一昨日のキス、明日にキス

豆狸

文字の大きさ
33 / 51

32・三度目のX年7月9日②

しおりを挟む
「……うーん……」

 昼食を終えて漫研の部室を出て、菜乃花は唸った。
 どうしよう。

(未来うんぬんは、言わないほうがいいわよね。昼休みに少し会話するだけの相手に妙な話をされても戸惑うだろうし。やっぱりWデートまで待つべきなのかなあ)

 この前のことを鑑みて、漫画家についてのことは類に話していない。
 二十八歳の意識と記憶があるということも、弥生たちに相談していなかった。
 それにしても、Wデートの日まで待ったからといって冴島を救う名案が浮かぶものだろうか。悩みながら裏庭へ向かう足は、無意識に速くなっていく。
 心臓が早鐘を打ち始める。
 どうしたらいいのかわからない状態でも、冴島の顔を見られるというだけで嬉しい菜乃花なのだ。実は登校したときも、弥生に挨拶しに行った振りをして、隣のクラスへ彼の顔を覗きに行っていた。

(窓のほう見てたから声かけなかったけど、あのときも挨拶したほうが良かったかなあ)

 二回のWデートの記憶は、菜乃花の中にしかない。
 いきなり馴れ馴れしいことを言っても引かれるだけだ。
 Wデートのときだって、未来がわかるといっても信じてもらえなかった。
 まあ、それも当然だろうと、菜乃花も理解している。
 冴島はいつものように、テニスコートに面した裏庭のベンチに腰かけていた。

「……よお」

 彼が今日持って来たのがスモアだと当てたら、未来がわかるということを信じてもらえるだろうか。しかし信じてもらえても、どう告げれば彼が助かるのかわからない。
 冴島はなぜか、眉間に皺を寄せて菜乃花を見ていた。

「……冴島くん?」
「あ、いや……佐藤の唇、赤いな」
「うん。おばあちゃんがリップグロス作ってくれたの」
「そんなもの、個人が作れるのか?」
「うちのおばあちゃん、器用なの。石鹸とかも作るよ」
「へーえ……」

 なんとなく会話がぎこちない。
 冴島は、菜乃花から視線を逸らした。

(あれ? なんか……なんかこの前と違う)

「……佐藤、さあ」
「なぁに?」
「今朝……あー、俺の席窓際だから偶然見えたんだけど、二年の男と登校してただろ?」
「うん、途中で会ったの」
「……そうか。あー……つき合ってるとかじゃねぇの?」
「ち、違うよ?」
「でもアイツ、前髪上げたらすげぇ顔がいいって噂だろ? それに同じ部活だから、話も合うんじゃねぇのか?」
「確かに類くんは美形だし、漫画の話するのは楽しいけど、ただの後輩だよ? それに……」

 類は弥生の元カレだ。
 自分の恋愛対象としては考えられない。
 そっぽを向いていた冴島が、菜乃花に向き直った。

「だったらいいけど。彼氏がいるのに、俺とふたりで過ごしてたら、あー……いろいろマズイかと思って」

 気を遣ってくれていたらしい。

「そんなの! そんなの全然大丈夫だよ! あ、でも冴島くんは大丈夫? あの……わたしとふたりでいても?」
「俺はべつに……」

 彼は照れたような笑みを浮かべた。
 横に置いていたナイロン袋を広げて、ラップに包んだお菓子を取り出す。
 チョコとマシュマロをビスケットで挟んで、軽くあぶったお菓子だ。

「変に勘ぐって悪かったな。……座れよ。このお菓子、好きだったろ?」
「うん! あ、これってスモアっていうんだよね?」
「へえ、よく知ってたな。そうだよ、スモア。『SOME MORE』の略。もっとちょうだい、って意味だ」

(もっと……)

 流暢な冴島の発音を聞いた瞬間、菜乃花の胸が、トゥクン、と高鳴った。

(もっとちょうだい。冴島くんと過ごす時間が、もっと欲しい……)

 お邪魔しますと告げて、菜乃花は冴島の隣に腰かけた。
 精いっぱいの勇気を振り絞り、ふたりの間の空間を普段の人ひとり分の距離から半分の距離に縮める。

(ず……図々しかったかな。近過ぎる?)

 そっと横目で様子を窺った菜乃花は、彼が優しい微笑みを浮かべて自分を見ていることに気づき、慌てて視線を逸らした。
 今日はなんとなくいつもと違っているようだ。
 でもそれがなぜなのか、菜乃花にはわからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...