声が聞きたかっただけなのです。

豆狸

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第五話 男爵令嬢 後編

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 そして、異母姉の葬儀が執り行われた。

 彼女の婚約者である子爵家次男、隣国の大学に留学していたハーヴェイと、ライアはその日初めて会った。
 彼は亡き婚約者からの手紙を握り締め、ライアを睨みつけた。
 異母姉がライアを虐めていたというのは本当のことなのか、どんなことをされたのか教えてくれと言われて、ライアは正直に答えた。

「そんなこと言ってません。お義姉様に虐められたことなんてありません」

 周囲が勝手に誤解しただけ。
 ああ、でも、引き取られる前に男爵から異母姉に虐められるかもしれないから気を付けろ、と自分ライアが言われていたように、ほかの人間も先入観を植え付けられていたのかもと言葉を続けた。
 最初から、そう誤魔化すつもりだった。男爵はライアを実子だと信じている。異母姉がいなくなった以上、ライアを跡取りにするしかない。

 男爵夫人は実の娘と同じで優しく気が弱い。
 だから夫の浮気への怒りから、夫そっくりな娘を冷遇した自分を許せなかった。冷遇したのは娘が悪かったからで、自分は夫の愛人の子どもだって可愛がる良い人間なのだと思い込もうとした。自分の汚い部分を見つめて、真実を受け入れる強さはない。
 真実に気づいて実家へ戻ったとしても、愛人の子どもライアに優しい自分という幻影は捨てられなくて、少なくとも学園を卒業するまでは援助を続けてくれるだろう。

 使用人達が入れ替えられたとしても、ライアは痛くも痒くもない。
 ライアは美しくて、男も女も上手くあしらうことが出来る。
 新しい使用人達もライアの意のままになるはずだ。

(だけど……)

 ライアがどんなに美しくても、どんなに男のあしらいが上手くても、どんなにどんなに愛しても、愛を返してくれない人間はいる。
 それがハーヴェイだった。
 自分が追い詰めた異母姉の葬儀で出会って、睨みつけられて問い詰められて、憎悪に満ちた瞳を向けられた相手に、ライアは恋をしたのだった。

 予想通り、男爵はライアを家の跡取りにした。
 夫婦でライアを正式に養女にした後、離縁こそしなかったものの男爵夫人は実家へ戻り、しばらくして亡くなった。実の娘への罪悪感から心を病んだのだ。学園を卒業するまでのライアの生活費は確保されている。
 使用人達は総入れ替えされたけれど、ライアの生活は変わらない。

 ハーヴェイはライアが諸悪の根源だと気づいていたが、十歳という年齢をかんがみて見逃してくれたのだった。
 もっとも立証出来るような罪でもない。
 異母姉を冷遇して死へ至らしめたのは、ライアの気持ちを勝手に妄想して代弁した人間達なのだから。ライアは上手くやった。殺人教唆ですらない。

 ハーヴェイはライアの異母姉を愛していた。
 婿入り先の無くなった彼は子爵家とも絶縁し、神殿へ入った。
 聖職者となり、生涯婚約者の魂を弔い続けるのだという。自分自身の才覚で隣国への推薦入学を果たしていたハーヴェイは、神殿でもすぐに頭角を現した。あれよあれよという間に、彼は神殿の頂点である聖王の座にまで登り詰めたのである。

 聖王は、この国のみならず同じ神を戴く大陸のほかの国々にとっても雲の上の存在である。
 宗教的な儀式に招くことが出来るのは各国の王族と高位貴族ぐらいだ。
 異母姉の死から五年経ち、男爵家の令嬢として学園に入学したライアは王太子ジョシュアに近づいた。ライアは美しく、男あしらいが上手い。公爵令嬢ソフィーを婚約者に持つ王太子は、すぐにライアの手の中に落ちてきた。

(王太子の結婚式なら、聖王を呼び寄せられるわ。ハーヴェイがアタシを愛することはないけれど、儀式を司るものとして祝福の言葉を言わないわけにはいかないのよ)

 祝福の言葉を口にする際には、ライアの名前も呼んでくれるだろう。
 それが王太子に近づいた理由だった。
 王太子の側近候補の学友達も勝手にライアに落ちて、公爵令嬢の命を狙ってくれた。余計なお世話である。ライアと王太子の関係は大きな騒ぎとなり、ジョシュアは廃太子となった。

(でも……)

 ライアは微笑む。
 廃太子となってもジョシュアは王子のままなので、結婚式には聖王ハーヴェイを呼べる。
 それにライアは学習したのだ。公爵子息の葬儀で──

(ジョシュアには高位貴族の友人がたくさんいるわ。高位貴族が亡くなったなら、葬式には聖王を呼び寄せる。結婚式と違って、葬式は何度でも繰り返せるのよ!)

 ライアは恋をしていた。
 どんなに美しくても、どんなに男のあしらいが上手くても、どんなにどんなに愛しても、愛を返してくれない人間を想っていた。
 だけど相手の姿を見るだけで、声を聞くだけで、幸せになれる恋をしていた。相手を想って浮かべる微笑みは、ライアが莫迦だと考えていた母と同じ、幸せそうなものだった。他人を犠牲にしても罪悪感を持つことのない人間特有の美しく邪悪な笑みだ。

(アタシが笑いかければ、潤んだ瞳で見つめれば、なにも言わなくてもみんなアタシのために動いてくれるわ)

 ライアはいなくなった使用人達の名前を憶えていない。
 ジョシュアの名前は呼んでいるけれど、学友達の名前はもう忘れてしまった。
 死人のことを考えても仕方がない、ライアはそう思うのだ。
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