運命の恋は一度だけ

豆狸

文字の大きさ
12 / 15

第十二話 運命の恋を失って<一度目の公爵令息>

 僕は昔から無表情で無感情、子どもらしい可愛らしさがないとよく言われていた。
 親バカの両親は、

「ミゲルは優秀過ぎるから、なにもかもが簡単でやり甲斐がないのかなあ」
「人には人の速度があるのだから、ほかの人よりなんでも早く出来るからって罪悪感を持ったりしなくてもいいのよ?」

 なんて言っていたけれど、僕の無表情無感情の理由はそんなことじゃない。
 ……失恋をしたからだ。
 まあ、前から感情表現が下手だったのは確かだ。でも本格的に感情を表に出せなくなったのは失恋のせいだ。

 失恋の相手はガレアーノ侯爵家のロゼット嬢。
 マルクス殿下の十歳の誕生パーティで出会った。
 殿下に挨拶していたときの光り輝くような笑顔を見て好きになった。

 そして、同時に失恋した。
 彼女の笑顔が光り輝いていたのは、マルクス殿下に恋をしたからだと気づいたからだ。
 好きになったからこそ、彼女の気持ちがわかったのだ。

 それから、この国の貴族子女が通う学園に入学するまで彼女と会わないでいられたら、失恋の傷も癒えていったかもしれない。
 けれど僕はマルクス殿下の側近候補に選ばれてしまった。
 この王国を流れる大河を整備するという大事業をおこなう殿下には、優秀な側近が必要だからと抜擢されたのだ。学園を卒業するまでは候補でしかないが、かなり大きな権限も与えられた。

 妃教育を受けるために王宮へ通っているロゼット嬢とすれ違うとき、マルクス殿下との定例茶会に付き添っているとき、僕は彼女を瞳に映すたびに恋をした。
 そして彼女が王妃殿下の厳しい妃教育に耐えているのも、定例茶会で満面に笑みを浮かべているのもマルクス殿下に恋しているからだと気づいて、そのたびに失恋する。
 無表情無感情にならざるを得ない。殿下の側近候補としての仮面を被るしかない。

 ロゼット嬢が悪いわけじゃない。
 もちろんマルクス殿下も悪くない。
 人生なんてそんなものなんだ。

 僕の運命の恋の相手はロゼット嬢だったけど、ロゼット嬢の運命の恋の相手はマルクス殿下だった。
 それだけのこと。
 せめてロゼット嬢にはいつも笑顔でいて欲しくて、なぜか彼女に冷たいマルクス殿下に口煩く忠告した。

 ──婚約者なのですから、ロゼット嬢にはいつも笑顔で接してください。
 殿下が彼女に冷たく当たっていたら、王家とガレアーノ侯爵家の間に溝があると思われて、大河の整備事業にも支障が出ますよ。
 王妃殿下もいろいろなお考えをお持ちだと思いますが、王妃殿下によるロゼット嬢の評価が絶対ではありません。殿下のお目でご確認くださいませ。

 言いながら、心の中では泣き叫んでいた。

 ──どうして彼女を見ただけで笑顔になれないんですか?
 僕は頬が緩むのを必死で堪えて、殿下の側近候補としての仮面を被っているのに。殿下の側近候補に過ぎない僕が、殿下の婚約者である彼女を愛していると知られてはいけないから。
 彼女が頑張っているのは殿下のためなのに、彼女を本当の笑顔に出来るのは殿下だけなのに、どうして王妃殿下のお言葉だけを信じて彼女を見ようとしないんですか?

 同い年の僕とマルクス殿下が学園に入学して、状況はさらに悪化した。
 殿下に恋人が出来たのだ。彼は彼女こそが自分の運命の恋の相手だという。
 マルクス殿下にもプロスティトゥタという名前のその男爵令嬢にも、婚約者がいるというのに。

 窘めて忠告して諫言して、国王陛下や王妃殿下に報告してもマルクス殿下はご自身の行動を改めなかった。
 殿下とロゼット嬢の婚約がガレアーノ侯爵家の財力目当てだという自覚がある国王陛下ご夫妻にいたっては、学園の間だけでも好きなようにさせてやりたい、なんて言い出す始末だ。
 僕に出来るのは殿下の側近候補を続けて、殿下と男爵令嬢が一線を越えないよう見張ることくらいだった。

 やがて、娘が王太子殿下の婚約者になれるかもしれないと欲を出した男爵が、令嬢の婚約を解消した。
 もちろん国王陛下ご夫妻がガレアーノ侯爵家の財力を手放すはずがない。
 マルクス殿下はロゼット嬢のせいだと思っていたようだが、殿下と侯爵令嬢の婚約解消を阻んでいたのは王家のほうで、令嬢への冷遇を知っていたガレアーノ侯爵は積極的に婚約解消を押し進めようとしていた。

 僕はどうしたら良いのかわからないでいた。
 ロゼット嬢の婚約が解消されたら自分にも好機が巡ってくるんじゃないか、なんて思う浅ましい心と、ロゼット嬢はまだマルクス殿下が好きなのだから婚約していたほうが幸せなんじゃないか、と思い悩む心が胸の中で渦巻き争っていた。
 そして僕が答えを出す前に、その日がやって来た。

 男爵令嬢が元婚約者に殺されたのだ。
 状況を確認して、僕は心から安堵した。
 男爵令嬢は屑だった。そもそも男爵令嬢ですらなかった。真実を知れば、殿下のお心はプロスティトゥタから離れるだろう。

 遅くない。きっとまだ遅くない。
 マルクス殿下はロゼット嬢の良さに気づいてくれるに違いない。きっと彼女を本当の笑顔にしてくれる。ふたりこそが運命の恋の相手同士なのだ。
 僕はそんなふたりを見守っていければいい。

 そんな風に思って、僕は殿下にプロスティトゥタの死の事情を説明したのだが──

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

【完結済み】婚約破棄したのはあなたでしょう

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のマリア・クレイヤは第一王子のマティス・ジェレミーと婚約していた。 しかしある日マティスは「真実の愛に目覚めた」と一方的にマリアとの婚約を破棄した。 マティスの新しい婚約者は庶民の娘のアンリエットだった。 マティスは最初こそ上機嫌だったが、段々とアンリエットは顔こそ良いが、頭は悪くなんの取り柄もないことに気づいていく。 そしてアンリエットに辟易したマティスはマリアとの婚約を結び直そうとする。 しかしマリアは第二王子のロマン・ジェレミーと新しく婚約を結び直していた。 怒り狂ったマティスはマリアに罵詈雑言を投げかける。 そんなマティスに怒ったロマンは国王からの書状を叩きつける。 そこに書かれていた内容にマティスは顔を青ざめさせ……

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。