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第三話 最後の夜
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卒業式の夜、学園の講堂で卒業パーティが開催されました。
私はひとり壁に背中を預けています。
友人達は学園最後の夜を自分の婚約者と過ごしています。貴族子女の通う学園なので、ほとんどの生徒は卒業後の結婚相手、幼いころからの婚約者が決まっているのです。
私の婚約者は、講堂の中央で踊っています。
お相手は私ではなくペルブラン様です。
どうしてですか、と尋ねる私にデズモンド様は言いました。ペッカートル侯爵家の当主として、彼女が侯爵家の庇護下にあることを示さなくてはいけないのだ、と。
貴族の結婚は基本的に政略結婚です。
ドゥス子爵夫妻がお元気だったころはペルブラン様にも婚約者がいました。
ですがご両親がお亡くなりになって分家の人間が子爵家を継ぎ、彼女の後ろ盾が無くなったことで婚約は解消されたのです。デズモンド様の父親である先代侯爵は熱心にペルブラン様の婚約者を探してらっしゃいましたが、侯爵家の経済状況を感じ取ったお相手から断られていたのです。
デズモンド様は先代侯爵とは違います。
彼は私を娶ることでアウィス伯爵家からの──亡くなったお母様が遺してくださった持参金を得て、家を建て直す可能性があるのです。
だからデズモンド様がペルブラン様を大切にしていると見せれば、彼女の縁談が決まるかもしれません。先代侯爵のときは、もしデズモンド様が私と一緒に家を出たら、そこで収入の糸口がなくなってしまうので色よい返事がもらえなかったのです。
でも……本当は違うのでしょう? 私は心の中で呟きます。
先代侯爵は美しい方でした。
息子のデズモンド様はもちろん、遠縁のペルブラン様も先代侯爵に似て美しい方々なのです。
講堂の照明を受けて、踊るふたりの金髪が煌めいています。地味な見た目の私とデズモンド様が踊るよりも、遥かに人目を惹きつけています。
そう、私は地味な見た目で、少しも美しくないのです。
ですから言えませんでした。
卒業パーティでは婚約者の私のパートナーをして、とも、ペルブラン様は在校生なのだから卒業パーティ自体に出席する必要はないでしょう、とも。だってそんなことを口にしてしまったら、私は言葉を止められないかもしれません。本当はペルブラン様の美しさを羨んでいること、彼女とデズモンド様が親しくしていることを妬んでいることまで唇から吐き出してしまうかもしれません。
ただでさえ美しくないのに、心根まで醜いことを知られてしまったら……俯いた私の目に、自分の焦げ茶色の髪が映りました。
この国では珍しくない色です。
せめてもっと色が濃くて、父の愛人と同じ濡れたような黒髪だったなら、もっと自分に自信が持てたのでしょうか。
「……ハンナ様……」
どこか懐かしい声に顔を上げて、私は戸惑いました。
私の名前を呼んだのは知らない男性でした。
考えてみれば当たり前のことです。幼なじみで婚約者のデズモンド様は、私のことを呼び捨てにします。敬称をつけるのはべつの方です。
初めて見る方です。学園でも見た覚えがありません。でもなぜか、なぜかどこか懐かしく感じます。
講堂の外で光る月のような銀髪に、夜の闇を溶かしたような深い深い青紫の瞳。そういえば、異国から来た留学生が銀髪でした。でも留学生は瞳の色も銀だと聞いています。
しなやかな体躯を仕立ての良い服に包んで、彼は優雅な仕草で私に手を差し伸べています。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
「……あ、ありがたいお申し出ですけれど、私には婚約者がおりますので」
「貴女の婚約者はべつの女性と踊っているようですが?」
「……それでも、です」
「わかりました」
悲し気に微笑んだ彼が踵を返します。
やがてその背中が人混みに消えたのを確認して、私は溜息をつきました。
デズモンド様を裏切るつもりはありません。なのに心臓が早鐘を打っています。あの銀髪の青年は、とても、とても──まるで悪魔のように美しかったのです。
私はひとり壁に背中を預けています。
友人達は学園最後の夜を自分の婚約者と過ごしています。貴族子女の通う学園なので、ほとんどの生徒は卒業後の結婚相手、幼いころからの婚約者が決まっているのです。
私の婚約者は、講堂の中央で踊っています。
お相手は私ではなくペルブラン様です。
どうしてですか、と尋ねる私にデズモンド様は言いました。ペッカートル侯爵家の当主として、彼女が侯爵家の庇護下にあることを示さなくてはいけないのだ、と。
貴族の結婚は基本的に政略結婚です。
ドゥス子爵夫妻がお元気だったころはペルブラン様にも婚約者がいました。
ですがご両親がお亡くなりになって分家の人間が子爵家を継ぎ、彼女の後ろ盾が無くなったことで婚約は解消されたのです。デズモンド様の父親である先代侯爵は熱心にペルブラン様の婚約者を探してらっしゃいましたが、侯爵家の経済状況を感じ取ったお相手から断られていたのです。
デズモンド様は先代侯爵とは違います。
彼は私を娶ることでアウィス伯爵家からの──亡くなったお母様が遺してくださった持参金を得て、家を建て直す可能性があるのです。
だからデズモンド様がペルブラン様を大切にしていると見せれば、彼女の縁談が決まるかもしれません。先代侯爵のときは、もしデズモンド様が私と一緒に家を出たら、そこで収入の糸口がなくなってしまうので色よい返事がもらえなかったのです。
でも……本当は違うのでしょう? 私は心の中で呟きます。
先代侯爵は美しい方でした。
息子のデズモンド様はもちろん、遠縁のペルブラン様も先代侯爵に似て美しい方々なのです。
講堂の照明を受けて、踊るふたりの金髪が煌めいています。地味な見た目の私とデズモンド様が踊るよりも、遥かに人目を惹きつけています。
そう、私は地味な見た目で、少しも美しくないのです。
ですから言えませんでした。
卒業パーティでは婚約者の私のパートナーをして、とも、ペルブラン様は在校生なのだから卒業パーティ自体に出席する必要はないでしょう、とも。だってそんなことを口にしてしまったら、私は言葉を止められないかもしれません。本当はペルブラン様の美しさを羨んでいること、彼女とデズモンド様が親しくしていることを妬んでいることまで唇から吐き出してしまうかもしれません。
ただでさえ美しくないのに、心根まで醜いことを知られてしまったら……俯いた私の目に、自分の焦げ茶色の髪が映りました。
この国では珍しくない色です。
せめてもっと色が濃くて、父の愛人と同じ濡れたような黒髪だったなら、もっと自分に自信が持てたのでしょうか。
「……ハンナ様……」
どこか懐かしい声に顔を上げて、私は戸惑いました。
私の名前を呼んだのは知らない男性でした。
考えてみれば当たり前のことです。幼なじみで婚約者のデズモンド様は、私のことを呼び捨てにします。敬称をつけるのはべつの方です。
初めて見る方です。学園でも見た覚えがありません。でもなぜか、なぜかどこか懐かしく感じます。
講堂の外で光る月のような銀髪に、夜の闇を溶かしたような深い深い青紫の瞳。そういえば、異国から来た留学生が銀髪でした。でも留学生は瞳の色も銀だと聞いています。
しなやかな体躯を仕立ての良い服に包んで、彼は優雅な仕草で私に手を差し伸べています。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
「……あ、ありがたいお申し出ですけれど、私には婚約者がおりますので」
「貴女の婚約者はべつの女性と踊っているようですが?」
「……それでも、です」
「わかりました」
悲し気に微笑んだ彼が踵を返します。
やがてその背中が人混みに消えたのを確認して、私は溜息をつきました。
デズモンド様を裏切るつもりはありません。なのに心臓が早鐘を打っています。あの銀髪の青年は、とても、とても──まるで悪魔のように美しかったのです。
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