3 / 15
第三話 最後の夜
しおりを挟む
卒業式の夜、学園の講堂で卒業パーティが開催されました。
私はひとり壁に背中を預けています。
友人達は学園最後の夜を自分の婚約者と過ごしています。貴族子女の通う学園なので、ほとんどの生徒は卒業後の結婚相手、幼いころからの婚約者が決まっているのです。
私の婚約者は、講堂の中央で踊っています。
お相手は私ではなくペルブラン様です。
どうしてですか、と尋ねる私にデズモンド様は言いました。ペッカートル侯爵家の当主として、彼女が侯爵家の庇護下にあることを示さなくてはいけないのだ、と。
貴族の結婚は基本的に政略結婚です。
ドゥス子爵夫妻がお元気だったころはペルブラン様にも婚約者がいました。
ですがご両親がお亡くなりになって分家の人間が子爵家を継ぎ、彼女の後ろ盾が無くなったことで婚約は解消されたのです。デズモンド様の父親である先代侯爵は熱心にペルブラン様の婚約者を探してらっしゃいましたが、侯爵家の経済状況を感じ取ったお相手から断られていたのです。
デズモンド様は先代侯爵とは違います。
彼は私を娶ることでアウィス伯爵家からの──亡くなったお母様が遺してくださった持参金を得て、家を建て直す可能性があるのです。
だからデズモンド様がペルブラン様を大切にしていると見せれば、彼女の縁談が決まるかもしれません。先代侯爵のときは、もしデズモンド様が私と一緒に家を出たら、そこで収入の糸口がなくなってしまうので色よい返事がもらえなかったのです。
でも……本当は違うのでしょう? 私は心の中で呟きます。
先代侯爵は美しい方でした。
息子のデズモンド様はもちろん、遠縁のペルブラン様も先代侯爵に似て美しい方々なのです。
講堂の照明を受けて、踊るふたりの金髪が煌めいています。地味な見た目の私とデズモンド様が踊るよりも、遥かに人目を惹きつけています。
そう、私は地味な見た目で、少しも美しくないのです。
ですから言えませんでした。
卒業パーティでは婚約者の私のパートナーをして、とも、ペルブラン様は在校生なのだから卒業パーティ自体に出席する必要はないでしょう、とも。だってそんなことを口にしてしまったら、私は言葉を止められないかもしれません。本当はペルブラン様の美しさを羨んでいること、彼女とデズモンド様が親しくしていることを妬んでいることまで唇から吐き出してしまうかもしれません。
ただでさえ美しくないのに、心根まで醜いことを知られてしまったら……俯いた私の目に、自分の焦げ茶色の髪が映りました。
この国では珍しくない色です。
せめてもっと色が濃くて、父の愛人と同じ濡れたような黒髪だったなら、もっと自分に自信が持てたのでしょうか。
「……ハンナ様……」
どこか懐かしい声に顔を上げて、私は戸惑いました。
私の名前を呼んだのは知らない男性でした。
考えてみれば当たり前のことです。幼なじみで婚約者のデズモンド様は、私のことを呼び捨てにします。敬称をつけるのはべつの方です。
初めて見る方です。学園でも見た覚えがありません。でもなぜか、なぜかどこか懐かしく感じます。
講堂の外で光る月のような銀髪に、夜の闇を溶かしたような深い深い青紫の瞳。そういえば、異国から来た留学生が銀髪でした。でも留学生は瞳の色も銀だと聞いています。
しなやかな体躯を仕立ての良い服に包んで、彼は優雅な仕草で私に手を差し伸べています。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
「……あ、ありがたいお申し出ですけれど、私には婚約者がおりますので」
「貴女の婚約者はべつの女性と踊っているようですが?」
「……それでも、です」
「わかりました」
悲し気に微笑んだ彼が踵を返します。
やがてその背中が人混みに消えたのを確認して、私は溜息をつきました。
デズモンド様を裏切るつもりはありません。なのに心臓が早鐘を打っています。あの銀髪の青年は、とても、とても──まるで悪魔のように美しかったのです。
私はひとり壁に背中を預けています。
友人達は学園最後の夜を自分の婚約者と過ごしています。貴族子女の通う学園なので、ほとんどの生徒は卒業後の結婚相手、幼いころからの婚約者が決まっているのです。
私の婚約者は、講堂の中央で踊っています。
お相手は私ではなくペルブラン様です。
どうしてですか、と尋ねる私にデズモンド様は言いました。ペッカートル侯爵家の当主として、彼女が侯爵家の庇護下にあることを示さなくてはいけないのだ、と。
貴族の結婚は基本的に政略結婚です。
ドゥス子爵夫妻がお元気だったころはペルブラン様にも婚約者がいました。
ですがご両親がお亡くなりになって分家の人間が子爵家を継ぎ、彼女の後ろ盾が無くなったことで婚約は解消されたのです。デズモンド様の父親である先代侯爵は熱心にペルブラン様の婚約者を探してらっしゃいましたが、侯爵家の経済状況を感じ取ったお相手から断られていたのです。
デズモンド様は先代侯爵とは違います。
彼は私を娶ることでアウィス伯爵家からの──亡くなったお母様が遺してくださった持参金を得て、家を建て直す可能性があるのです。
だからデズモンド様がペルブラン様を大切にしていると見せれば、彼女の縁談が決まるかもしれません。先代侯爵のときは、もしデズモンド様が私と一緒に家を出たら、そこで収入の糸口がなくなってしまうので色よい返事がもらえなかったのです。
でも……本当は違うのでしょう? 私は心の中で呟きます。
先代侯爵は美しい方でした。
息子のデズモンド様はもちろん、遠縁のペルブラン様も先代侯爵に似て美しい方々なのです。
講堂の照明を受けて、踊るふたりの金髪が煌めいています。地味な見た目の私とデズモンド様が踊るよりも、遥かに人目を惹きつけています。
そう、私は地味な見た目で、少しも美しくないのです。
ですから言えませんでした。
卒業パーティでは婚約者の私のパートナーをして、とも、ペルブラン様は在校生なのだから卒業パーティ自体に出席する必要はないでしょう、とも。だってそんなことを口にしてしまったら、私は言葉を止められないかもしれません。本当はペルブラン様の美しさを羨んでいること、彼女とデズモンド様が親しくしていることを妬んでいることまで唇から吐き出してしまうかもしれません。
ただでさえ美しくないのに、心根まで醜いことを知られてしまったら……俯いた私の目に、自分の焦げ茶色の髪が映りました。
この国では珍しくない色です。
せめてもっと色が濃くて、父の愛人と同じ濡れたような黒髪だったなら、もっと自分に自信が持てたのでしょうか。
「……ハンナ様……」
どこか懐かしい声に顔を上げて、私は戸惑いました。
私の名前を呼んだのは知らない男性でした。
考えてみれば当たり前のことです。幼なじみで婚約者のデズモンド様は、私のことを呼び捨てにします。敬称をつけるのはべつの方です。
初めて見る方です。学園でも見た覚えがありません。でもなぜか、なぜかどこか懐かしく感じます。
講堂の外で光る月のような銀髪に、夜の闇を溶かしたような深い深い青紫の瞳。そういえば、異国から来た留学生が銀髪でした。でも留学生は瞳の色も銀だと聞いています。
しなやかな体躯を仕立ての良い服に包んで、彼は優雅な仕草で私に手を差し伸べています。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
「……あ、ありがたいお申し出ですけれど、私には婚約者がおりますので」
「貴女の婚約者はべつの女性と踊っているようですが?」
「……それでも、です」
「わかりました」
悲し気に微笑んだ彼が踵を返します。
やがてその背中が人混みに消えたのを確認して、私は溜息をつきました。
デズモンド様を裏切るつもりはありません。なのに心臓が早鐘を打っています。あの銀髪の青年は、とても、とても──まるで悪魔のように美しかったのです。
217
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない
有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。
魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。
「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
幼馴染と結婚したけれど幸せじゃありません。逃げてもいいですか?
鍋
恋愛
私の夫オーウェンは勇者。
おとぎ話のような話だけれど、この世界にある日突然魔王が現れた。
予言者のお告げにより勇者として、パン屋の息子オーウェンが魔王討伐の旅に出た。
幾多の苦難を乗り越え、魔王討伐を果たした勇者オーウェンは生まれ育った国へ帰ってきて、幼馴染の私と結婚をした。
それは夢のようなハッピーエンド。
世間の人たちから見れば、私は幸せな花嫁だった。
けれど、私は幸せだと思えず、結婚生活の中で孤独を募らせていって……?
※ゆるゆる設定のご都合主義です。
ただ誰かにとって必要な存在になりたかった
風見ゆうみ
恋愛
19歳になった伯爵令嬢の私、ラノア・ナンルーは同じく伯爵家の当主ビューホ・トライトと結婚した。
その日の夜、ビューホ様はこう言った。
「俺には小さい頃から思い合っている平民のフィナという人がいる。俺とフィナの間に君が入る隙はない。彼女の事は母上も気に入っているんだ。だから君はお飾りの妻だ。特に何もしなくていい。それから、フィナを君の侍女にするから」
家族に疎まれて育った私には、酷い仕打ちを受けるのは当たり前になりすぎていて、どう反応する事が正しいのかわからなかった。
結婚した初日から私は自分が望んでいた様な妻ではなく、お飾りの妻になった。
お飾りの妻でいい。
私を必要としてくれるなら…。
一度はそう思った私だったけれど、とあるきっかけで、公爵令息と知り合う事になり、状況は一変!
こんな人に必要とされても意味がないと感じた私は離縁を決意する。
※「ただ誰かに必要とされたかった」から、タイトルを変更致しました。
※クズが多いです。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる