この影から目を逸らす

豆狸

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 一年前の婚約破棄に対して憤るアイウトン殿下に、私は言いました。
 あのとき、在学中は一片たりとも向けてもらえなかった青い瞳で射られて、少しだけ嬉しさを感じていたことを思い出しながら。

「国王陛下は監獄に入れられる前に私を助けてくださいましたし、フォルカ様に悪逆非道をおこなったことなどないと証明していただきました。そもそもフォルカ様が外国の工作員であったことを暴かれたのは陛下です」

 そして、彼女は情報を引き出された後で処刑されました。本当はどこの国の人間かもわかっているのでしょう。
 側近候補であった方々は、王太子殿下に工作員の接近を許した役立たずと言われて廃嫡されました。
 アイウトン殿下も太子を廃されています。新しい王太子は王弟の大公殿下です。女性関係であまり良い噂を聞かない方ではありますものの、ほかにいなかったのです。たったひとりの王子様をこの程度のことで太子から降ろすなんてありえない、という声もありましたが──

「はあ……まったく信じられないな。この僕が、そんな女を追って自害しようとしたなんて」

 毒を仰いで自害しようとなさったアイウトン殿下は何日も生死の境を彷徨い、目覚めたときは学園在学中の記憶を失っていらっしゃいました。
 これまで暗殺などに使われてきたその毒には、副作用があることが知られています。命が助かっても生殖能力を失うというものです。跡取りを残せない人間を王にするわけにはいきません。
 大公殿下にはすでに何人かの庶子がいらっしゃって、生殖能力だけは間違いなくお持ちです。

 東屋のテーブルに顎を置くという子どもじみた体勢で、アイウトン殿下が私を見つめます。
 この青い瞳に映されるのは久しぶりです。学園に在学中は、ほとんど顔を合わせることもありませんでした。
 今日はお会いしてからずっと視線を向けられているような気がします。……いいえ、私が殿下から目を逸らせないでいるから、彼も私を瞳に映しているのでしょう。

「じゃあテレサはもう、僕のことなんか嫌いになったよね?」
「……」

 私は首を横に振りました。
 嫌いになどなれるはずがありません。初めて会った日から私は彼の虜です。
 毒で生死の境を彷徨っていらした間も、私は殿下の無事を祈り続けていました。たとえその青い瞳に見つめられることが二度となかったとしても、私は彼を見つめ続けていたかったのです。

「本当?」

 アイウトン殿下のお顔が喜びに輝くだけで、幸せが全身に満ちて頷いてしまいます。
 彼はテーブルから顎を離し、真剣な表情になりました。

「じゃあ……さ、復縁をお願いしてもいいかな? 外国の工作員に篭絡されて後追い自殺までしようとした僕はもう政治の表舞台に出ることはないし……毒を仰ぐなんて莫迦な真似をしたから、ふたりの子どもを望むことも出来ないかもしれないけど……僕は、僕はテレサが好きなんだ。テレサがいない人生なんて耐えられないんだ!」

 氷のように透き通った青い瞳が濡れています。
 これまで、どんなに不安でいらしたことでしょう。
 目覚めたら何年も過ぎていて太子を廃されていて、仲の良かった側近候補の方々もいなくなっていて、幼なじみの私との婚約も破棄していて──私は、微笑んで彼に告げました。

「はい、喜んでお受けします」
「テレサ! ありがとう、じゃあこれ!」

 微笑んだアイウトン殿下が立ち上がり、テーブルの籠から取り出した花冠を私の髪に載せました。
 私の前に跪いた彼は、私の手を取って口付けます。

「僕の林檎の妖精、若葉の瞳のお姫様。僕は君を妻にして、永遠に愛し続けることを誓います」
「私もアイウトン殿下を永遠に愛し続けます」

 側に控えている侍女も護衛騎士達も私達を止めようとはしません。
 殿下との復縁は、王家から正式に我が侯爵家へ申し込まれて受諾されているのです。これは殿下だけが真実を知らない茶番です。
 茶番でも構わないのです。私が彼を愛しているのは真実なのですから。

 幼い日、妖精のようだった彼もこう言って私に求婚してくださいました。
 でも学園でフォルカ様に出会った彼は彼女を選びました。金や銀の髪を持つ王族の方々は、同じように金や銀の髪を持つ方を好むのでしょう。
 そもそも今の殿下は記憶を失っているだけで、記憶が戻ったらまたフォルカ様の後を追おうとなさるかもしれません。記憶を失っている間に勝手に復縁した私を嫌悪なさることでしょう。

 だけど、それでも、アイウトン殿下の後ろにどんなに深く濃い影が横たわっていても、私は瞼を閉じて彼の唇が降りてくるを待つのです。そう、あの幼い日と同じように。
 愛する方の隣に留まるため、私は一生目を逸らし続けます。
 殿下が記憶を取り戻す日が来ないことを祈り続けている、醜い自分の姿からも──

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