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11話 金策、見出す~望めば絵が描けるわけではない 肆

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 人生最大のピンチを切り抜け、男色本出版の大義名分を得た高遠は、この話を進めようと本格的に絵師を探し始めた。しかし、容易なことではない。

『外部に漏れることを避けるために、絵師も大奥の人間を使うように』

 が、塩沢の指示だったからだ。
 おまけに鶴屋と契約を結ぶまで極秘ときたものだから、表だって探せないという、初っぱなから分厚い壁が立ち塞がり、簡単にことが進められない状況だった。
 なにせ、

『商売になるほど画力がある人』は早々いないし、
『無償で描く奇特な人』もいない。

 万が一男色絵を描く人がいたとしても、高遠のようにひっそりと描いているから決して表に出てこないだろう。仮に、仮にだ。奇跡的に見つかったとしても、卑猥な絵など描かないに違いない。

 誰が職場で己の性癖を晒すというのだ?

 その理由から、武家や旗本の娘も絶対無理だ。彼女らの多くは『大奥務め』という箔を付けて嫁入りする身の上なので、

『男色本の絵を描きました』

 などとバレたら家名に泥を塗ることになってしまう。
 また、極秘段階なので、

『急募! 男色本の絵を描ける人求む!』

 と、募集をかけることもできない。

「八方ふさがりだな……」

 嘆息する。
 それでもやらなければならない。この大奥の状況を打破しなければならないのだ。

 ――まず、身近なところから探りを入れてみるか。

「これ、誰かあるか」

 部屋の奥に呼びかけると、部屋方の霞が顔を出した。

「はい。なんでございましょう」
「他の者たちも、ここへ呼びなさい」

 霞は席を立ち、次の間へ消え、三人を伴って部屋に戻ってきた。

「全員揃ったな。ひとつ聞くが、このなかで絵を嗜んでおるものはおるか?」

 全員が首を振る。
 まぁ、想定内だ。

「そこの文机の上に紙がある。順に殿方の絵を描いてみてくれ」
「絵を描くのでございますか……?」
「うむ。そうだ。好きに描いてよい」

 高遠の命令に四人は怪訝そうに顔を見合わせるが、「では」とひとりずつ筆を持ち、描いていった。全員が書き終え、高遠に差し出す。

「――…………」

 残念な結果に目を閉じるしかなかった。棒人形のようにストンとした身体から関節のない手足がニョキニョキと生えている。

「あの……高遠さま。わたくしたち……」

 部屋方たちはミスを犯したかと不安げだ。

「ああ、気にするな。試しにやってみただけのこと。もう仕事にもどってよい」

 部屋方たちはホッとした表情を浮かべて下がった。
 ひとりになった部屋で嘆息たんそくする。

 ――最初から上手くいくわけがないな。となると、次はお目見え以下の女中たちか……。

 翌日から高遠は、仕事が終わるとそこらを掃除している女中たちを捕まえては部屋に引き入れ、

「ここに殿方の絵を描いてみよ」

 と、筆を渡した。しかし描き上がるのは謎の軟体生物ばかり。
 教養の一環として書や舞を嗜む者は多いが、絵は別枠だということを痛感するばかりであった。
 しかし、それが普通なのだ。高遠だって小説を書き始めたのは、ひとり部屋をもらった三十歳をすぎてからだ。それまでは書いてはいけないものだという自覚もあった。
 描ける人間がいることの方がおかしいのだ。

 ――考えても仕方がない。自分でどうにかならないか。

 と、想像力をフル稼働させ、力の限り描いてみたが蛸人間が描き上がり顔を覆うしかなかった。
 当たり前だが、小説が書けることと絵が描けることは別の才能なのだ。
 しかし、粘ってこうも考えた。

『想像ではなく、その体勢をしている人間を見ながら描けば、なんとかなるのではないか?』

 早速、御半下の女中ふたりを捕まえ、銭を握らせてモデルを確保した。
 深夜、部屋に呼び入れて絡みの体勢を取ってもらった。が、いかんせん男性経験のない娘だ。姿勢が覚束ない。
 高遠も立場上、口が裂けても、

深山みやま(正常位)で」
碁盤攻ごばんぜめ(バック)で」

 と、体位を口にするわけにもいかず、写生しつつ、

「脇に手を突いて、相手に覆い被さるように。足は開いて相手の身体に跨がり、顔を近付けてだな……」と曖昧な指示しか出せない。

 深夜、蝋燭の灯りのもと不穏な体勢をさせられ、それを見ながらなにやら描いている高遠という不気味なシチュエーションに女中たちも次第に違和感を漂わせ、

『もしかして、わたしたちは、とんでもないことをさせられているのでは――?』

 と、いった空気を醸し出し、高遠も自分が相当危ない人になっていると気付いて、

「もう、よい」と解散した。

 当然だが写生はまともな形にならなかった。

 ――なにをやっているのだ、わたくしは……。無理だ、どう考えても、わたくしには絵は無理だ。
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