都合のいい男 要領のいい女

ゆみ

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コインランドリー

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 ヒールの音がカツカツとそこら中からはね返ってくるようで、頭がどうにかなりそうだった。古いアパートの階段を3階まで一人ゆっくりとのぼる。右手に持った買い物袋が手に食い込み痛くなり始めてきた。自分が次に引っ越すなら絶対にエレベーター付きの物件を探そうと心に決める。後、オートロックも……。
 バッグから鍵を取り出し、重たいドアをお尻で押し開けながらワンルームの部屋に入ると、冗談みたいに狭い玄関スペースに買い物袋を置き大きなため息をついた。まず何よりも先にこの淀んだ空気をどうにかしたかった。部屋の奥の掃き出し窓を細めに開けると11月の冷たい空気が外から吹き込んできた。

「さむっ!」

 ようやく部屋の明かりをつけると荒れた部屋が目の前に広がった。ベッドの上に放置されたままのジャージと、あちこちに転がったゴミの入った袋がここ数日の彼の忙しさを物語っているようだった。今日だってこの部屋の主が帰宅するのは10時過ぎになる予定だ。

「まだ6時か……。とりあえず食材片付けなきゃ。」

 玄関まで戻ると買い物袋を片手に小さなキッチンまで戻る。
 冷蔵庫の中には3日前にここに来た時に入れたペットボトルのコーヒーが手付かずのまま転がっていた。それ以外は使いかけの調味料しか入っていない。
 ワンルームの部屋を片付けながら洗濯機を回し、掃除機をかける。一人暮らし用のままごとみたいに小さなキッチンで、放置されていた皿を洗ったのはいいが水切りカゴがいっぱいでもう入れる場所がない。仕方なく隣のコンロの上に置いたフライパンに食器を重ねる。
 最近会うときはいつもこんな感じだ。合鍵で部屋に入り掃除をして料理を作って彼の帰りを待つ。

 私は大学に入った時から実家を出て一人暮らしをしていたけれど、彼は就職するまで実家暮らしだったせいもあり家事が得意じゃない。
 4月から働き出した彼はもう今までのように気が向いた時間に呼び出して気軽に会うということも出来ない。疲れ切って夜中にアパートに戻り、コンビニ弁当を食べてすぐに寝るという毎日。そんな中でも欠かさず連絡をくれるだけ、彼は偉いと思った。
 時間だけはたっぷりある大学生と、社会人一年生の生活パターンがこんなにもかみ合わないものだとは思ってもみなかった。彼の就職先は小さな設計事務所だと聞いているが、仕事の内容ははっきり言ってよく分からない。仕事関係のグチを聞かされることは毎日のようにあったけれど、それは大抵職場での人間関係についての事で……。正直そんな他人の話を聞かされてもつまらないだけだった。


「さて……」 

 独りつぶやく声は寂しく部屋に木霊する。一通り片付いた部屋を見渡しながら時計を見る。今からコインランドリーに行ってもまだ時間的に余裕があるから大丈夫だろう。


「あーもう!スニーカーで来るんだった。」

 少し前に上がってきたばかりの階段を今度は降りていく。新しいパンプスがまだ足になじまないせいか靴擦れができそうだった。
  一つ年上の今の彼とは半年ほど前までバイト先が同じだった。話をするうちにすっかり仲良くなり、その流れで遊びに誘われることが多くなった。
 その頃私が付き合っていた人は独占欲の強い人で、バイト先にまで私を監視するように見に来て、男が多いからと何度かバイト先を変えるよう言われたこともあった。その元彼と別れたのはもう3年も前……ちょうど今と同じように寒い時期だった。
 私がフリーになったことを知った彼はそこから急激にアピールしてくるようになり、そう時間がかからないうちに私達は付き合い始めた。あれからもう3年が経とうとしている。

 コインランドリーに到着すると乾燥機に濡れた洗濯物を押し込んだ。乾燥までの待ち時間がもったいない気もするけれどどこかに行く気にはなれなかった。
 とりあえず無人の店内で椅子に座り込むと右足の踵に目を向ける。いつもはスニーカーばかり履いている私が久しぶりに買ったパンプス。本当なら週末のデートに履いていく予定だったけれど、昨日電話でデートの約束はキャンセルになった。

『ごめん、土曜仕事になった。』

 私は一体ここで何をしているんだろう。

 コインランドリーの真っ白な床の隅にあるホコリの塊が気になってボーっと眺める。
 安アパートの狭い部屋を掃除して、洗濯機を回し、料理まで作って彼の帰りを今か今かと待つ健気な彼女。大学を卒業して、適当なところに就職して。もしかしたらこのまま今の彼と結婚をするつもりなんだろうか?

 しばらくすると客がもう一人店内に入って来た。チラッと確認すると若い男の人だった。別に怪しく見えた訳ではなかったけれど、なんとなく怖いのですぐに目をそらす。
 乾燥までは20分、ぼんやりとしているとあっという間だ。乾燥機から乾いた洗濯物を取り出すと急いで袋に押し込む。本当はこんなことをするとシワになるからここで畳んでいきたいところだけれど、明らかに男物の服ばかりだから恥ずかしくて人前ではできない。
 今日は寒いからアパートに早く戻ってシチューを作ろう――そんな事を考えながら出口に向かい始めた時、椅子に座ってスマホを見ていた男性客に声を掛けられた。

「あの……落としましたよ?アレ」
「あ、ありがとうございま……す。」

 振り返ったら乾燥機の足元に黒い何かが落ちていた。多分袋に詰め込んだ時に落ちたんだろう……と思いながら取りに戻る。

――げ、これパンツじゃん……。

 慌てて拾い上げるとホコリをパンパン払いながら袋に突っ込む。
 さっき落としたと教えてくれた人の方をチラッと盗み見ると目が合った。

――ヤバい、見られた?

 まるで何事もなかったかのように、その人はまたスマホの画面に戻っていった。でも絶対に見ていたはずだ……私が拾ったのが男物の下着だってこと。
 とにかく早くここから出よう……そう思って歩き出すと、今度はパンプスの踵がスポッと外れてそのまま脱げそうになった。

――最悪、なんでよりによってこんな時に!

 半泣きになりながら、パンプスを履き直すと私は荷物を抱え直して逃げるように立ち去った。
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