黙示録の喇叭

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第1話 レコード音遊会

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 薄暮が差し込む古民家。窓から漏れる光が、磨かれたレコード盤に反射し、静かにきらめいていた。そこには、五十代から六十代の男女八人が集まり、椅子に座って大きなスピーカーから流れるレコードの音に静かに耳を傾けている。
 針がレコードの溝を滑り終え、かすかなパチパチという音が響き渡る。静寂が部屋に訪れ、先ほどまで音楽で満たされていた空間が、まるで息を潜めたように静まり返る。
 レコードプレーヤーのターンテーブルはゆっくりと回転を止め、針はアームの支えに収まる。レコード盤は、まるで物語を語り終えた一冊の本のように、静かに佇んでいる。
 部屋には、レコードを聴いていた人たちの息遣いだけが聞こえる。彼らは、レコードから流れ出てきた音楽の世界から、現実へと戻ってきたようだ。
 窓の外では、風がそよぎ、木々の葉がサラサラと音を立てる。部屋の中に漂うのは、レコードの音の余韻と、心地よい疲労感だった。

「ああ、良い音楽だったね」

 誰かがそう呟くと、他のメンバーも頷く。
 レコードの音は、ただ単に音を奏でるだけでなく、人々の心に様々な感情を呼び起こす。喜び、悲しみ、懐かしさ。レコードの音は、まるでタイムマシンに乗ったかのように、聴く人を過去の思い出や未来への夢へと連れて行ってくれる。

「さて、次は何を聴きましょうか?」

 レコードプレーヤーの前に立つのは、会の主宰者であり古民家の持ち主であるほしだ。温かい笑顔が印象的な、穏やかな人物だ。

「私は……コレ。この前レコード屋さんで見つけた、ジャズの名盤をかけてみたいですね」

 と提案したのは、いつもオシャレな服装の田中さん。

「いいですね! ジャズは、夕暮れ時にぴったりですよ」

 星は田中からレコードを受け取り、丁寧にプレーヤーにセットする。針がレコード盤に触れると、静かな空間に、どこか懐かしいメロディが響き渡った。

「この曲。私が若い頃に初めて買ったレコードの曲ですよ」

 と、物思いにふけるように話すのは、眼鏡の似合う優しい雰囲気の鈴木であった。

「そうなんですか! 私も、この曲聴いたことあるかも」

 と、若かりし頃の思い出話に花が咲く。
 レコードの音に合わせて、参加者たちはそれぞれ思い思いに過ごしている。
 窓の外では、カラスがカァカァと鳴き、日が暮れていく。室内には、レコードの音と、参加者たちの会話が心地よく混ざり合い、温かい空気が流れていた。

「レコードって、本当にいいですね」

 と、しみじみと話すのは、いつも明るい雰囲気の高橋。

「デジタルの音とは、やっぱり違うものがありますよね。心に響くというか」

 と、他の参加者たちも頷く。
 レコードの音を聴きながら、参加者たちはそれぞれの日常を忘れ、音楽の世界に浸っていた。レコードの音は、彼らの心を癒し、そして繋いでいた。
 レコード音遊会は、単なる音楽鑑賞の場にとどまらない。それは、参加者たちが自分自身と向き合い、そして仲間との絆を深めるための、大切な時間なのである。
 レコードの音は、これからもこの古民家に響き続け、参加者たちの心に温かい光を灯し続けるのだろう。
 しばらくして曲が終わると皆が拍手して笑い合った。
 気が付くとレコード音遊会のメンバーの一人、いつも新しい音楽を探しているという新井が、レコードプレーヤーの前に立っていた。

「新井さん、何かお気に入りのレコードがあるんですか?」

 と、星が問いかける。

「はい、実は最近手に入れた、ちょっと変わったレコードがあるんです。私もまだ聞いていないんですがね。内容は聞いてから……ということで」

 新井は、一枚のジャケットを取り出す。少し擦り切れた白紙のジャケットは日に焼けており年代を感じさせた。

「へぇ、それは気になりますね。ぜひ聴いてみましょう!」
 と、他のメンバーも興味津々だ。

「では、皆さん、この不思議な音楽の世界へ、一緒に旅立ってみましょう!」

 新井さんがレコードをプレーヤーにセットし、針を落とす。
 レコード盤が回り始めると、静かな部屋に、今まで聴いたことのないような音が響き渡った。民族楽器の奏でるリズムが複雑に絡み合い、独特の雰囲気を作り出していた。
 メンバーたちは、その音に耳を傾け、それぞれが異なる表情を見せる。

「これは、今まで聴いたことのない音楽ですね」
「なんていうジャンルなんですかね」
「どこか懐かしいような、新しいような、不思議な感覚」

 レコードの音は、参加者たちの心に様々な感情を呼び起こし、活発な議論へと繋がっていった。
 レコードの音遊会は、単にレコードを聴くだけの場ではない。それは、新しい音楽との出会い、そして参加者同士の交流を深めるための、貴重な時間なのである。

「私、お茶を用意してきますね」
 
 皆の手元にあるお茶が少なくなっていることに気付いた主催者の星は音楽に聴き入っている皆からティーカップを回収すると部屋を出る。
 台所に入り、お茶の準備をしながら先程の音楽について考えを巡らせていた。かなりの音楽マニアを自称する星も聞いたことのない音楽であり、ジャンルすら分からない。
 新井が持って来た未知のレコードにワクワクしている反面、少し嫉妬している自分に思わず笑いが込み上げた。
 お茶を入れ直し部屋に戻ると先程の音楽は終わっており部屋には静寂が訪れていた。部屋に差し込んでいた僅かな光は身を潜め、窓の外はすっかり暗くなっている。

「……今日はもうお開きですね。お茶を入れ直して来たので皆さんは一服されてからお帰りになって下さい。来週はまた日曜日の午後三時からということでよろしいですか?」

 部屋を見渡して皆の反応を確認すると星はプレーヤーからレコードを取り新井に尋ねる。

「新井さん。さっき聞きそびれてしまったので今日は貸していただいてもいいでしょうか?」

 新井に確認を取ると星は嬉しそうにレコードをジャケットに戻し部屋を出ようとするが、はたと立ち止まり再び部屋の皆に向かって声をかける。

「それでは皆さん、お先に。私、犬の散歩がありますので。鈴木さん。戸締まりをお願いします」

 それだけ言うと、星はパタンと扉を締め古民家を後にした。再び部屋に静寂が訪れる。
 唯一……衣服が軋み、擦れる音だけが部屋に響いていた。
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