隣の席のお殿さま

豆狸

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22・赤い瞳の少年

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 激しくライトに照らされて、バイクにはね飛ばされるのを覚悟する。
 細い道から出る前に顔だけ出して確認したとき、そのバイクは駐車場の横の道で停まっていた。
 急には動きそうになかったから細道から出たのだ。
 なのに実際には、わたしに向かって走ってきた。
 明るい夕焼け空の下、いきなりライトを点けたのも視界を奪うために違いない。
 理由はわからないけれど、わたしを襲おうとしたのだ。
 無差別の通り魔かもしれない。
 だけど、いつまで経ってもバイクがぶつかる衝撃は来なかった。
 目の前を通り過ぎただけならいいのだけれど、エンジン音が遠ざからない。
 不審に思いながら、恐る恐る目を開ける。
 眩しい光がそのままだったので、慌てて手を目の前に翳す。
 腕に食い込んだエコバッグの紐が痛い。
 エンジン音も響いてくる。
 広げた指の隙間から見てみると──

「……え?」

 相変わらず、バイクは目の前にいた。
 ライトが眩しい。
 角度から考えて、明らかにわたしを狙っている。
 エンジン音は高らかで、回転するタイヤが道路を擦る音がした。
 でも動かない。
 バイクは、わたしの目の前で停まっている。

「あ!」

 わたしはバイクの後ろに『だれか』が立っていることに気づいた。
 ライトのせいではっきり姿が見えない『だれか』の存在が、バイクの動きを封じているようだ。
 おそらくバイクに乗っている人物はその存在に気づいていない。
 このバイクの型とか種別とかは、詳しくないわたしにはわからないものの、前に千代子さんが一番軽いバイクは四十キロもないと言っていたのを覚えている。
 バイク自体は軽くても乗っている人間の体重も加わるはず。
 動きに引っ張られる力だってあるだろう。
 四十キロだけだとしても、わたしからしたらすごく重い。
 あの『だれか』は、どうやってバイクを止めているの?
 ふっと赤い煌めきを感じた。

 ──ふたつ。

 光っているのは『だれか』の瞳だ。
 どこかで見た色の気がした。

「……っ?」

 ようやくバイクが動かないことの原因に気づいたのか、フルフェイスヘルメットの人物が後ろを振り向いた。
 けれど少し遅かった。
 赤い瞳の『だれか』はバイクを持ち上げて、駐車場の端にある電柱に叩きつけた。
 そう、叩きつけたのだ。
 一瞬で。
 フルフェイスヘルメットの人物が、背後の『だれか』を確認することはできなかったに違いない。
 わたしも目の前で起こったことが信じられない。
 バイクは駐車場と道路をまたいだ状態で転がり、フルフェイスヘルメットの人物は駐車場に放り出されている。
 赤い瞳の『だれか』はポケットからスマホを取り出し、なにやら話し始めた。
 エンジン音は消え、車輪だけが惰性でカラカラと鳴っている。
 電柱にぶつかってライトも壊れてしまったので、辺りを照らすのは夕焼けだけだ。
 わたしの目も落ち着いてきた。
 それでも信じられない。
 スマホに話しかけているのは聞き覚えのある掠れた声。

「両角? カッとなってバイク投げちゃった。事故ってことでなんとかして」

 赤い瞳の『だれか』は九原くんだった。
 今朝教室で見たときのように、光の加減という言葉では誤魔化しきれない。
 夕焼けの反射とは明らかに違う煌めきを放つ赤い瞳だ。
 黒髪のウェーブがいつもより激しく波打っていて、なんだか捻じれた角が飛び出しているようにさえ見える。

「クワアアァァァッ!」

 突然辺りにカラスの鳴き声が響き渡った。
 カラスはどこからともなく(たぶん近くの民家のブロック塀の上から)急降下して、這って逃げ出そうとしていたフルフェイスヘルメットの人物に襲いかかる。
 ヘルメットの後頭部にぶつかられた衝撃で頭を打ったのか、逃亡者の動きが止まる。
 トン、トン──と、ヘルメットから背中へと移動して、カラスが九原くんを見た。

「クワア!」
「あ、サンキュ。……いや、こっちの話。両角は後処理お願い」

 カラスに向かって頭を下げて、九原くんはスマホをポケットに戻した。
 それからわたしを見つめる彼はどう見ても赤い瞳で、黒髪からは捻じれた角が飛び出していた。

「晴田、怪我はない?」
「……うん」

 わたしはその場に座り込んだ。
 いろいろあり過ぎて頭が混乱している。
 九原くんが、少し寂しげな笑みを浮かべた。

「……俺のこと、怖い?」
「ううん、そうじゃない。バイクに轢かれると思って緊張してたから、安心して体の力が抜けちゃっただけ。……九原くんが助けてくれたんだよね、ありがとう」
「晴田が無事で良かった。もうちょっと上手く助けるつもりだったんだけど、引ったくるんじゃなくて轢こうとしてたからカッとなっちゃって」

 九原くんは、わたしが襲われると知っていたのかな。
 聞きたいことはたくさんあるけれど、なにをどう聞けばいいのかわからない。
 わたしの視線に気づいて、彼の笑みから寂しげな雰囲気が消えた。
 心から嬉しそうな笑顔になって言う。

「あ、もしかして怖くないのって、昔のこと思い出したから?」

 残念ながら、その質問には首を横に振ることしかできなかった。
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