竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸

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第九話 番じゃない。⑥

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 クリストポロス王国で出会った少女コラスィアは、確かに竜王ダミアンのつがいだった。
 顔を見た途端、激しい衝動が体を走ったのだ。よく覚えていなかったのに、戦勝パレードの日に上空から見つけたのは彼女だと確信出来た。
 シンシアに預けた竜血石がなかったら、すぐにでも彼女の前に跪いていただろう。

 しかし竜血石を作るために強過ぎる魔力を体外に出したことで、ダミアンはいつもより冷静になっていた。
 暴走もかなり収まって、巨竜化して飛んできた後でも鱗のない姿を取ることが出来た。
 竜血石を通じて伝わってくるシンシアの感情に包まれて、ダミアンは理解した。コラスィアはつがいだが、愛することは出来ない相手だ、と。目の前の彼女よりも、指輪を見ているだろうシンシアの幸せな感情を喜びつつも贈り主に嫉妬する気持ちのほうが強かった。

 本当のつがいであっても偽りで自分を騙した女だ。
 罰を与えてやらなくてはならないと思っていたとき、シンシアの感情が弾けた。
 激しい驚きの後の虚無──『無』の感情ではなく存在すら消えたのだ。竜血石を置いてどこかへ行っただけだろうか。そう思おうとしても嫌な予感が沸き上がってくる。

 クリストポロス王国の国王に別れを告げて、再び巨竜化して帰路に就く。
 公爵令嬢シンシアに悪いことをしたと思っているのだろう。ダミアンが『愛しい真のつがいシンシア』と口にしたことで大事にされていると感じたのか、国王は安堵したような顔を見せた。
 スフィーリス竜王国とクリストポロス王国は友好国だ。クリストポロス王国で口にした言葉はいずれスフィーリス竜王国へ伝わる。

(これで婚礼の日の私の発言が少しでも薄まれば良いのだが)

 公式に間違いだったと発表しても、シンシアに対する民の態度はどこか冷たい。
 滅多にないつがいという存在に憧れを抱いているからこそ、それについての嘘や間違いは受け入れられないのだ。
 すべてはダミアンの失敗だった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「……シンシアは?」

 風を切って戻った宮殿のダミアンの部屋に、彼女の姿はなかった。
 空っぽの揺り椅子だけが揺れている。
 竜血石は窓枠に置かれていた。外を見ていたときに体勢を崩して下に落ちたような感じだが、地面に転がるものはない。ダミアンに聞かれて、衛兵は答えた。

「申し訳ございません。シンシア様は私どもの魔力の威圧に怯えてしまわれますので、あまり近づかないようにしておりました。もちろんお世話はちゃんとさせていただいております」
「ああ、わかっている。シンシアはどこだ?」
「……実は最近、竜都ではぐれ魔獣が目撃されておりました。人間の町ならばすぐに討伐命令を出すところですが、今回のはぐれ魔獣は竜人の魔力に怯えて逃げてしまいますので実害がなく……その……」

 窓から落ちたシンシアは、迷い込んできたはぐれ魔獣に食われたのかもしれない。
 衛兵はそう言いたいようだ。

「だから、竜血石を。私がいなくても周囲の魔力に耐えられ、はぐれ魔獣になど近寄られないように、なのに……」

 しかし昨日の今日だ。すぐに生活を変えるのは難しい。
 謝罪してからのダミアンは自分の魔力でシンシアを守っていたが、それでも彼女はほかの竜人が近づくと体を硬くしていた。
 つがいに特別な思い入れを持つ竜人の民の前で否定され、投獄されるまでの間に浴びせかけられた嫌悪を含んだ魔力による威圧への恐怖は、今も彼女を蝕んでいたのだ。彼女の怯える様子を見てまで近づく竜人はいない。竜王に忠実ならば尚更だ。

 シンシアを守るはずだった竜血石は窓枠に残されていた。
 わざと残して自分から落ちたのだとは考えたくない。
 考えたくはなかったものの、ダミアンの頭には昨日竜血石を渡したときにシンシアと交わした会話が蘇っていた。

 ──だれにも話を聞いていただけなかったのは辛かったですが、こうして嫁ぐ以上竜王陛下をお慕いして支えられるようにならなくてはと思って来ました。
 政略結婚は貴族の娘の義務ですものね。
 本当にそう思っていたのです。でも私は見てしまったのです、あのときの竜王陛下のお顔を。私がつがいでないと気づいて、絶望に染まってしまったお顔を。

 彼女が感情を押し殺したのは、婚約者に裏切られたこと、つがいでないという言葉がだれにも届かなかったことだけが原因ではない。
 婚礼の日にダミアンが見せてしまった表情こそが、シンシアを追い込んだのだ。
 それはそうだろう。嫌がっても無理矢理連れてきておいて、間違いだったからいらないと言われたようなものだ。

「シンシア……」

 ダミアンは呆然として窓の外を見つめた。
 青い青い空が広がっている。
 婚礼の前に巨竜姿でスフィーリス竜王国へ帰還していたとき、背中の彼女が小さな笑い声を漏らしたことがあった。ダミアンを愛そうと思い、空の上でも楽しみを探していたのだろう。

 あの少女は、もういない。
 つがいでなくても愛さずにはいられなかった花嫁シンシアは、もうダミアンの元から去っていったのだ。永遠に──
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