私の夫は愛した人の仇だったのです。

豆狸

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第十三話 イロイダ

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 ペリクレスは口を噤み、セオフィラスは行方不明になった。
 後にセオフィラスの靴と服の切れ端が河辺で見つかって、なにかの事故で河に落ちて亡くなったのだということで収まった。
 ペリクレスが疑われることはなかった。そもそもペリクレス自身もあのときの真実がわかっていない。

「セオフィラスのことを思い出すと怖くて、眠れなくなって、私はそれまで恋愛ごっこをしているだけだった取り巻き達と体を重ねるようになった」

 カンバネリス公爵家跡取りのセオフィラスがいなくなったことで、サヴィナを守る存在が消えた。
 ペリクレスの行動は、イロイダの視線をサヴィナから逸らすためのものだったのかもしれない、とヤニスは思う。
 もっとも本命のためだとしても、ほかの女性を玩具にするような真似が許されることはないのだけれど。

「……ヤニス殿下。イロイダが貴方に擦り寄るようになって、私はとても安堵した。あの女の執着が私から離れたことが、そうなった以上私の想い人サヴィナに危害を加えないだろうことが、本当に嬉しくてならなかったんだ。だから、あの莫迦げた婚約破棄事件にも加担した。冤罪を着せられたカッサンドラ嬢には悪かったけれど、あの女が殿下に執着しているのなら、殿下から離れたほうが彼女のためにもなると思ったんだ」

 そこまで話して、ペリクレスの瞳から光が消えた。

「しかしあの女イロイダの狙いは私のままだったんだ。私を手に入れるために王太子妃の座を手に入れたんだ」

 それはヤニスの心を抉る残酷な言葉だった。
 なのに心のどこかで、ヤニスはペリクレスの言葉が真実だと察していた。
 イロイダはいつも愛らしかった。儚げな見かけだけではなく、彼女の言動すべてに庇護欲をそそられ放っておけなかった。幼いころから未来の王太子妃として育てられたカッサンドラでさえ疲労困憊のときには見せていた負の感情を、イロイダがヤニスに見せることはなかった。

(本当の自分を見せたい相手は俺ではなかったということなのだろうな)

 これまでヤニスが見ていたイロイダは、ペリクレスを手に入れるためにヤニス好みの女を演じていただけなのだ。

「あの女が王太子妃になって、私とサヴィナの結婚が決まって……言われたんだ」

 ──アナタの欲しいものをあげたんだから、アタシのものになってくれるわよね?

 どこまでがイロイダの手のうちだったのかはわからない。
 偶然でも、なんの関わりもなかったとしても、イロイダは状況を上手く利用出来る女だ。
 ペリクレスは自分からサヴィナと距離を置いた。

 学園時代の取り巻きや家のメイドと関係を結んでもイロイダは反応しなかったが、本命のサヴィナと結ばれてもなにもしないとは思えない。
 サヴィナとは形だけの結婚だと匂わせて、あえてイロイダと関係を持った。
 彼女と離縁したら離縁したで、そこまで大切に想っているのだとイロイダの嫉妬を買うような気がしたからだ、とペリクレスは語った。

「香り? へえ、ヌメリウス帝国の呪香だったのか。ううん、私が用意したわけではないよ。たぶんロウバニスがどこかで手に入れてきたんじゃないかな。ロウバニスは、あの女のためならなんでもするから」
「そうか……」

 この後ペリクレスは、専門の近衛騎士によって改めて尋問される予定だ。
 とはいえ、今の発言に嘘はないとヤニスは確信していた。

(おそらくイロイダはロウバニスの前では、ロウバニスの望む女性を演じていたのだろうな。ほかの男に近づくための道具として使われても気付かないくらい、さまざまな犯罪に加担させられてもかまわないと思うくらい、ロウバニスを虜にしていたのだ。そして、俺も……)

 そう思い、ヤニスは深い溜息をついた。
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