この影から目を逸らす

豆狸

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「テレサ! 僕は君との婚約を破棄する! 君がフォルカにおこなった悪逆非道は許しがたい! このルラ王国の誇り高き侯爵令嬢であるという矜持はどこへ行ったのだ! しばらく監獄で反省するといい!」

 学園の卒業パーティの会場で、壇上から私を睨みつけて叫ぶアイウトン王太子殿下の傍らには、眩しい金髪の少女の姿がありました。
 彼のお言葉にも出て来たフォルカ様。
 入学試験で優秀な成績を修めて特待生に選ばれた平民の女性です。

 彼女は学園に入学したときから殿下のお気に入りでした。
 柔らかな髪を油で固めて妖精から冬の神に変じた彼は、ルラ王国の国益を最優先に考えるようになりました。フォルカ様は未来のルラ王国を支える人材として選ばれたのです。
 ……いいえ、いいえ、違います。アイウトン殿下は、彼女の美しさや優しい性格、華やかで社交的な言動に心を奪われたのです。

 フォルカ様に魅せられたのは殿下だけではありませんでした。
 殿下の側近候補として重用されていた高位貴族のご子息達も彼女に夢中でした。
 いくら彼女が優秀でも、ひとりの特待生を特別扱いするのは良くないのではと苦言を呈したこともありましたが、釣り合う年ごろの娘の中では一番家格が高かったから王太子殿下の婚約者に選ばれた侯爵令嬢に過ぎない私の言葉など、だれも聞いてはくれませんでした。側近候補の皆様は、公爵家や辺境伯家のご子息だったのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「えーなにそれ、酷いなあ。自分が浮気しておいて、僕ったらなに言ってるの? 婚約者にすり寄る人間に注意を促すのが悪逆非道なら、正義ってなんなのさ? って話だよねえ?」

 侍女も言った通り、年ごろの独身男女が寝室に閉じ籠っていては問題です。
 私とアイウトン殿下は中庭に出て、東屋でお茶を楽しんでいました。お茶請けは彼が持ってきてくださった焼き菓子です。王都にある有名菓子店のもので、色鮮やかな砂糖衣で焼き菓子の表面に花を描いているのが素敵なのです。もちろん味も最高です。
 私が一年前の話をすると、殿下は溜息をつきました。

「テレサより身長が高くなってるのは嬉しいけど、自分がそんな莫迦な真似をしてたなんて最悪だよ」

 身長……。
 彼の言葉に思い出します。
 春生まれの私と、その年終わりの冬生まれの彼は体格に差がありました。幼いころは女の子のほうが早く成長することもあって、学園に入学する数ヶ月前までは私のほうが背が高かったのです。そのころの彼は今と同じようにあどけなく、私を姉のように慕ってくれていましたっけ。髪型や態度をお変えになった後も優しさは変わらなかったので、まさかフォルカ様に会うなり目も合わせてくれなくなるなんて想像も出来ませんでした。

「でもそのフォルカとかいう女、本当は外国の工作員だったんだろ?」

 急に戻った話題に、私は首肯しました。
 このルラ王国があるサラザール大陸には多くの国があります。多くの国がありますが、住んでいる人間の外見はどの国も似通っています。王侯貴族──支配者層は金か銀の髪に青い瞳、平民は茶色い髪か赤毛で緑の瞳。我が侯爵家は数代前に成り上がったところなので、私は赤茶の髪で緑色の瞳です。
 金髪だったフォルカ様はおそらく、どこかの貴族のご落胤だったのでしょう。

「どこの工作員だったんだろう? 隣のリマ王国かな」

 近い場所に住む人間の外見が似通っているように、近い国の産業はよく似たものになります。土地が地続きで自然環境が共通なのだから当然ですね。
 産業が近いということは商売敵だということでもあります。
 隣国と友好を築くのは難しいことだと、王宮の王妃教育で学びました。

「彼女がどこから来たのかは定かではありません。一国の王子ともあろうお方が、迂闊にそんな発言をなさってはいけませんわ」
「そうだね。……うふふ、テレサってば相変わらずお姉さんぶってる。もう僕より身長が低いくせにさ」
「殿下に忠告させていただくのは婚約者として……いえ、失礼いたしました。忠実なる臣下として当然のことでございます」

 すうっと、殿下の青い瞳から光が消えました。

「そんなくだらない言葉で本当に婚約が破棄されちゃったの? 恋に溺れてた僕はともかくとして、父上達はなにしてたのさ」

 形の良い眉が吊り上がっています。
 口調が学園入学前に戻っていても殿下の本質はお変わりありません。
 妖精のようだと言われていたころから、彼は法を尊び道理を大切にする方でした。可愛らしい見かけの王太子殿下を利用しようとして近寄って来た愚か者達はみな、浅ましい企みを暴かれて滅びていきました。

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