さよならは君のために

ゆみ

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嫉妬

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「マユ、サイは?休み?」
「え?連絡来てなかった?」
「あ……」

 放課後いつも通り教室まで迎えに来た直哉はサイトが休んだ事を知らないようだった。私に指摘されたことでようやくバッグからスマホを取り出すと慌てて電源を入れている。

「電源切ってたから全然気付かなかった。チャリパンクしたくらいで休むとか、何なのサイのヤツ。」
「え?理由ってそれ?」
「そうらしい。マユは聞いてないの?」
「ただ休むってしか聞いてない。」
「そっか。じゃ、とりえず二人で帰る?」

 サイトは元バスケ部で体格もよく滅多に休むことがなかったので、こうして直哉と二人きりで帰るのは本当に久しぶりだった。

「サイが休むのっていつ以来かな?」
「どうだろ?記憶にある限りでは三年になってからあいつ一回も休んでないな。骨折した時以来かも。」
「そういえばそんな事あったね。あれ二年の時だっけ?」
「そう、県大の決勝か何かだったんじゃないかな。」
「ジャンプして着地したところに他の人の脚があって右足やっちゃったんだよね。」
「マユ、よくそこまで詳しく覚えてるね。」

 下駄箱まで来たところでスニーカーを取り出しながら直哉は少し拗ねた様にそう言った。
 上履きを丁寧に片付る仕草も、サイトのようにスニーカーを放り投げたりせずそっと置くところも、全部が私の知っている直哉だった。こんなにいつも傍にいるのに忘れるわけがない、この人の全部を私はまだちゃんと覚えている。
 直哉の皮肉めいた口調に思わずムッとして言い返した。

「サイのことだけじゃない。ナオのことだって全部見てるし覚えてるよ。」

 直哉は私の反論が聞こえなかったかのように何も言わずに校舎を出ると、駅までの道を先立って歩き出した。いつもならサイトの大きな背中を見ながらその陰に隠れるように二人で並んで歩くのに、直哉の背中を追いかけながら一人で歩くのはやっぱり慣れない。

「ナオ、ちょっと待ってよ。歩くの早すぎる。」
「あ……ごめん。ちょっと考え事してた。」
「考え事って。さっきから何か上の空だし、もしかして何かあった?親と喧嘩でもした?」
「……サイから何か聞いたの?何て言ってた?アイツ。」

 歩調を緩めて待ってくれている直哉にようやく追いつくと、隣に肩を並べて歩きはじめる。

「塾辞めたって聞いたよ。サイも心配してた。」
「他には?」
「ん~、忘れた。」
「嘘つき。全部覚えてるって今言ったくせに。」

 笑ってはぐらかそうとする私を見ると、直哉は再び不機嫌そうな顔になった。

「……ナオだって、何でも全部話す訳じゃないでしょ?」
「そういう話をしてるんじゃなくて。何でそうやってサイとは話せたことを俺には隠すの?」
「何?もしかして妬いてるの?」

 いつもならば変な方向に話が行きそうになったら茶化して止めてくれるサイが今日はいない。
 直哉がひどく傷ついたような顔を見せた時、私は自分が言葉のチョイスを誤ったことにようやく気が付いた。

「そうだよ、サイに嫉妬してる。俺はずっと、俺にないものを全部持ってるあいつに嫉妬してる。そういう自分が嫌なんだよ。」
「ちょっと待ってよナオ。いきなりどうしちゃったの?考えすぎだって。」

 何が直哉のスイッチを入れてしまったのかは分からなかった。でもサイトがいない今日は二人きりで話ができるいい機会に思えた。

「頭では分かってるよ。でもマユがサイと楽しそうに話してる所とか見て嫉妬するのもいい加減嫌なんだよ。」
「……私?もしかしてそれが原因で別れようって言ったの?」
「それだけじゃないけど……。」

 直哉は何を思ったのか私の手を取ると、駅とは反対方向に引っ張って行こうとした。

「ちょっとナオ、どこ行くの?」
「……もっとちゃんと話できるとこ。」

 久しぶりにつないだ直哉の手は思っていたよりも冷たくて、細くて長い指は相変わらず綺麗だった。


 本日休業日の札の下がった店の横を曲がり細い路地に入ったところで、直哉はようやく立ち止まると私の手を離した。路地裏に面した通用口の脇には干からびたままの植木鉢が放置してあった。

「サイとは中学から仲良かったし、気が合うし。俺は今でも親友って呼べるのはサイくらいしかいないと思ってる。」
「うん。」
「でも俺はマユが関わって来ると相手が例えサイでも許せない。心が狭いんだよ。」
「……」
「俺たちみんな進学するだろ?知ってると思うけど医師免許取るには最低でも6年かかる。俺、それまで必死でがんばらなきゃいけない。親の金で学校通わせてもらうんだし、中途半端なとこで諦める訳にもいかないんだ。」
「うん、それは分かってる。」
「……俺、あと6年とかそれ以上、マユに待ってて欲しいなんてとても言えない。」

 真面目で、将来の事まで見据えて頑張っている直哉に、私は何も言い返す事ができなかった。何年でも待ってるからなんて安っぽい約束をできるような、そんな相手ではないことは私が一番分かっているはずだった。
 医学部に行くのをやめて欲しいとも、今すぐ結婚しようとも言えない。それぞれが別の場所で新生活を始めた後、直哉と私の距離が少しずつ開いていく未来は私にも容易に想像ができた。

「マユの事は大好きだよ。だからこのまま付き合い続けて気がついたら自然消滅とか喧嘩ばっかりになるとか、そういうの嫌だったんだ。サイともマユともいい関係のままで俺の中の時間をここで止めておきたかった。」
「最初から正直にそう言って欲しかった。」
「ごめん……。」
「いくら謝られても今は許せない。でもナオの言ってる事は分かる気もするし、私も他にどうすれば良いのかなんて分からない。」
「うん。」


 路地裏にどこからか猫の鳴き声が響いた。姿の見えない鳴き声は不安だけをあおりやがて遠ざかって行く。
 私は猫の鳴き声よりも、今はサイの声が恋しかった。直哉にぶつける事もできないこのどうしようもない思いを、サイならばきっとさらりと受け流してくれるような気がした。

「マユのこと好きなやつは重いからめんどくさいってサイ言ってたよな。確かに当たってるわ。」
「めんどくさいって思うかどうかはその人次第でしょ。私はナオのそういう真面目なところ好きだよ。」

 直哉の大きな目から、大粒の涙がぽろっとこぼれた。きっとこれは直哉が私の前で見せる最後の弱さだ。

「ごめん、マユ。俺ワガママばっかで。」
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