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第60話 大奥は華やかに咲く 弐

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「鶴屋によれば問題ないようで、予定どおりに来月に発行されるようです」
「それはなにより。この勢いでいけば、新作も飛ぶように売れるでしょうな。執筆時間も必要となりましょうし、なにかあれば、わたくしに仰ってください」
「お心遣い、痛み入ります」

 嬉しいが叶に借りを作るのはなるべく避けたい。無難な受け答えをして勤めを終えた。別れまぎわ、

「近く酒でも交わしながら、お話をお伺いしたいものですわ。いつごろから衆道に興味を持ったかなどをお聞かせくださいな。フフ……。では失礼いたします」というゾッとする誘いを受けたので、寒気が尋常ではなかった。

 誰が自分の黒歴史を語りたいというのか。

 叶の巧妙な情報収集に付き合いながら呑む酒など、美味いはずがない。出世してなんぼという気概でここまできたが、大奥総取締役の地位まで望んではいない。重役クラスのまま隠居というのが一番望ましいのだ。

 叶が自分を大奥総取締役候補に名乗りを上げたのだと、とらえてているのなら、そんな暴挙には決して出ないと示していかなければ。
 部屋に戻ってぐったりと脇息にもたれかかり、深く息を吐いた。

「高遠さま。ひどくお疲れのご様子ですね。甘いものを召し上がってはいかがでしょう?」

 吹雪の言葉に顔を上げる。

「ああ、ありがたいな。そうしてくれ」

 高遠がそう答えると障子の向こうから声がした。

「高遠さま。……須磨にございます」
「お須磨の方さま?」

 傍にいた吹雪がすぐに対応し、室内へ通した。

「どうされたのです。ご用がございましたら、霞に申しつければお伺いいたしましたのに」

 須磨がはにかむように言った。

「わたくしの、新しい部屋方が決まりましたので、ご報告に参ったのでございます。霞殿には大変お世話になりました」
「おお、では、塩沢さまが人を寄越されたのですな」
「はい。ご配慮いただきまして誠にありがとうございます。それで、霞殿には高遠さまのもとへ戻って欲しいと思いお伺いいたしました」
「そうでしたか。わたくしもこれで安堵できまする。霞、ようやってくれた」

 霞はにこりと笑みを浮かべた。
 表情を和らげた高遠に、須磨は小ぶりな木箱を差し出した。

「これは?」
「黒砂糖です。お忙しい高遠さまに召し上がっていただければと、お持ちいたしました」

 黒砂糖とはありがたい。濃い茶によく合う。

「お心遣い痛み入ります。よろしければ一緒に召し上がりませぬか」
「よろしいのですか?」
「もちろんですとも。これ、吹雪。茶を頼む」
「は」

 黒砂糖が入った木箱を持ち、吹雪と霞は部屋の奥へ消えた。
 すると須磨はそっと高遠に近づき、

「見ていただきたいものがあるのです。三巻の挿画と表紙なのですが……」と密やかにささやいた。

「お、おお……。もう着手なされていると?」
「はい。今後は、高遠さまに下見をしてもらい、納得したものを選んでいただこうと思うのです」

 神絵師の申し出に、高遠は祈りたくなった。

「一応、持ってきたのですが、ここでお目にかけないほうがよろしいでしょうか?」

 鼻の先に人参をぶら下げられて走らない馬がいるだろうか。

「よいと言うまで、部屋に入るでないぞ」

 と、奥に声をかけ、須磨とふたりきりになった。
 須磨は高遠の前に桐箱をすべらせた。ドキドキしながら蓋を開ける。――と、
 押し倒された受けと、攻めの色香に鼻血を吹き出しそうになった。はだけた合わせから見える受けの乳首が誘っている。

 ――え、待って、無理……。た、多幸感で死ぬ。

 顔面の筋肉がどうにかなってしまいそうなほど圧巻だった。
 出版中止にならないように局部を描かないと打ち合わせをしていたので、露骨さはないのだが、かえってエロさが増している。
 乳首もかろうじてちらりと描かれているだけだが、それが余計にヤバイ。他の四枚も受けの美しさや、攻めの男前ぶりに召されそうだ。
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