転生先は殺ル気の令嬢

豆狸

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第二話 呪いの短剣

 先日十八歳となった今の私は、一応マレル伯爵家の正当な跡取りのままです。
 私が生まれたときに祖母が国に届け出てくださったのです。
 だから、母の実家であるエレーラ商会が嵐で貿易船団と会頭だった祖父と跡取りだった叔父を喪って消滅した後も、私と母は父に殺されずに生き延びられたのです。たとえ貴族家当主であろうとも、国へ提出した正式な跡取りを理由もなく排除したら罪になるのです。

 学園の卒業式が終わったら、私はネレアとこの家を出て行きます。
 正式な跡取りだと殺されませんが、正式な跡取りのままだと失踪しても国に捜索されてしまうのです。
 資格を失ったら、神殿が管理している祖母の個人遺産で私付きの侍女として雇用されているネレアと一緒にすぐ逃げる! つもりです。

 逃げた後は前世の知識を生かしてなにかしたいと考えて、この屋根裏部屋でも不用品を弄っていろいろしていたのですけれど、前世のようなお役立ち道具は作れませんでした。
 この世界には魔道具もありますし、なにか……なにかこう、上手いこと出来ないものかと考えています。
 まあ、最初は貴族令嬢として教育を受けた読み書き計算で頑張ってみましょう。

 問題は──

 私は、ガタガタと騒がしい背後の箱を振り返りました。
 あの箱には少女漫画『それは美しい物語』でのパウリーナの相棒が入っています。
 カラベラを襲うときは血走った目で、いつも利き手に相棒を握っていました。

 私が屋根裏に閉じ籠っているのは、学園に通わないことで跡取りの資格を捨てて逃げるためですが、それだけではありません。
 外にいたらカラベラ親娘に暴言や暴力を浴びせられて、彼女達に命じられた料理人が用意したカビたパンや虫入りのスープを食べさせられるせいもあります。
 父? 笑って見てましたよ。

 まだ正当な跡取りである私が死にさえしなければ、最愛のカラベラ親娘のすることを止める理由はありません。
 今もこっそり結婚してくれる貴族女性がいないか友達に尋ねたり、下町の娼館や賭場に通ったりしているようですが……後妻となった愛人が金切り声を上げるので屋根裏にいても彼女の不満が聞こえてくるのです。
 カラベラも不仲な両親の娘だと辛いでしょうね。べつに同情はしませんけど。

 そのストレス前世用語を紛らわせるためか、カラベラと後妻はときどき屋根裏部屋の前に来て、私を罵ったり扉を蹴り飛ばしたりして帰って行きます。
 まったくお下品ですこと。
 屋根裏部屋の窓から見える位置でフェルナンド様とイチャついているときのカラベラは、十二歳から始めたにしちゃまずまずじゃない? と感じるほど貴族令嬢しているのですけれどね。

 屋根裏部屋に閉じ籠ってからは、慎ましいながらも真面マトモなものを食べています。
 ネレアがパンや果物、ときどき干し肉などを持って来てくれるからです。
 最初のうちはカビたパンや虫入りのスープを運ばせようとしていたカラベラ親娘も、今は諦めています。

 ふたりがネレアに手を出すことはありません。
 祖母に孤児院から引き取られたネレアは、今も大神官である孤児院の院長先生と繋がりがあるのです。彼女の賃金として支払われている祖母の個人遺産を管理してくれているのも神殿ですしね。私の食事の代金は、賃金に含まれる主人の準備をするための資金から出しているようです。
 お嬢様の状況を訴えますと言ってくれたこともあるのですが、カラベラ親娘がいなくなっても当主の父は残るわけですし、父が今の後妻以上にヤバイ貴族女性と再婚する可能性もあるので断りました。

 母が病死でなく、父や愛人のせいで亡くなっていたのなら復讐も考えたでしょう。
 ですが母は、自分の父親と弟が亡くなって実家が消滅した悲しみで心を病み、やがて体も病んでいって亡くなったのです。
 私には良い母でした。父方の祖母は母にも私にも出来る限りのことをしてくれました。

 前世の言葉で『物語の強制力』というものがありました。
 私が学園に通っていない時点で、かなり揺らいでいるのではないかと期待しているものの、油断は出来ません。
 なにしろ相棒は今も元気なのですから。半分物置の屋根裏部屋で天板が斜めになった低い戸棚の上に置かれた箱は、さっきからずっとガタガタと騒ぎ続けています。

 あの箱に入っているのは悪魔が封じられた短剣です。
 実はこのマレル伯爵家は聖女の血筋なのです。
 もう何百年も前の話なので王国ではただの伝説と化していますし、少女漫画『それは美しい物語』では、そんな情報出てきませんでしたが。……情報を出す前に打ち切られたのでしょうか。

 遠い昔の聖女が悪魔を封じた短剣を代々受け継いで、聖女の血を引くものの力で浄化し続けているのです。この屋根裏部屋には、短剣のほかにも聖女について記された貴重な稀覯書きこうしょが何冊も保管されています。
 聖女の力は悪魔の浄化だけでは消えることなく、外からこの家に入ったものを守ってくれました。
 少なくとも余所ヨソから嫁いできて、姑から短剣を渡された祖母にとってはお守りだったようです。

 でも祖母から受け継いだ母のことは守ってくれませんでしたし、マレル伯爵家の血を引く私のほうは敵だと認識しているようなのです。
 私が前世の記憶を取り戻し、ここが少女漫画『それは美しい物語』の世界だと気づいたのは学園への入学前夜でした。
 母の死後祖母の元へ戻り、祖母の死後は物置に仕舞い込んでいたこの短剣をお守りとして持っていきたいと考えて、箱から出して持ち手を握り締めたときに記憶が戻ったのです。

 そして、思ったのです。

 血ガ欲シイ──と。

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