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第十四話 捨てられた妻は旅立ちます。
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私が乗った船が港を離れていきます。
デズモンド様と離縁してからの三ヶ月で、いろいろなことがありました。
まず私の実家、アウィス伯爵家が潰れました。
父は神殿の神官と結託して、私のためにお母様が遺してくれていたお金を着服していたのです。
私が譲渡した返済される予定の持参金の権利のことで、神殿がお母様に託されていた金額を確認したことから発覚いたしました。
権利を譲渡していなければ握り潰されていたことでしょう。神殿も神官もお仲間には甘いのです。
けれど権利がすでに神殿へ譲渡されており、いってみれば神殿のものとなるはずのお金を横領していたことになったので、彼らは厳しく罰せられました。
裁きの場では大神官が父や横領犯に、そなた達は悪魔に魂を売ったのだ! と叫ぶ一幕もあったと聞きます。
私は手数料を引いた持参金相当の金額と、横領発覚後に与えられた見舞金で満足していましたので、それ以上の関与はお断りして裁きの場には出向きませんでした。面倒事が嫌で持参金の権利を神殿に譲渡したのに、さらなる面倒事に巻き込まれたのではたまりません。
父と横領犯だけでなく、愛人と異母弟も父を唆した共犯とされて罰を受けました。
私はペッカートル侯爵家へ嫁いだ時点で実家とは縁を切っておりましたので、アウィス伯爵家は当主も跡取りもいなくなって潰れたわけです。
面の皮の厚い何人かの使用人に紹介状を書いて欲しいと頼まれましたが、デズモンド様と離縁して寄る辺ない私の紹介状になど価値はありません。そのことを丁寧に説明してお断りさせていただきました。
離縁後に私が暮らしていたホテルにまで押しかけてきた使用人達(お母様の死後に父と愛人が連れて来た、ほとんど顔も知らない輩です)は、断ってもしつこく付き纏ってきたのですけれど──
「ハンナ様、客室へ向かいましょう。そろそろ陽が沈みます。夜の潮風は体に良くありません」
「はい、ガーヴィンさん」
同じホテルに泊まっていた彼、ガーヴィンさんが撃退してくださいました。
あの夜、私の夢の中に現れた悪魔と同じ名前でも、彼は悪魔ではありません。
お顔を拝見するたびに魅入られそうになるほど美しい方ですが、悪魔ではない……はずです。
学園の卒業パーティでお会いした方とは同一人物です。
彼は学園に留学中だった自国の皇子に頼まれて、突然の公務で卒業パーティを欠席することになった皇子の婚約者のパートナーを務める予定でした。けれど皇子が早めに仕事を終わらせたため、私と同じように壁の花をなさっていたのです。
男性であることなんて関係なく、美しい彼は私よりもはるかに花という言葉が似合います。
そして同じようにひとりの私を見つけて、踊りに誘ってくださったというわけです。……お断りしてしまいましたが。
人脈を作るために通う学園でしたので、直接お話したことなどありませんけれど、留学生のことは知っています。
お国が同じだからなのかガーヴィンさんと同じ銀髪で、ガーヴィンさんとは違う銀の瞳の持ち主でした。
その銀の瞳は人外のものを見抜き支配する、精霊眼と呼ばれているものだそうです。この国の悪魔と同じようなおとぎ話でしょうか。
「ではまた、後で。船上パーティが楽しみです。……今夜は踊ってくださるんですよね?」
「……はい」
私達の客室は隣同士です。
私達は恋人でも婚約者でもありません。
海の向こうへ行きたかった私と、自国へ戻る彼の旅程が重なっているだけです。でも、今夜の船上パーティで踊る約束はしています。
ガーヴィンさんと再会したのは、白い結婚による離縁を申請した神殿でのことでした。
夢の中で聞いた悪魔の名前で呼びかけてしまった私に彼は驚いて、パーティのときに名前を言っていたでしょうか、とお尋ねになったのです。
それから彼の素性や私の事情などを教え合うことになって、持参金の権利を神殿に譲渡して取り立ててもらうという方法を提案していただいたのです。
実家まで巻き込むことになるとは思いませんでしたが、これはこれで良かったと思います。
女ひとりで生きていくのにお金はいくらあってもかまいません。持参金だけでなく見舞金まで手に入って良かったです。
あの夜の夢で悪魔に言われたように、父達には恨みもありましたしね。
海の向こうへ行った後のことは、今はまだ考えていません。
とりあえず見送りに来てくれた友達に手紙を書こうとは思っています。途中の寄港地で珍しいものがあったら送っても良いですね。
学園を卒業して結婚してからだと計算の合わない、大きく成長した健康そうな赤ちゃんのことを思い出して微笑みます。親友は幸せに暮らしているようです。
ガーヴィンさんは商人です。
突然両親を喪って途方に暮れていたところで皇子と出会い、一年と少し前に支援を受けて商会を立ち上げたのだといいます。支援を受けたといっても立ち上げの資金を借りたのと保証人になっていただいただけで、本格的に自国で店舗を構えるための資金は、この一年をかけて自分で稼いだのだそうです。
読み書き計算の出来る人間が必要なので、自国に店舗を構えたら働かないかと誘ってもらっているのですけれど……どうしましょう?
卒業パーティで一度会っただけのガーヴィンさんが一番苦しかったとき夢に出てきたのはなぜなのか、どうして私は聞いてもいない彼の名前を知っていたのか、私と彼の間には不思議なことがいっぱいあります。
まさか本当に悪魔だとは思いませんが、彼が恋の魔法を使うのは間違いないような気がします。もう離縁しましたし、デズモンド様が先に私を捨てたのだから、新しい恋をしてもいいですよね?
私の新しい人生の旅路は始まったばかりです。
デズモンド様と離縁してからの三ヶ月で、いろいろなことがありました。
まず私の実家、アウィス伯爵家が潰れました。
父は神殿の神官と結託して、私のためにお母様が遺してくれていたお金を着服していたのです。
私が譲渡した返済される予定の持参金の権利のことで、神殿がお母様に託されていた金額を確認したことから発覚いたしました。
権利を譲渡していなければ握り潰されていたことでしょう。神殿も神官もお仲間には甘いのです。
けれど権利がすでに神殿へ譲渡されており、いってみれば神殿のものとなるはずのお金を横領していたことになったので、彼らは厳しく罰せられました。
裁きの場では大神官が父や横領犯に、そなた達は悪魔に魂を売ったのだ! と叫ぶ一幕もあったと聞きます。
私は手数料を引いた持参金相当の金額と、横領発覚後に与えられた見舞金で満足していましたので、それ以上の関与はお断りして裁きの場には出向きませんでした。面倒事が嫌で持参金の権利を神殿に譲渡したのに、さらなる面倒事に巻き込まれたのではたまりません。
父と横領犯だけでなく、愛人と異母弟も父を唆した共犯とされて罰を受けました。
私はペッカートル侯爵家へ嫁いだ時点で実家とは縁を切っておりましたので、アウィス伯爵家は当主も跡取りもいなくなって潰れたわけです。
面の皮の厚い何人かの使用人に紹介状を書いて欲しいと頼まれましたが、デズモンド様と離縁して寄る辺ない私の紹介状になど価値はありません。そのことを丁寧に説明してお断りさせていただきました。
離縁後に私が暮らしていたホテルにまで押しかけてきた使用人達(お母様の死後に父と愛人が連れて来た、ほとんど顔も知らない輩です)は、断ってもしつこく付き纏ってきたのですけれど──
「ハンナ様、客室へ向かいましょう。そろそろ陽が沈みます。夜の潮風は体に良くありません」
「はい、ガーヴィンさん」
同じホテルに泊まっていた彼、ガーヴィンさんが撃退してくださいました。
あの夜、私の夢の中に現れた悪魔と同じ名前でも、彼は悪魔ではありません。
お顔を拝見するたびに魅入られそうになるほど美しい方ですが、悪魔ではない……はずです。
学園の卒業パーティでお会いした方とは同一人物です。
彼は学園に留学中だった自国の皇子に頼まれて、突然の公務で卒業パーティを欠席することになった皇子の婚約者のパートナーを務める予定でした。けれど皇子が早めに仕事を終わらせたため、私と同じように壁の花をなさっていたのです。
男性であることなんて関係なく、美しい彼は私よりもはるかに花という言葉が似合います。
そして同じようにひとりの私を見つけて、踊りに誘ってくださったというわけです。……お断りしてしまいましたが。
人脈を作るために通う学園でしたので、直接お話したことなどありませんけれど、留学生のことは知っています。
お国が同じだからなのかガーヴィンさんと同じ銀髪で、ガーヴィンさんとは違う銀の瞳の持ち主でした。
その銀の瞳は人外のものを見抜き支配する、精霊眼と呼ばれているものだそうです。この国の悪魔と同じようなおとぎ話でしょうか。
「ではまた、後で。船上パーティが楽しみです。……今夜は踊ってくださるんですよね?」
「……はい」
私達の客室は隣同士です。
私達は恋人でも婚約者でもありません。
海の向こうへ行きたかった私と、自国へ戻る彼の旅程が重なっているだけです。でも、今夜の船上パーティで踊る約束はしています。
ガーヴィンさんと再会したのは、白い結婚による離縁を申請した神殿でのことでした。
夢の中で聞いた悪魔の名前で呼びかけてしまった私に彼は驚いて、パーティのときに名前を言っていたでしょうか、とお尋ねになったのです。
それから彼の素性や私の事情などを教え合うことになって、持参金の権利を神殿に譲渡して取り立ててもらうという方法を提案していただいたのです。
実家まで巻き込むことになるとは思いませんでしたが、これはこれで良かったと思います。
女ひとりで生きていくのにお金はいくらあってもかまいません。持参金だけでなく見舞金まで手に入って良かったです。
あの夜の夢で悪魔に言われたように、父達には恨みもありましたしね。
海の向こうへ行った後のことは、今はまだ考えていません。
とりあえず見送りに来てくれた友達に手紙を書こうとは思っています。途中の寄港地で珍しいものがあったら送っても良いですね。
学園を卒業して結婚してからだと計算の合わない、大きく成長した健康そうな赤ちゃんのことを思い出して微笑みます。親友は幸せに暮らしているようです。
ガーヴィンさんは商人です。
突然両親を喪って途方に暮れていたところで皇子と出会い、一年と少し前に支援を受けて商会を立ち上げたのだといいます。支援を受けたといっても立ち上げの資金を借りたのと保証人になっていただいただけで、本格的に自国で店舗を構えるための資金は、この一年をかけて自分で稼いだのだそうです。
読み書き計算の出来る人間が必要なので、自国に店舗を構えたら働かないかと誘ってもらっているのですけれど……どうしましょう?
卒業パーティで一度会っただけのガーヴィンさんが一番苦しかったとき夢に出てきたのはなぜなのか、どうして私は聞いてもいない彼の名前を知っていたのか、私と彼の間には不思議なことがいっぱいあります。
まさか本当に悪魔だとは思いませんが、彼が恋の魔法を使うのは間違いないような気がします。もう離縁しましたし、デズモンド様が先に私を捨てたのだから、新しい恋をしてもいいですよね?
私の新しい人生の旅路は始まったばかりです。
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