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第七話 番じゃない。⑤
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竜人の番は、そう簡単に見つかるものではない。
すべての竜人に存在するものでもない。
多くの竜人も竜王も、番ではない相手に恋して結婚し愛を育んでいく。番と出会えるのは数万にひとつの奇跡のようなもので、だからこそ竜人は番に憧れ求めるのかも知れなかった。
「クリストポロス王国へ行かれるのですか」
「ああ。……シンシア、君も行くかい?」
「……」
シンシアは感情のない笑みを浮かべる。
「竜王陛下のよろしいようになさってください」
「シンシア」
「はい」
「私がクリストポロス王国へ行くのは、向こうで私の真の番が見つかったからなんだ」
「まあ、そうですか。良かったですね」
彼女の笑みは変わらない。
ダミアンの真の番が見つかったことで自分がどうなろうともどうでもいいのだ。根はお人好しの彼女のことだから祝福する気持ちだけは真実だろう。お人好しでなければ、うなされているダミアンの手を握ったりはしない。
意地の悪い気持ちになって、ダミアンは言葉を続けた。
「私の真の番は……君の元義妹コラスィアだ」
ふっと、シンシアの瞳が大きく見開かれた。
しかしそれは一瞬だけで、すぐに元の笑みに戻る。
瞳を見開いたとき思っていたのはだれのことだろうか、とダミアンは考えずにはいられない。彼女の元義妹は、彼女の元婚約者の恋人なのだ。
「……そうですか」
冷めた声からは、どんな感情も窺えなかった。
ダミアンは溜息をついて、真っ赤な石を取り出した。
なんの興味もなさそうなシンシアの手を掴み、石を握らせる。淡々とした声で質問が返って来た。
「これはなんですか、竜王陛下」
「竜血石だ」
「竜人の王族に属する方がご自分の心臓から魔力を取り出して、一生に一度だけ作れる石なのだそうですね。死者をも甦らせる奇跡の石だとか」
「それは伝説だ。死者を蘇らせる力などないし、怪我人に使っても魔力が強過ぎて反動が大きいから危険なんだ。だが……ずっとこの石を持っていて毎日魔力を浴びていると、少しずつ魔力を吸収して寿命が延びると言われている」
「そうですか」
「それと……」
ダミアンは竜血石の中央に浮かぶ小さな煌めきを指差した。
「魔道具を使うときのように竜血石に魔力を注いでこの中央の星を砕けば、私を殺すことが出来る」
「……え? なぜそんなものを私に?」
「償いだ。こんなことでは償いにはならないとわかっているが、それでも君になにかしたかった。私が憎ければ、竜血石の星を砕けばいい」
「そんな……こんな大切なものはいただけませんわ」
「いらなければ売ればいい。高値がつく。魔道具の燃料を補給するのに使ってもいい。弱い魔術を増幅するのにも使える」
「便利なものですね。ですが私には……」
そう言いながら返そうとするシンシアに、ダミアンは首を横に振って見せた。
シンシアは眉間に皺を寄せた。
少し彼女の表情を変えられたというだけで、ダミアンは心がときめくのを感じる。
「竜王陛下。これは私などではなく、真の番にお渡しになるべきものではありませんか?」
「君に渡したいんだ」
シンシアは困惑した顔になったが、ダミアンが受け取らないとわかったのか、そのまま竜血石を握り締めた。
先ほどダミアンは説明しなかったけれど、竜血石にはべつの力もあった。
持ち主の感情を創り手であるダミアンに伝えるというものだ。シンシアが言った通り真の番に渡すべきそれは、本来は思い合うふたりの心を重ねるためのものであった。
今、シンシアからダミアンに伝わってくる感情は『無』であった。
喜びも悲しみも憎しみも怒りもない。戸惑いもすでに消えていた。
すべての感情を押し殺し、なにかを求めることもない。それは生きていると言えるのだろうか。彼女をそんな状態にしたのは、ほかでもない自分だということをダミアンは知っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シンシアに竜血石を渡した翌日、ダミアンは巨竜と化してクリストポロス王国へと旅立った。
空を行く飛竜を見送る彼女からうっすらと安堵の感情が伝わって来た。喜びにまでは至らない。ダミアンの存在に緊張していたのだろう。
押し殺した感情の裏側に疲労が覗いていて、ダミアンは己の罪に押し潰されそうな気持ちになった。
すべての竜人に存在するものでもない。
多くの竜人も竜王も、番ではない相手に恋して結婚し愛を育んでいく。番と出会えるのは数万にひとつの奇跡のようなもので、だからこそ竜人は番に憧れ求めるのかも知れなかった。
「クリストポロス王国へ行かれるのですか」
「ああ。……シンシア、君も行くかい?」
「……」
シンシアは感情のない笑みを浮かべる。
「竜王陛下のよろしいようになさってください」
「シンシア」
「はい」
「私がクリストポロス王国へ行くのは、向こうで私の真の番が見つかったからなんだ」
「まあ、そうですか。良かったですね」
彼女の笑みは変わらない。
ダミアンの真の番が見つかったことで自分がどうなろうともどうでもいいのだ。根はお人好しの彼女のことだから祝福する気持ちだけは真実だろう。お人好しでなければ、うなされているダミアンの手を握ったりはしない。
意地の悪い気持ちになって、ダミアンは言葉を続けた。
「私の真の番は……君の元義妹コラスィアだ」
ふっと、シンシアの瞳が大きく見開かれた。
しかしそれは一瞬だけで、すぐに元の笑みに戻る。
瞳を見開いたとき思っていたのはだれのことだろうか、とダミアンは考えずにはいられない。彼女の元義妹は、彼女の元婚約者の恋人なのだ。
「……そうですか」
冷めた声からは、どんな感情も窺えなかった。
ダミアンは溜息をついて、真っ赤な石を取り出した。
なんの興味もなさそうなシンシアの手を掴み、石を握らせる。淡々とした声で質問が返って来た。
「これはなんですか、竜王陛下」
「竜血石だ」
「竜人の王族に属する方がご自分の心臓から魔力を取り出して、一生に一度だけ作れる石なのだそうですね。死者をも甦らせる奇跡の石だとか」
「それは伝説だ。死者を蘇らせる力などないし、怪我人に使っても魔力が強過ぎて反動が大きいから危険なんだ。だが……ずっとこの石を持っていて毎日魔力を浴びていると、少しずつ魔力を吸収して寿命が延びると言われている」
「そうですか」
「それと……」
ダミアンは竜血石の中央に浮かぶ小さな煌めきを指差した。
「魔道具を使うときのように竜血石に魔力を注いでこの中央の星を砕けば、私を殺すことが出来る」
「……え? なぜそんなものを私に?」
「償いだ。こんなことでは償いにはならないとわかっているが、それでも君になにかしたかった。私が憎ければ、竜血石の星を砕けばいい」
「そんな……こんな大切なものはいただけませんわ」
「いらなければ売ればいい。高値がつく。魔道具の燃料を補給するのに使ってもいい。弱い魔術を増幅するのにも使える」
「便利なものですね。ですが私には……」
そう言いながら返そうとするシンシアに、ダミアンは首を横に振って見せた。
シンシアは眉間に皺を寄せた。
少し彼女の表情を変えられたというだけで、ダミアンは心がときめくのを感じる。
「竜王陛下。これは私などではなく、真の番にお渡しになるべきものではありませんか?」
「君に渡したいんだ」
シンシアは困惑した顔になったが、ダミアンが受け取らないとわかったのか、そのまま竜血石を握り締めた。
先ほどダミアンは説明しなかったけれど、竜血石にはべつの力もあった。
持ち主の感情を創り手であるダミアンに伝えるというものだ。シンシアが言った通り真の番に渡すべきそれは、本来は思い合うふたりの心を重ねるためのものであった。
今、シンシアからダミアンに伝わってくる感情は『無』であった。
喜びも悲しみも憎しみも怒りもない。戸惑いもすでに消えていた。
すべての感情を押し殺し、なにかを求めることもない。それは生きていると言えるのだろうか。彼女をそんな状態にしたのは、ほかでもない自分だということをダミアンは知っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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