彼女を殺してはいけません。

豆狸

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第十三話 貴方は悪魔ではありません。

 だれかの気配を感じて、私は窓を見ました。
 侍女達には控えの間で休んでもらっています。
 部屋に自分以外の人間がいると、ときどき嘲笑されているように感じて苦しくなるのです。夜会までの日々で大切にしてもらえて、新しい侍女達は前の人達とは違うとわかっているのですけれど。

 寝台にいた私は、立ち上がって窓に近づきました。
 窓を覆う布を開くと、そこには露台に立つ悪魔の姿がありました。
 いいえ、彼は悪魔ではありません。アザール公爵です。仮面のないお顔を見たときは驚いてしまいました。

「……レア様……」

 月光に照らされて、彼が微笑みます。
 あの夜もこうして露台に立ち、私に契約を持ち掛けてきたのです。
 いつか私が不幸なまま死んだなら、時間を戻して望みを叶えさせてあげようと。ただしその代わり──

「望みは叶いましたか?」
「そうですね、半分だけ。私の気持ちを陛下に伝えることは出来ませんでしたし、昔の話も出来ませんでした。でも代わりにこの国を救えたのではないかと思います。今となっては、それで満足です。時間を戻していただいたことに、とても感謝をしています」

 悪魔ではなかった公爵は窓の透明な玻璃越しに、とてもお美しい顔を不安そうに歪めていらっしゃいます。

「そんな状態で約束を果たしていただいても良いのでしょうか? もしかしたら貴女は、今度こそロドルフ国王に愛されることが出来るかもしれませんよ?」
「約束は約束ですわ。……もうひとつの約束は髪飾りと一緒に砕けてしまいました。こちらの約束くらいは果たしたいと思うのです」

 最近の陛下は政略結婚の相手として、私を尊重してくださっているように感じます。
 私も政略結婚の相手として陛下を尊重すれば良いのかもしれません。もう一度愛すれば良いのかもしれません。
 ですが出来ないのです。

 あの髪飾りが元には戻らないように、砕けてしまった私の恋心を繋ぎ合わせることは不可能なのです。
 どんなに今のロドルフ陛下を見ようとしても、前のときの記憶と初夜の床で髪飾りを砕かれた光景が浮かんでくるのです。
 壊れた心には穴が開いたままで、陛下への想いでは直せないのです。

「侍女達には累が及ばないようにしていただけますか?」
「貴女がお望みなら私はなんでもいたしますよ。そのために命を賭して時間を戻したのですから」
「……はい?」
「アザール公爵家の人間が先祖から受け継ぐ時間魔術の術式は心臓に刻まれています。自分で心臓を刺して死ぬことでしか発動出来ないのです」
「え、あの……私のためにお亡くなりになったということですか?」
「はい。数ヶ月ほどかけてこの国デュピュイを滅ぼした後で。貴女の願いは時間を戻すことだけでしたが、貴女を苦しめたこの国をどうしても許せなくて。あ、ドゥモン王国のほうにも痛い目は見せましたよ?」

 私は溜息をつきました。
 この方は悪魔ではないけれど、とても困った方のようです。
 だけど、それだけ私を想ってくださっているということなのでしょう。どうしてそんなに好いてくださっているのか、私にはさっぱりわからないのですが。

 夜会の夜、私は約束に従って再会した彼にこの身を捧げたのです。

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