砕けた愛は、戻らない。

豆狸

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第五話B 愛は煌めいて

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 私が海を見下ろす高台にあるこの神殿に入って、どれほど経つでしょうか。
 まだ一年も過ぎてはいないと思うのに、なんだか長い時間が過ぎ去ったような気がします。
 ここには私と同じように心を病んだ女性達が暮らしています。ほかの方々の苦しみを思うと、嫉妬を咎められて奇行に走った自分が恥ずかしくてなりません。アンドレス王太子殿下はもちろん、妃教育を授けてくださっていた女王陛下にもこれまで育ててくださった父のデルガード侯爵にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 でも神殿の神官様方はみな、苦しみの重さに違いなどないのだから自分を責めなくても良いのだと言ってくださいます。ありがたいことです。
 私は吹き寄せる潮の香りに包まれて、神殿の清掃に勤しみ神様に祈りを捧げて日々を暮らしています。
 王太子殿下以外の方となら会っても混乱して奇行に走ることがないとわかったので、貧しい人達への奉仕活動にも参加し始めました。侯爵令嬢として、王太子の婚約者としても奉仕活動はしていましたが、以前よりも距離が近いぶん貧しい人達の感謝が伝わって来て、達成感が増している気がします。

 王都の孤児院を回って子どもの相手をしたり、貧民街で炊き出しをしたり──アルメンタ王国は長い間平和なのですけれど、海の向こうのジャウハラ帝国は皇帝の代替わりをきっかけに十数年内乱が続いています。孤児院や貧民街には、内乱から逃れて帝国からやって来た方々もたくさんいました。
 妃教育で学んだ頭の中でだけわかっていたことに色が着いていくようです。
 もう私が国のまつりごとと関わることはありません。それでも学んできたこと知ったことをこれからの人生で活かしていけたら、と思います。

「イザベリータ、この方についていてもらえる? 意識が戻ったら私を呼んでね」
「はい、神官様」

 先日、嵐で砂浜に打ち上げられていたジャウハラ帝国の方々を救助しました。
 最近内乱が収まったので、アルメンタ王国との国交を再開したいと打診に来たと思しき方々です。
 はっきりした目的も乗船者の身分や立場もわからない状態なので、怪我人として神殿で面倒を見ています。よほど酷い嵐だったらしく、ほとんどの方が意識が戻らないままお亡くなりになりました。鍛え抜かれた船乗りの体に外傷が無いように見えても、荒れ狂う波によって壊れた船体や岩にぶつけられた体の内部が傷ついていたのです。

 今、私が神官様に付き添いを頼まれた方も救助してからずっと眠ったままです。
 黒い髪に褐色の肌、私と同じ年ごろの男性です。逞しい体に外傷はなく医学を修めた神官様によると彼は体内にも損傷はないようです。とはいえ健康というわけではありません。高熱を発してうなされ続けているのです。
 帝国で続いていた内乱での悪夢でも見ているのでしょうか。唇が開いて、低い声が言葉を紡ぎます。

「ん……兄上……」

 私は水を絞った布を手にして彼に近づきました。
 悪夢をどうにかすることは出来ません。でも汗を拭い体を清めてあげれば、少しは安眠してもらえるかもしれません。
 まずは顔の汗を拭こうと手を伸ばしたとき、彼の瞼が開きました。

「……なんだ? 銀の髪に紫の瞳? まさか天上か? いや、違うよな。俺は戦いで死んだんじゃない。船に乗ってたら嵐が来て……」

 この辺りでも珍しい私と父の銀髪と紫の瞳は、海の向こうのジャウハラ帝国だとさらに珍しいものになります。
 帝国では死後の戦士を迎える天上の楽園に棲むという女神とその眷属が、このような外見を持っているのだと言われているのです。
 目覚めた方の瞳は琥珀色でした。煌めく黄金の光を放つ瞳に映されて、私はなんだか胸がざわめくのを感じていました。不快なわけではありません。ただ、心臓が騒ぐのです。

「これからってときに死んじまったのか、俺は。兄上に怒られるな」
「あ、いえ、あなたはお亡くなりになってはいません。ここは地上ですよ」
「あんたは女神様の眷属じゃないのか?」
「は、はい。そんな大それたものではありません。すぐに神官様をお呼びしますね」
「……うん」

 部屋を出ようとする私の背中に、彼の視線が向けられているのがわかります。
 私も振り向いて、彼の琥珀色の瞳が見たくなりました。
 なぜでしょう。わかりません。わからないけれど、胸の奥に先ほど見た黄金の煌めきが踊っていました。
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