。
応接室で、モイセス様が口を開きました。
「実は下町の連れ込み宿でこちらの……」
と言いながら見つめられて、向かいに座った私は頷きました。
ヌトゥリアの話でしょう。
伯爵家の血を引かない異母妹ですが、今のところは私の家族です。よりによって結婚式の前夜に私の婚約者を寝取った人間であろうとも。尾行させていた従者からの報告がなかったのは、ふたりが宿から出て来なかったからだったのでしょう。
「ヌトゥリア嬢と子爵家次男のマテオ殿が意識不明の状態で発見されました。おふたりは宿に酒瓶を持ち込んでいて、それに混入されていた毒で体調を崩したようです。朝になっても客室から出てこなかったため、宿の人間が衛兵隊を呼び寄せて踏み込んだのです。おふたりが貴族家の人間だとわかったので、衛兵隊から騎士団に連絡があり、今は自分の小隊がこの件を担当しています」
宿の人間が衛兵隊を呼び寄せたのは、勝手に客室へ入って荷物を盗もうとしていたと思われたら困るからでしょう。
それにしてもふたりは、下町の連れ込み宿に入るようなときに自分達が貴族家の人間だとわかるようなものを持ち込んでいたのでしょうか。
衛兵隊に学園の平民特待生だった隊員がいて、どちらかの顔を見知っていたのかもしれませんね。
「な……ッ!」
私の隣に座っていた父が、モイセス様の言葉を聞いて立ち上がりました。
神殿にいたときと同じように真っ赤になって震えています。父の後ろに立っていた愛人は相変わらず沈黙していました。
父は私を睨みつけて叫びました。
「ルシア、お前かッ! お前がヌトゥリアを殺そうとしたのか?」
私は父を睨み返しました。
社交のために領地を離れて王都で暮らす貴族家で問題が起こったとき、調査して解決するのが役目です。団員は貴族家を継げなかった次男三男が多いのですが、学園に通って騎士爵を得ている方々なので立場は貴族となります。そうでなければ関係者の貴族に聞き取りが出来ません。
平民間で起こる問題は、平民で構成される衛兵隊が対応します。
我が家を訪れたのは、数ヶ月前にもお会いした騎士団の小隊長の男性でした。
私よりいつつ年上のモイセス様です。
三年制の学園で在学時期が重なったことはありませんけれど、以前から存じていました。
初めてお会いしたのは私が学園に入学する直前、母の葬儀が終わった後です。
研修期間を終えた新人だった彼は、いきなり騎士団の詰所に押しかけた私の話を黙って聞いてくれました。
この王国の神殿は自殺を禁じています。祖父は毒を飲んで亡くなった母が自殺だと信じ、それが神殿に知られないように事故死として届け出ていました。
だけど私はそう思っていませんでした。今もです。
母はだれかに毒を飲まされたのです。
父と離縁して、たとえ伯爵家を出ることになってもふたりで生きていこうと言ってくれていた母が、私を遺して自殺などするはずがないのです。
当時の法律では、女性は結婚して男性の補佐がないと当主になれない決まりでした。
母はまだ祖父から伯爵家を受け継いでいませんでした。
祖父は自分が亡くなった後で、父と別れた母が伯爵家を相続出来ず、孫娘の私とふたりで路頭に迷うことを案じて離縁を禁じていたのです。
母が亡くなったのは、私達三人が領地で過ごしていた間に、父が伯爵邸へ愛人親娘を連れ込んでいたと知った翌日でした。
父は伯爵邸の夫婦寝室で愛人と戯れたのです。
私が母のお腹にいるとわかってから使われていなかった夫婦寝室とはいえ、そんな真似をされて嬉しい人間がいるはずがありません。もちろん王都伯爵邸の使用人達は止めようとしてくれました。でも伯爵家の婿である父に乱暴は出来なかったのです。
そうでなくても母は父の行動に心を痛めていました。
亡くなった日……厳密にいえば亡くなっているのが見つかる前の夜は、主治医に調合してもらっていた睡眠薬を飲んでも眠れなかったのか、執務室の鍵付きの棚に飾っていた酒精の強いお酒を寝酒にしたことがわかっています。
毒はそのお酒に入っていたのです。
母が死を選んだのなら、わざわざ苦手なお酒に毒を入れて飲む必要はありません。
飲むごとに少しずつ効力の強いものに変わっていった睡眠薬を大量に摂取すれば、眠れなくても死ぬことは出来ました。
そのほうが楽で苦しまなかったはずなのです。
応接室で、モイセス様が口を開きました。
「実は下町の連れ込み宿でこちらの……」
と言いながら見つめられて、向かいに座った私は頷きました。
ヌトゥリアの話でしょう。
伯爵家の血を引かない異母妹ですが、今のところは私の家族です。よりによって結婚式の前夜に私の婚約者を寝取った人間であろうとも。尾行させていた従者からの報告がなかったのは、ふたりが宿から出て来なかったからだったのでしょう。
「ヌトゥリア嬢と子爵家次男のマテオ殿が意識不明の状態で発見されました。おふたりは宿に酒瓶を持ち込んでいて、それに混入されていた毒で体調を崩したようです。朝になっても客室から出てこなかったため、宿の人間が衛兵隊を呼び寄せて踏み込んだのです。おふたりが貴族家の人間だとわかったので、衛兵隊から騎士団に連絡があり、今は自分の小隊がこの件を担当しています」
宿の人間が衛兵隊を呼び寄せたのは、勝手に客室へ入って荷物を盗もうとしていたと思われたら困るからでしょう。
それにしてもふたりは、下町の連れ込み宿に入るようなときに自分達が貴族家の人間だとわかるようなものを持ち込んでいたのでしょうか。
衛兵隊に学園の平民特待生だった隊員がいて、どちらかの顔を見知っていたのかもしれませんね。
「な……ッ!」
私の隣に座っていた父が、モイセス様の言葉を聞いて立ち上がりました。
神殿にいたときと同じように真っ赤になって震えています。父の後ろに立っていた愛人は相変わらず沈黙していました。
父は私を睨みつけて叫びました。
「ルシア、お前かッ! お前がヌトゥリアを殺そうとしたのか?」
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