転生先は殺ル気の令嬢

豆狸

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第三話 卒業式の後で

 血ガ欲シイ──それは私の意思ではありませんでした。悪魔の声です。

 おそらく悪魔は、聖女の血を引く私に罪を犯させることで解放されようとしているのでしょう。
 漫画のパウリーナがアグレッシブだったのも、この短剣のせいかもしれません。
 暴れるときはいつも握っていた相棒だったのですもの!

 私の脳裏に、短剣を握り締めた漫画のパウリーナの血走った、本気でル気の目が蘇りました。
 ……漫画の中の彼女は、最初の襲撃で捕縛されて神殿にでも軟禁されていたほうが幸せだったのかもしれません。
 残念ながら伯爵家の正式な跡取りだったのと、フェルナンド様に庇われたカラベラに実害がなかったことで、取り押さえられてもすぐ解放されていましたっけ。

 この短剣は呪いの短剣です。
 悪魔が封じられているのですから当然ですね。
 数日だけ通った学園生活では、いつも気が付くと指の先にこの短剣がありました。

 もちろん持ち歩いたりはしていません。
 最初に握ったときは周囲にネレアしかいなかったので暴れることはなく、再び箱に仕舞うことが出来たのです。
 見なかったことにして捨てて帰ろうとしても、短剣の鞘にはマレル伯爵家の紋章が刻まれているので、いつも親切なだれかが届けてくれます。

 幸い受け取った瞬間に、血ガ欲シイ──と聞こえても暴れ出すことはありませんでした。

 きっと漫画と同じで、襲撃するのはカラベラと決まっているのでしょう。
 彼女も父の娘で、聖女の血筋のはずなのですから。
 父が独身の間に握らせて操って、自害させていれば良かったのに。まあ祖母が大切なものを莫迦息子私の父に触れさせるわけがないのですが。

 ネレアに頼んで孤児院の大神官様にお渡ししても、気が付くと戻って来ています。
 貧民街にある犯罪組織がやっていると噂の古物商に売り払っても!
 母方の祖父とエレーラ商会の貿易船団を飲み込んだ海に投げ込んでも!

 この短剣は私のところへ戻ってきました。

 だから私は屋根裏部屋に閉じ籠ることにしたのです。
 外へ出なければ、学園へ行かなければ、扉を閉めてカラベラに会わなければ、私がこの短剣で異母妹を襲うことも突き飛ばされて死ぬこともありません。
 私はだれかをルのも、だれかにラレルのも嫌なのです。

 そ、し、て!

 ついに今日は学園の卒業式です。フェルナンド様に婚約破棄されて、ついでに父に絶縁でもされれば『それは美しい物語』は終わるでしょう。

 あばよ、悪魔! おっと、また前世のノリが……いえ、前世でも年中こんなノリだったわけではありませんよ……たぶん?
 それでも短剣が追ってきたら、諦めて神殿に入ります。
 ええ、ええ、祈り倒してやりますわ! もしかしたら神殿には、寺生まれのTさんならぬ神殿生まれのSさんが待っていてくださるかもしれませんしね。破ぁ!

 とかなんとか考えていたら、屋根裏部屋の扉を叩く音がしました。

『パウリーナ……』

 ムニョス子爵家のフェルナンド様の声です。どこかくぐもって聞こえるのは扉越しだからでしょうか。

「婚約破棄ですかっ?」
『あ、ああ』
「パウリーナ……」

 今度は父、マレル伯爵の声です。

「絶縁ですかっ?」
『あ、ああ』

 なぜか戸惑った声を上げるふたりに、私は浮かれた声で了承を告げました。

『書類に署名が必要だ。今日くらいは屋根裏部屋から出て来い』
「わかりました」

 母の実家が消滅しているので、おそらくこれ以上伯爵家で引き留める気はないでしょう。
 とはいえマレル伯爵家の、伝説の聖女の血筋は利用したいはずです。
 婚約破棄と絶縁の書類に署名をしたら、隙を見てネレアと一緒に逃げ出さなくてはいけません。妙なところへ売り飛ばされたくはないですからね。

「私付きの侍女のネレアを呼んでいただけますか」
『ここにおります、パウリーナお嬢様』
「あら、貴女もいたの」

 ネレアは祖母と生涯パウリーナに仕えるという契約を結んでいます。
 自由にさせてあげたいとも考えるのですが、侍女として教育された彼女を紹介するような貴族家の知り合いがいません。なにしろ人脈を作るための学園に通わず閉じ籠っていたのですから。
 ……それに、ネレアと一緒にいられなくなったら寂しいです。

 私はいろいろなことを考えながら、屋根裏部屋の扉を開けました。
 いいえ、開けようとして扉ごと後ろに倒れ込みました。
 扉が外れてしまったのです。蝶番が錆びているのは知っていたので、お風呂に出るときはこっそり開けていたのですが、今回は浮かれて開けるときに力を入れ過ぎました。

 幸い頭は打ちませんでしたけれど、私が扉を載せて倒れた衝撃で低い戸棚の上から騒がしい箱が落ちました。
 くううっ!
 戸棚の天板が斜めだったばっかりに!

 箱から飛び出した悪魔の短剣が、私の指先に触れています。
 廊下にはネレアも父もフェルナンド様もいませんでした。
 牡丹灯籠? 前世の最近だと白いワンピースの女性のほうが有名だったでしょうか。やりましたね、悪魔!

「フェルナンドがあの女と婚約破棄して、父さんが絶縁したら、アタシがマレル伯爵家の跡取りになれるのね!」

 短剣の持ち手を握り締めた私の耳朶をカラベラの声が打ちました。
 異母妹は父や後妻、フェルナンド様と一緒に階段を上がって、屋根裏部屋に近づいてきているようです。
 体中に血が巡り、体温が上がっていきます。今の私はおそらく、漫画でカラベラを襲ったパウリーナと同じように目が血走っていることでしょう。

「良かったわね、カラベラ」
「このときを待ち望んでいたよ」
「ははは。パウリーナと違って、お前は私の最愛の娘だからな」

 血ガ欲シイ──

 四人の声が近づいてくる中、私は手にした短剣を構えて立ち上がりました。

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