魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~

裏の飯屋

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序章 異世界転移編

第1話 優しくない異世界転移

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 目蓋の奥に光が見える。
 土の香りと背中や後頭部に固い感触。
 ああ、俺は地面に横たわっているのだろう。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、目を開けるとそこには。

 巨大な獣の顔があった。

「うわぁあぇぇええぇえっっ!?」

 自分が発したものとは思えない声を上げながら俺は叫ぶ。
 何せ、獣の牙が俺の顔面に食い込むまであと数センチの距離まで迫っていたからだ。

「大丈夫ですか!?」

 しかし、次に俺の顔面に襲い掛かったのは、赤黒い血しぶきだった。
 もちろん俺の血ではない。最初に視界に飛び込んできたのは獣の首の断面。

 だが俺の目に焼き付いたのは、獣の首を鉄塊のような大刀で叩き切った背の高い女性の、血よりも赤い瞳の美しさと夜空のような漆黒の髪だった。

「え……あ、え?」

 ズシリと大地に沈みゆく金色の毛並みの獣の死体を見ながら、俺は声にならない声を搾り出す。
 思考を止めてはならないと全身の細胞が叫んでいる。
 俺は震える身体を叱咤し、上体を起こして改めてその女性を仰ぎ見た。

 白いスカートが翻り、黒髪のポニーテールが揺れる。彼女は次の獣へと駆け出した。
 ノースリーブの黒いニットから覗く細い腕のどこにそんな膂力があるのか、180cmはあろうかという長身よりもさらに巨大な剣で別の獣に飛び掛かる。

 彼女の向こうに4頭も見えるその獣は、体調は5mをゆうに超え、巨大な虎のような顔から丸太のごとき角が生えている。
 3倍近い大きさの獣に恐れを感じていないのか、彼女は巨大な剣を振りかぶって迷いなく獣の顔面に叩きつけた。

「あなた、大丈夫? この群れの中でよく生きてたわね。 名のある冒険者?」

 黒髪ポニーテールが次の獣に飛び掛かった瞬間、未だ上体を起こした体制で呆けていた俺の傍らに、もう一人女が立った。
 思わず息をするのも忘れるほど、あまりにも整った顔の女がそこにいた。
 黒髪の女と同様に、血のように赤い瞳がこちらを覗き込む。
 口元には、見るものを虜にさせるような微笑を浮かべている。
 金色の糸のような髪をサラリと揺らし、水色の外套を羽織ったその女は、こちらを怪訝そうに見下ろしていた。

「えーと、ここは?」

 はっきり言って思考がまったく追いつかない。
 何で俺は唸りながら怒り狂う獣たちに取り囲まれ、それを美女二人に助けられているのだろうか。
 よく見ると、金髪の女も腰に水色の装飾が施された綺麗な剣をぶら下げている。

 そこで、先ほどの出来事を思いだした。
 真っ黒な空間で、尊大な女神に不気味な笑顔で送り出された先は、確かに異世界だった。

「こっちのパターンだったか……」

 確かに無事転生できたことは良しとしよう。
 いや、正確に言うと転移か。
 だが、もう少しリスポーン先はどうにかならなかったものだろうか。
 
 異世界転生のパターンにも色々ある。
 俺が期待していたのは貴族の次男坊あたりに生まれ、巨乳で可愛いメイドさんたちに囲まれながら、類まれなる魔術などの才能を活かしてスローライフを送るパターンだ。
 
 断じて、起きがけに一撃で女神の元に送り返されそうな暴力を頂戴する展開ではない。
 まあ新しい命を与えてくれたのだから文句は言うまい。
 女神◾️◾️に感謝しよう。

「あれ……?」

 そこでふと気付き、額を押さえる。
 俺をこの荒野のど真ん中に放り込んだ麗しの女神の顔も名前も、何故だか思い出せない。

 先ほどまでまぶたの裏にこびり付いていた、おぞましく寒気のするような笑みすらも、もう記憶の中ではおぼろげだ。

「まあいいか」

 そもそも暗黒世界から異世界に人間一人を転生させられる女だ。
 記憶くらい消せるだろう。
 私のことは忘れて懸命に生きなさい人間よ、とかそういうことなのだろう。
 それよりも問題は今この状況だ。

「大丈夫? 頭打った? とりあえずこれで顔拭いて」

 顔面血しぶきまみれでブツブツ言っていた俺に、金髪の女は片膝を付いて薄桃色の綺麗なハンカチを取り出し、渡してくれた。
 それで拭き取れそうな量でもないが、目が開けにくくて仕方ないのでありがたく受け取り、遠慮なく顔を拭う。
 その時ハンカチの向こう側に、黒髪の女が2頭目の獣の首を大剣で叩き折ったのが見えた。

「ありがとうございます。それで、ええと……ここってどこですか?」

 黒髪の女は危なげなく獣を狩っているので、俺も少しだけ落ち着きを取り戻せた。
 ようやく立ち上がれた俺は、金髪の女にそう尋ねると、彼女は不思議そうに首を傾げる。

「質問の意味が分からないけど、あら? ここ傷になってるわね」
「え? あ、いてっ……!」

 女は俺の頬付近を指差してそう言うので触れてみると、確かにヒリヒリする。
 先ほど鼻先数cmのところまで迫った獣の牙が掠めたのか、あるいは首を斬り飛ばした黒髪の女の剣先が頬の肉を抉っていったのか。

「動かないで」

 次の瞬間、金髪の女の指先が蒼白く輝くと、俺の頬の痛みが引いていくのが分かった。
 これは、いわゆる回復魔法というやつではないだろうか。
 どうやら俺は剣と魔法のファンタジー的な世界に転生したらしい。

「これでいいわ」

「あ、ありがとう……」

「気にしなくて結構よ」

 驚く俺に、女は何でもないことのように告げる。
 その時だった。

「ティアちゃん! すみません1体そちらに!」

 20mほど向こうから、3頭目の獣を斬り伏せたばかりの黒髪の女が声をかけてくる。
 同時に、残り1頭がこちらに狙いを定めて猛スピードで迫ってきていた。
 ビッシリと生えた鋭い牙を剥き出しにして、俺たちの喉元にくらいつこうと吠え猛りながら飛びかかってくる。

「おっけー。って……ちょっと!」

 咄嗟のことで、何故そのような行動に出たのかは、覚えていない。
 もしかすると、生前の突然死が受け入れられず、せめて誰かを守って死ぬほうがマシだと思ったからなのかもしれない。

 俺はティアと呼ばれた金髪の女が、美術品のような輝く青い剣を抜くよりも先に、彼女を庇うように獣との間に立ちはだかった。
 獣が巨大な爪を振り上げて飛び掛かってくる中、俺は真っすぐに駆け出す。

 ああ、これは死んだ。

 そんなことを思いながら、真正面から殴りかかる。
 生前の喧嘩なんて、5歳の時に幼稚園でして以来だ。
 そもそも自分の3倍近くある野獣に素手で殴りかかるなどアホとしか言いようがない。
 女神◾️◾️、泣きの1回でもう一度転生のチャンスをくれないだろうか。
 もう悪く言わないから。 

 両目を瞑り、獣に向かって振りかぶった拳を全力で叩きつけた。
 肩が抜けそうなほどの衝撃が全身を走り抜けていく。
 子供の頃、バイクに跳ねられたことを思いだした。
 全身が砕け散る衝撃かと思ったが、意外にも痛みはない。
 死ぬときは案外こんなもんかと思っていたところ、俺はまだ大地に立っていることに気が付いた。

「うそ……」

 ティアの驚く声が聞こえて目を開けると、俺に襲い掛かってきた獣が数m向こうでピクピクと痙攣している。
 俺が驚きの声をあげるより先に、その隙を逃すはずもなく、黒髪の女は獣の首元に剣を突き立て最後の一頭を狩り終えたのだった。

「あの……ティアさんでしたっけ? あれ……僕がやった?」

やがて動かなくなる獣の断末魔を聴きながら、搾り出した俺らしき男の声は酷く震えていた。

「うん、盛大に吹っ飛んでいったわね」

 あまり飲み込めてはいないが、何が起こったかはようやくわかった。
 俺が振り上げた拳は獣の鼻っ面に突き刺さり、そのままぶっ飛ばしていたようだ。
 肩が外れそうになった衝撃は、俺の拳の反動だったのだ。 

 これはまさか、チート能力というやつか。
 どう考えても普通の人間が拳一つでワンパンできる相手ではない。
 いや、ワンパンまではできていないのだが。

 女神◾️◾️から与えられた能力が早速役に立ったのだろうか。
 しかし、チートというにはいささか地味な気もするが、とりあえず今は良しとする。

 少しヒリヒリと痛む拳を見ながら、俺はようやく状況を理解できてきた。

「すみません、お手間かけました。ええと……生存者さん、あなたは?」

 戦いを終えた黒髪ポニーテールが近寄ってきて、おそるおそるといった具合に尋ねてきた。
 剣を振るう姿はあまりにも鮮烈だったが、こうして見ると穏やかで優しそうなお嬢さんといった感じで、正直かなり好きなタイプのお姉さんだ。

 モデルのような長身が見下ろすその赤い瞳に、俺は思わず見とれてしまっていた。

 人間離れしたビスクドールのような美しさを持つティアよりも、日本人に近い容姿だからだろうか。
 よりリアリティのある生身の人間味を感じさせるからなのか、俺は彼女から目を離せない。

「僕は……フガクです」

 呆けた俺は、思わず前世での苗字を名乗っていた。
 新しい生を得たのだから、気の利いた名前でも新たに付ければいいものを。
 思考が止まるほどの存在感に、俺は何も考えられなくなる。

「そうですか。私はミユキと申します。ひとまず、街に戻る準備をしますね、ティアちゃんもしばしお待ちを」
「手伝うよ、ミユキさん」

 薄く微笑み、ティアを伴いふわりと黒髪を揺らして踵を返した彼女の後ろ姿は、血まみれなのにあまりにも綺麗で、俺はただただ見惚れることしかできなかった。

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