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いきなり異世界転生編
1・フルーツサンドが食べたい人生だった。
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──フルーツサンドが食べたい。
高校入学直前の春休み、わたしこと小野寺葉菜花は思い立った。
「ちょっと出かけてくるー」
お母さんが眉間に皺を寄せて、
「葉菜花どこ行くの? もうすぐ高校生なんだからお菓子ばっかり買ってちゃダメよ」
なんて言うから、わたしはチビ太を抱き上げた。
愛犬チビ太は、大人のポメラニアンよりひと回り小さいくらいのサイズ。
真っ黒な毛並みがとってもフサフサしてる。
バランス的に子犬っぽいんだけど、実はもう成犬なのかなあ?
拾ってから一年経つのに、全然大きさが変わってない。
犬種不明のモフモフ好きわんこです。
「買い物じゃなくてチビ太の散歩だもん」
「わふ!」
「はいはい、車に気をつけてね」
玄関に座ってチビ太にリードをつけながら、お母さんに聞いてみる。
「なにかいるものある? ついでに買ってくるよ」
お母さんが苦笑を漏らす。
「やっぱりコンビニへお菓子を買いに行くんじゃない」
「あ」
「……ぷーくすくす」
居間から聞こえた妹のわざとらしい笑い声に向かって舌を出し、わたしは外に出た。
おじいちゃんとおばあちゃんにはお土産買って来ようと思ってたけど、あの子には買わない!
お父さんはまだ帰る時間じゃないし、お母さんはダイエット中なので買ってきたら怒られます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニ前の横断歩道で、信号のボタンを押してしばし待つ。
「チビ太、ちゃんと待てて偉いねー」
「わふ!」
当然! とでも言いたげに吠えたチビ太を抱き上げる。
賢いから青になった途端走り出したりはしないんだけど、この辺りは小学校が近いから、突然子どもが現れる可能性がある。
……チビ太はモフモフされるのが大好きなのよね。
調子に乗って地面に転がってお腹見せるかもしれないし。
チビ太が地面にいる状態で、子どもに取り囲まれたら動けなくなっちゃう。
最初からわたしが抱っこしておくしかない!
それにチビ太、フサフサのふわふわで気持ちいいしー。
「わっわ!」
「あ、青だね。教えてくれてありがとう」
「わふー」
満足そうなチビ太の頭を撫でて、
「右を見て左を見て、もう一度右を見て……よし!」
「わふ!」
一歩踏み出してすぐに、わたしの体は宙に浮いた。
前方確認もせず急スピードで右折してきた車の運転手が、スマホから顔を上げる。
……わたし、死んじゃうの? フルーツサンド食べたかった、な。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
……。
…………。
………………。
気が付くと、車に跳ね飛ばされたときの痛みが消えていた。
「わふわふ! わふわふ!」
すごく近くでチビ太が吠える声がする。
目を開けると、
「ごしゅじん、気が付いた?」
「わっぷ! チビ太、顔舐めちゃダメ!」
喜び勇んで舐め回してくるチビ太を顔から引き離す。
……ん? わたしどこにいるの。
チビ太が側にいるんだから、病院じゃないよね?
背中に当たる感触が硬い。
わたしはベッドではなく床に横たえられていた。
……事故を隠すためにどこかへ連れてこられたとか?
ゾッとして、勢いよく体を起こす。
自分が服を着ていないことに気が付いて、慌てて胸を隠した。
「なんなの? 怖い……」
「ごしゅじん!」
裸の膝にチビ太が飛び乗ってきた。
「……あれ? チビ太しゃべった?」
「うん、俺しゃべったぞ!」
チビ太の頭を撫でながら考える。
……動物の言葉がわかるってことは死後の世界なのかな。
宙に浮いた体が地面に落ちたとき、深い深いところへ意識が呑まれたのを覚えている。
チビ太の首輪やリードがないことも、その考えを裏付ける気がした。
四方八方を取り囲む暗闇に、少しずつ目が慣れていく。
かなり広い空間みたい。……なにか、いる?
「……気が付いたか、人間の娘よ……」
重々しい声に顔を向けると、そこにはみっつの頭を持つ巨大な黒犬がいた。
わたしが……ううん、家族六人+一匹全員で背中に乗っても大丈夫そう。
「ケルベロス?」
ゲームや漫画で見たことがある。
「よく知っていたな、異界より来たりし人間の娘よ。そう、吾は冥府の女神ヌエバ様に仕える神獣ケルベロスだ」
……あれ? ハデス神の番犬じゃなかったっけ?
首を傾げるわたしの心の声が聞こえたかのように、ケルベロスは説明を始める。
「ここはそなたが生まれ育った世界ではない。ヌエバ様がそなたの新しい体に与えた『異世界言語理解』のスキルが自動的に翻訳しているが、似ているようで違うところも多いのだろう」
異世界だから違うってことかな……んん? 『異世界』言語理解ってもしかして、
「わたし、異世界に転生したんですか?」
「察しが良いな」
「もしかしてわたし、勇者なんですか?」
さっき『来たりし』って言ってたから、転生じゃなくて召喚かもしれない。
それとも転移? 赤ちゃんじゃなくて前と同じ体だし……服はないけど。
質問を聞いたみっつの頭が、同時に怪訝そうな表情を浮かべる。
「勇者になりたいのならヌエバ様にお願いしてやろうか?」
……どうも勇者召喚とは違うみたいです。
「え? えーっと……わたし、どうしてこの世界に来ることになったんですか?」
なにか使命があるの?
わたしとケルベロスの会話をおとなしく聞いていたチビ太が口を開いた。
「俺がヌエバ様にお願いしたんだぞ!」
「チビ太が?」
「うむ。ヌエバ様は我が息子ラケルの命を救ってくれたことへの礼として、この世界の魔力で再現した肉体をそなたの魂に与え、生まれ変わらせてくれたのだ」
「ラケル? 我が息子? チビ太のこと?」
「ん! 父上と母上がつけてくれた名前がラケルでー、ごしゅじんがつけてくれた真の名前がチビ太だぞ!」
「真の名前?」
「おお、そうだった。ラケル、もといチビ太はそなたの使い魔になったのだったな」
……使い魔? さっぱりわかりません。
チビ太は可愛いわんこで家族ですよ?
高校入学直前の春休み、わたしこと小野寺葉菜花は思い立った。
「ちょっと出かけてくるー」
お母さんが眉間に皺を寄せて、
「葉菜花どこ行くの? もうすぐ高校生なんだからお菓子ばっかり買ってちゃダメよ」
なんて言うから、わたしはチビ太を抱き上げた。
愛犬チビ太は、大人のポメラニアンよりひと回り小さいくらいのサイズ。
真っ黒な毛並みがとってもフサフサしてる。
バランス的に子犬っぽいんだけど、実はもう成犬なのかなあ?
拾ってから一年経つのに、全然大きさが変わってない。
犬種不明のモフモフ好きわんこです。
「買い物じゃなくてチビ太の散歩だもん」
「わふ!」
「はいはい、車に気をつけてね」
玄関に座ってチビ太にリードをつけながら、お母さんに聞いてみる。
「なにかいるものある? ついでに買ってくるよ」
お母さんが苦笑を漏らす。
「やっぱりコンビニへお菓子を買いに行くんじゃない」
「あ」
「……ぷーくすくす」
居間から聞こえた妹のわざとらしい笑い声に向かって舌を出し、わたしは外に出た。
おじいちゃんとおばあちゃんにはお土産買って来ようと思ってたけど、あの子には買わない!
お父さんはまだ帰る時間じゃないし、お母さんはダイエット中なので買ってきたら怒られます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニ前の横断歩道で、信号のボタンを押してしばし待つ。
「チビ太、ちゃんと待てて偉いねー」
「わふ!」
当然! とでも言いたげに吠えたチビ太を抱き上げる。
賢いから青になった途端走り出したりはしないんだけど、この辺りは小学校が近いから、突然子どもが現れる可能性がある。
……チビ太はモフモフされるのが大好きなのよね。
調子に乗って地面に転がってお腹見せるかもしれないし。
チビ太が地面にいる状態で、子どもに取り囲まれたら動けなくなっちゃう。
最初からわたしが抱っこしておくしかない!
それにチビ太、フサフサのふわふわで気持ちいいしー。
「わっわ!」
「あ、青だね。教えてくれてありがとう」
「わふー」
満足そうなチビ太の頭を撫でて、
「右を見て左を見て、もう一度右を見て……よし!」
「わふ!」
一歩踏み出してすぐに、わたしの体は宙に浮いた。
前方確認もせず急スピードで右折してきた車の運転手が、スマホから顔を上げる。
……わたし、死んじゃうの? フルーツサンド食べたかった、な。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
……。
…………。
………………。
気が付くと、車に跳ね飛ばされたときの痛みが消えていた。
「わふわふ! わふわふ!」
すごく近くでチビ太が吠える声がする。
目を開けると、
「ごしゅじん、気が付いた?」
「わっぷ! チビ太、顔舐めちゃダメ!」
喜び勇んで舐め回してくるチビ太を顔から引き離す。
……ん? わたしどこにいるの。
チビ太が側にいるんだから、病院じゃないよね?
背中に当たる感触が硬い。
わたしはベッドではなく床に横たえられていた。
……事故を隠すためにどこかへ連れてこられたとか?
ゾッとして、勢いよく体を起こす。
自分が服を着ていないことに気が付いて、慌てて胸を隠した。
「なんなの? 怖い……」
「ごしゅじん!」
裸の膝にチビ太が飛び乗ってきた。
「……あれ? チビ太しゃべった?」
「うん、俺しゃべったぞ!」
チビ太の頭を撫でながら考える。
……動物の言葉がわかるってことは死後の世界なのかな。
宙に浮いた体が地面に落ちたとき、深い深いところへ意識が呑まれたのを覚えている。
チビ太の首輪やリードがないことも、その考えを裏付ける気がした。
四方八方を取り囲む暗闇に、少しずつ目が慣れていく。
かなり広い空間みたい。……なにか、いる?
「……気が付いたか、人間の娘よ……」
重々しい声に顔を向けると、そこにはみっつの頭を持つ巨大な黒犬がいた。
わたしが……ううん、家族六人+一匹全員で背中に乗っても大丈夫そう。
「ケルベロス?」
ゲームや漫画で見たことがある。
「よく知っていたな、異界より来たりし人間の娘よ。そう、吾は冥府の女神ヌエバ様に仕える神獣ケルベロスだ」
……あれ? ハデス神の番犬じゃなかったっけ?
首を傾げるわたしの心の声が聞こえたかのように、ケルベロスは説明を始める。
「ここはそなたが生まれ育った世界ではない。ヌエバ様がそなたの新しい体に与えた『異世界言語理解』のスキルが自動的に翻訳しているが、似ているようで違うところも多いのだろう」
異世界だから違うってことかな……んん? 『異世界』言語理解ってもしかして、
「わたし、異世界に転生したんですか?」
「察しが良いな」
「もしかしてわたし、勇者なんですか?」
さっき『来たりし』って言ってたから、転生じゃなくて召喚かもしれない。
それとも転移? 赤ちゃんじゃなくて前と同じ体だし……服はないけど。
質問を聞いたみっつの頭が、同時に怪訝そうな表情を浮かべる。
「勇者になりたいのならヌエバ様にお願いしてやろうか?」
……どうも勇者召喚とは違うみたいです。
「え? えーっと……わたし、どうしてこの世界に来ることになったんですか?」
なにか使命があるの?
わたしとケルベロスの会話をおとなしく聞いていたチビ太が口を開いた。
「俺がヌエバ様にお願いしたんだぞ!」
「チビ太が?」
「うむ。ヌエバ様は我が息子ラケルの命を救ってくれたことへの礼として、この世界の魔力で再現した肉体をそなたの魂に与え、生まれ変わらせてくれたのだ」
「ラケル? 我が息子? チビ太のこと?」
「ん! 父上と母上がつけてくれた名前がラケルでー、ごしゅじんがつけてくれた真の名前がチビ太だぞ!」
「真の名前?」
「おお、そうだった。ラケル、もといチビ太はそなたの使い魔になったのだったな」
……使い魔? さっぱりわかりません。
チビ太は可愛いわんこで家族ですよ?
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