婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸

文字の大きさ
1 / 17

第一話 リュドミーラの決意

しおりを挟む
「まあ、今日もお美しいおふたりですこと」
「あの方々こそが運命の恋人同士でございましょう」
「それが財産しか誇るもののないエゴロフ伯爵家の横やりで引き裂かれただなんて、なんという悲劇なのでしょうか」

 朝、学園に登校した私をチラチラと見つめながら、今日も王女殿下の取り巻き達がくだらない噂を撒き散らします。
 事実無根のことですが、我がエゴロフ家が裕福なのを妬む貧乏貴族の方々には噂に乗って私や伯爵家を貶める好機と感じられるようです。立派な大人になるためにこの三年制の学園で勉強しているはずなのに、入学して十ヶ月しか経っていない私より、二年先輩の方々のほうが子どものようです。
 さざ波のように押し寄せてくる嘲笑を断ち切ったのは、親友のポリーナ様の発言でした。

「あらあら。たかが伯爵家程度の横やりで縁談が駄目になってしまっただなんて、我が国の王家はもうお終いなのではなくて? 今くだらない言葉を口に出していた方々は、それが王家に対する不敬になるとおわかりでないのかしら」

 王家の血を引くマイケロフ公爵家令嬢のポリーナ様とは、身分の違いにも関わらず親しくさせていただいています。
 マイケロフ公爵家も裕福な貴族家で、身分が近くてもたかることを目的に近づいてくるような人間とは付き合いたくないと、私を友人に選んでくださったのです。
 財政に問題のある王家でも身分が高いというだけで従っているような人間は、公爵令嬢のポリーナ様には反撃できません。悔し気に顔を歪めて、その場を去っていきました。

「おはよう、ポリーナ。毎日大変だね、リュドミーラ嬢」

 校庭を横切って教室のある校舎へ向かう私達に、ふたつ年上──私の婚約者であるクズネツォフ侯爵家令息ボリス様の同級生のヴィーク様が挨拶をしに来てくださいました。
 彼は手を伸ばしポリーナ様と私の鞄を受け取りました。
 この学園では校内への従者侍女の立ち入りを禁じています。多少の抜け道はあるものの、私達は馬車を降りてからは自分で鞄を持っていました。

 ヴィーク様はミハイロフ侯爵家の跡取りで、ポリーナ様の婚約者です。
 ミハイロフ侯爵家は裕福ではないほう、正直にいえば貧乏貴族の一員なのですが、ポリーナ様を愛し、マイケロフ公爵家の指導を真摯に受けてご実家の建て直しに尽くすことをお誓いになっています。それ故にポリーナ様も彼を婚約者として認め、愛していらっしゃるのでした。
 彼はいつもこうしてポリーナ様と私を教室まで送り届けてくださいます。

「おはようございます」
「遅くてよ、ヴィーク。貴方、アレの親友なのでしょう? どうにかできないの?」

 ポリーナ様が冷たい視線を送った先にいるのは、私の婚約者ボリス様でした。
 ヴィーク様のように私達を教室まで送りに来たわけではありません。
 ボリス様の傍らにはこの国の王女ギリオチーナ殿下、恋人同士のように腕を絡めたふたりの後ろには学園の生徒であると同時に王女殿下の護衛でもある“白薔薇”レナート様もいらっしゃるのですから。同級生の護衛兼従者をつける、それが先ほど言った抜け道のひとつです。

 ボリス様と私の視線がぶつかります。
 少し前まではそれだけで心臓が潰れそうになるのを感じていましたが、最近は辛いとは感じません。
 自分の中が空っぽになって、風が吹いているような気分になるだけです。

「……」
「ボリス。早く教室へ行きましょう? だれかさんの嫉妬の視線を感じて不快だわ」
「あ、ああ。そうだね」

 婚約者の私に挨拶もせずにボリス様が去っていった後、ポリーナ様が吐き捨てるように莫迦莫迦しいとおっしゃいました。

「ふたりでイチャついているところをリュドミーラに見せつけるために、用もないのに校庭をうろついていたのでしょうに」
「すまないな、リュドミーラ嬢。ボリスにはいつも言っているんだが……どうにも言葉が届かない。ポリーナ、今日は授業の後で騎士科の特別訓練がある。そのときにまた注意しておくよ」
「そうね、お願いするわ」
「ありがとうございます、ポリーナ様ヴィーク様。でも、もう良いのです。私、父にボリス様との婚約解消を申し出ようと思います」

 私の言葉に、ポリーナ様とヴィーク様が顔色をお変えになりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〖完結〗時戻りしたので、運命を変えることにします。

藍川みいな
恋愛
愛するグレッグ様と結婚して、幸せな日々を過ごしていた。 ある日、カフェでお茶をしていると、暴走した馬車が突っ込んで来た。とっさに彼を庇った私は、視力を失ってしまう。 目が見えなくなってしまった私の目の前で、彼は使用人とキスを交わしていた。その使用人は、私の親友だった。 気付かれていないと思った二人の行為はエスカレートしていき、私の前で、私のベッドで愛し合うようになっていった。 それでもいつか、彼は戻って来てくれると信じて生きて来たのに、親友に毒を盛られて死んでしまう。 ……と思ったら、なぜか事故に会う前に時が戻っていた。 絶対に同じ間違いはしない。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全四話で完結になります。

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

処理中です...