一昨日のキス、明日にキス

豆狸

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25・X年7月15日

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 火曜日の放課後、菜乃花は漫研の部室へ向かっていた。
 冴島が今日休んでいることは、昼休みに弥生から聞いている。
 弁当を手にして部室へ向かっているとき無人のベンチを見たから、なんとなく予想はしていたのだけれど。
 テニスボールを打ち合う軽快な音が耳朶を打つ。
 裏庭に面したテニスコートでは、テニス部員たちが練習に明け暮れている。
 その中に八木の姿はなかった。
 彼も今日学校を休んでいた。

(冴島くん、どうしたのかな……)

 歩きながら、菜乃花は携帯を取り出した。
 保存してあるメールを呼び出す。
 昨夜眠る前、冴島に『おやすみ』と送ったら、十分もしないうちに『おやすみ』と返信をくれた。たぶん一生このメールは消せない。

(体調悪いのかな。昨日八木くんのお見舞いに行って、風邪がうつったとか)

 ぼんやりと考えたものの、本当は八木の体調不良の原因がなんなのかは知らなかった。

「……」

 勇気を出して、『大丈夫? もし病気なら、好きなものお見舞いに持っていくよ』とメールを送る。返事はいつごろ来るだろう。
 視線を感じて振り返り、菜乃花は校舎の端に立つ人影に気づいた。
 佐々木だ。
 軽く手を振って、菜乃花を呼んでいるようだ。

「佐々木さん?」

 菜乃花は校舎へ戻った。

「佐藤っち。あのさ、冴島になにか聞いてる?」

 佐々木に尋ねられて、首を横に振る。

「なにかって?」
「実はうち、繁華街の映画館でバイトしてるのね。ほら、土曜日に行ったとこ。さっきバイトの先輩からシフト交換のメールが来てさ、それについでで書いてあったんだけど、なんか今日、冴島が繁華街うろついてるみたいなの」
「え」

 建物の裏にあるゴミ捨て場は人通りが少なく、映画館の人間も決まった時間にしかゴミを出さないので、人目を憚る類の人間が入り込んでいることがあるのだという。

「いつもは裏で騒いでても気づかない振りするんだけど……ほら、危ないじゃん? でも聞き覚えのある声がして」

 土曜日に佐々木と一緒にいた少年の声のような気がして、バイトの先輩はゴミを出す振りをして顔を出した。
 そこまで話して、佐々木は声を潜める。

「……たぶんニュースとかでやってる脱法ハーブの売人? が、冴島を殴りつけて走っていくところだったんだって。先輩は冴島に声をかけたんだけど、そのまま立ち去っちゃったらしくて」
「冴島くんが、そんな人と……?」
「まあはっきりとはわかんないよ? でも先輩はうちと違って夜遅くのシフトにも入ってるから、繁華街の路地でたむろしてるのをよく見かけてたんだって。あ、冴島殴ってたヤツね?」
「あの……わたし、わたし、冴島くんに電話してみる」
「うん。余計なことだったらゴメンよ」
「ううん、ありがとう!」
「じゃあうち、正門のほうから帰るんでこれで」

 佐々木に会釈だけして、菜乃花は冴島の番号を登録してある短縮ボタンを押した。
 携帯を耳に当てて応答を待つ。
 ──やがてガチャリと音がして、留守電の録音が始まった。

(なにが……冴島くんになにがあったの?)

 帰り道、菜乃花はひとり冴島の店へと向かった。
 喫茶店『SAE』は、二十八歳の菜乃花の記憶と同じように真っ暗だった。
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