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【13】この夜は一番ひどかったけど、いつだってボクは悪くない

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―それから数日。
UFOの襲撃の無いまま砦の時間は過ぎる。
その分だろうか。入ってくる情報によると他国への攻撃の頻度は増えているという事だった。
それも、主要都市よりも先に魔術師の多い場所が狙われているらしい。
もしそれが本当だとしたら―
今までは目につく場所から攻撃していた宇宙人側の行動に変化があるとしたら―

「おう、そこー!きりきり走れー!たるんどるぞー!」
「ヒマリ、うるさいぞ」
「ノーム研に仕様書5点も送ったし今はやることねーんだよー!おら腕立て百回だー!」
「そんな基礎はやらせとらん、邪魔だあっち行け」
腕組みをしたままで中佐はヒマリを見もせずに太い声で叱りつける。
「煮詰まってんだよぉ…。
脳みそ休ませたいんだよ。ファルさん以外みんな忙しそうだし」
「お前なあ。俺だって―
まあ俺も今は見てるだけだな。こっちの連中、みんな飲み込みがいい。
とにかく徹底して制圧戦闘行動と特に隊伍を組む事を覚えてもらうだけだからな」
砦の外、木組みでの即席の訓練場を走り回る人間、オーク、ドワーフ、コボルド、ホブゴブリンなど雑多な種族の混成軍。
その様子を眺める高さ2メートルほどの台の上。
腕組みをして立つ米兵の横にヒマリはだらしなく座る。台から投げ出した足もだらしなければまたその顔もだらしなくぼけーっと眺めている。
走り回る戦士らとそれに指示をしている隊長ら。ド素人のヒマリが見ても、確かに現代の兵隊の訓練風景にしか見えなかった。
たった数日で中佐は彼らを納得させ、意識改革をさせたという事になる。何よりもいきなり連れてこられてファンタジーの住人と宇宙人の戦争を自分をこそ意識改革したのがすごいだろ。
「いずれ機関銃と砲の代わりになる兵器開発が必要だな。いつまでも魔術師という生体大砲だよりじゃあ戦争にならん」
「やっぱり中佐は人間やドワーフの兵士が中心なんだ」
「そりゃそうだろう。ポーンはチェスの基本だからな」
「歩、ね」
「ポーンだ」
「にしても中佐がこっち居るとガンガン異世界の歴史が変わる気がする」
「…何を言ってるんだお前は。お前こそパラダイムシフト起こしまくってるだろうが」
「そういや中佐、こっちの人に電気やエンジンって教えていいと思う?」
「別にいいだろう。いずれ誰かが作るだろうし、知ってどうするかは彼らが決める事だ」
「それもそうか」
「それよりお前、本当にわかってるのか?明日だぞ?」
「わかってるってばー。明日でしょ?明日ぁー。
中佐の方こそいいの?明日だよ?」
「陣地構築もとっくに終わってる。この訓練も1600ヒトロクマルマルには切り上げて休ませる。オークは特に、それで十分すぎる休息だ」
「ふーん…」
何とはなしに答えるヒマリ。ぼんやりしているというよりは、覇気の無さが隠し切れていない顔だった。台から垂らした足をぶらぶらさせているが、緊張があることは勘の良い人間には見て取れただろう。
中佐はヒマリの横に腰を降ろす。
「まあ、ほどほどにな、ヒマリ」
「―うん」


「でもさー、せっかく毎晩毎晩女子会してんだからコイバナの一つでも出ないもんかねえ?」
「……お前なぁ…」
いつものコタツ。いつもの夜。いつもの、ヒマリの部屋。
それぞれの役割を終えた女子チームは誰とはなしに自然と集まっている。
だべってる中でのヒマリの言葉にヘルガオルガは忌々し気にヒマリを睨みつけ、いらんこと言うなとアイコンタクトをする。
「あっ!しまったあ!そうだったあ!」
意にも介さず、むしろ待ってましたとばかりにわざとらしく口に手をやるヒマリ。
「テメエ…」
「……」
ヘルガオルガとソフィエレが気まずそうに黙ってしまう。
「あら?あらあら~?
そんなにコイバナはあきまへんの?お二人さん」
「うわあ、エルマリさんの満面の笑みだよ」
ヒマリも一緒になってニヤニヤと笑う。
そう、この二人の思い人が同じ人物だと言う事は周知の事実であり、タブーでもあった。
「ヒューマンのコイバナ、聞いてみとおすなあ」
「いやあ、楽しいねえ。なんで楽しいんだろうね、他人のコイバナは」
「不思議どすなあ」
「エルマリ、てめえ…」
「おほほほ!どないしはりましたんえ?どないしはりましたんえ?」
「こんな楽しそうなエルマリさん初めて見ましたわ…」
「あははは!どーせ全員ド処女の分際でさあ」
「ヒマリはんっ?!」
「…ん?」
「え?全員?」
女騎士二人の視線が240歳の美人に注がれる。
「おい、エルマリ?」
「はあああああ??意味わからしまへんなあ!!」
「エルマリさん、まさか…ねえ?」
「でもよ、ヒマリの勘の鋭さは―」
「はあ?!はああああ?!?!」
「うひひひ、エルマリさんの焦る顔初めて見―」
「…殺しまひょか」
突然、すうっと無表情になるエルマリ。
「―た?」
「そうどすなあ。―もう殺すしかありまへんなぁ。ええ、殺しまひょ」
無表情で、エルマリはブツブツと自分に向けて呟く。
「ひは、え、エルマリさ、いい、いつもの遠回しな嫌味が無く、なって、」
「せやな。全員口封じてしもたらええやろ。ヒューマンやし」
「ええ事ねえよ!!おま、ヒマ、ヒマリ!!謝れ!!」
「嘘ですわよね?!ね?!ヒマリさん?!嘘ですわよね?!嘘っておっしゃい!!謝んなさいこの子は!!ほら!!」
「そうだぞー!!エルマリは優しいからなあ!!謝ったら絶対許してくれるぞー?!エルマリは優しいからー!!」
「エルマリさんエルマリさん!薄眼でこっち見るのやめてくださいませんこと?!怖いから!マジで怖いから!フツーにしてくださるかしら!!ほら笑顔笑顔!いつもの!!」
「デトュゥークシオン・エン・チティュー・モンドゥ…」
「ごめごごめごめんなさい嘘嘘うそに決まってるじゃないっすかああああ!!!エルマリさんはド淫乱!!言い寄る男をとっかえひっかえ!!」
「ミ・ネニアーム!!パァドゥノス――!!!」
「詠唱やめてええーー!」

「…えー、隣の部屋のファルリエットさんから苦情が入っています。うるさくて寝られないと」
「…ごめんなさい」
「みなさんが仲良くするのは良い事ですが、節度というものがですね…」
バタバタと暴れ過ぎたため、ヒマリらは4人そろってヴァンデルベルトに説教をされている。
「…ソフィエレさん、あなたが付いていながら」
「はい…面目ございませんわ」
「オメーのせいだぞアホヒマ」
「うっせーヤンキー」
「はぁ…。エルマリさんがどんどん酷くなっていく…。
このままではエルフ国の方々になんて言ったらいいのやら」
「せんせー、それは多分エルマリさんが猫かぶってただけだと思いまーす。ボクのせいじゃないでーす」
「ちょ、ヒマリはん?」
「ああ、それはアタシもそう思うわ。なあ?」
「ええ、それはそうですわ」
「ヒューマンめぇ…」
「それだよ」
「とにかく、明日はいよいよ作戦なんですから。静かにしてくださいね。早く寝てください」
「「「はーい」」」

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