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断捨離
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おデコに何かが触った気がして目が覚めた。目の前にはいつの間に着替えたのかもう既にワイシャツ姿の彼がいた。
「あ、ごめん……もうこんな時間だったんだ、私も起きなきゃ。」
「いいよ。沙耶はまだ寝てな。ありがとね、昨日は。」
「うん。もう出るの?」
「朝イチでちょっと片付けなきゃいけないコトあって。夜また連絡するよ。じゃ、行ってくる。」
彼はベッドに寝たままの私にキスをすると、スーツの上着を着ながら慌ただしく出ていった。
ぼんやりとした頭のままスマホに手を伸ばすとまだ6時半だった。平日のこの時間ならまだ平気で夢の中にいられるはずじゃなかったか……。
「あ、朝ごはん……。」
冷蔵庫の中に残っている食材があるが、もう今からでは朝食を作ったところでどうせ間に合わない。
もう一度布団をかぶり直しぎゅっと目を閉じた。
遠くで微かに靴音が響いたような気がした。
「あぁダメだ。……今日確かゴミの日だ。」
ノロノロと起き上がると玄関ドア近くに昨日の夜まとめたゴミ袋が放置したままなのが目についた。
無言で立ち上がると冷蔵庫から食材を手当り次第取り出しゴミ袋に放り込む。昨日の夜食べたシチューの余りも、全部残らずゴミ袋に入れる。そのついでにペットボトルのコーヒーを立ったまま飲もうとキャップを開けたが手が滑ってキャップだけがそのまま玄関の方に転がって行った。
勢いよく飲んだコーヒーが口の端から一筋シャツにこぼれた。昨日私が洗ったばかりの彼の部屋着の真っ白なシャツ。
――もういいや。全部、いらない。
借り物のシャツとジャージを脱ぎ捨てるとそのままベッドの上に投げ、自分の服に着替える。
少しだけ迷ったがキッチンに置いてある鍋だけは洗っておくことにした。
「後はもう何も……」
狭い玄関でゴミ袋を片手にパンプスに足を突っ込むと、最後に部屋を見渡した。
この半年通い続けたこの部屋を、私は最後まで好きになることができなかった。トイレとお風呂が同じなのも、古くて壁が薄いのも、全部。
「さらば。」
部屋の鍵をかけるとそのままドアの郵便口から合鍵を中に入れる。金属の落ちる音が想像した以上に朝の廊下に反響してビクッとしたがもう後の祭りだ。
階段を下りる踵が擦れてひどく痛む。新しいパンプスは自分にはまだ似合わなかったみたいだ。
それでも何とか重たいゴミ袋を持って降りると、隣のマンションとの間にあるゴミ捨て場を目指してのろのろと歩きはじめた。
まだ7時前、周りは颯爽と歩くスーツ姿のサラリーマンや忙しそうに先を急ぐ自転車ばかりで、自分が妙に場違いな気がして自然と顔が下を向いてしまう。
あと少しでゴミステーションという時に、マンションの出入り口からこちら側へ向かって早足で歩いて来る人がいる事に気が付いた。
「……」
「……おはようございます。」
「おはようございます。」
片手に小さなゴミ袋をぶら下げてこちらを見たその人は、目が合うと少し驚いた顔をしながらペコリと頭を下げ、挨拶をしてきた。
昨日コインランドリーで落とし物を教えてくれたあの人っぽい――けど、はっきりと顔を覚えている訳ではないから断言できない。
その人は私より一瞬早くゴミステーションにたどり着くと、自分のゴミを捨ててからこちらを振り向いた。
「それ、捨てるんですよね?」
「え?」
そう言うなり私の手からゴミ袋を受け取ると、代わりに運んでくれようとする。
「あ、ありがとうございます。でも……」
「足、痛いんでしょ?大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です。」
こちらを振り向いた瞬間、あまりにも整ったその顔立ちに目が離せなくなった。
――あれ?この人こんな感じだったっけ?めちゃタイプ……。
「彼氏は?」
「え?」
「足痛いなら送ってもらえばいいのにとか思ったんですけど……。すみません、余計なお節介でした。」
――やっぱり昨日の人だ。気まずい……。
「もう先に仕事に行っちゃったんで。」
「あ、じゃタクシー止めましょうか?」
「いえ、大丈夫ですから。ホントに。ただの靴擦れなんで。」
「靴擦れ?」
「はい……。」
「なんだ。昨日足ひねった時に捻挫でもしたのかと。」
その人はちょっと照れくさそうに笑うと、通りを指差しながら確認した。
「俺こっちなんですけど?」
「あ、私もそっちです。駅まで。」
「じゃ、途中にコンビニありますからそこで絆創膏でも買うといいですよ。」
「はい。ありがとうございました。」
「――瀧本。」
「え?」
急いでいたはずのその人は私に合わせながら隣に並んでゆっくりと歩いてくれた。
「瀧本浩史と言います。よろしく、ご近所さん。」
足ではなく心がズキンと傷んだ。そうか、私はこの人のご近所さんでもなんでもない。それにきっともう二度と会うことはないだろう。
「安野沙耶です。あの……でも私ご近所さんなんかじゃなくて。」
「知ってます、朝帰りでしょ?学生?」
「大学生……です。」
「そっか。」
瀧本さんはコンビニの前まで来ると、じゃあお大事にと手を振りながら駅の方へと消えて行った。
――タキモト ヒロシ。あの顔で優しいなんてやばすぎでしょ。
「あ、ごめん……もうこんな時間だったんだ、私も起きなきゃ。」
「いいよ。沙耶はまだ寝てな。ありがとね、昨日は。」
「うん。もう出るの?」
「朝イチでちょっと片付けなきゃいけないコトあって。夜また連絡するよ。じゃ、行ってくる。」
彼はベッドに寝たままの私にキスをすると、スーツの上着を着ながら慌ただしく出ていった。
ぼんやりとした頭のままスマホに手を伸ばすとまだ6時半だった。平日のこの時間ならまだ平気で夢の中にいられるはずじゃなかったか……。
「あ、朝ごはん……。」
冷蔵庫の中に残っている食材があるが、もう今からでは朝食を作ったところでどうせ間に合わない。
もう一度布団をかぶり直しぎゅっと目を閉じた。
遠くで微かに靴音が響いたような気がした。
「あぁダメだ。……今日確かゴミの日だ。」
ノロノロと起き上がると玄関ドア近くに昨日の夜まとめたゴミ袋が放置したままなのが目についた。
無言で立ち上がると冷蔵庫から食材を手当り次第取り出しゴミ袋に放り込む。昨日の夜食べたシチューの余りも、全部残らずゴミ袋に入れる。そのついでにペットボトルのコーヒーを立ったまま飲もうとキャップを開けたが手が滑ってキャップだけがそのまま玄関の方に転がって行った。
勢いよく飲んだコーヒーが口の端から一筋シャツにこぼれた。昨日私が洗ったばかりの彼の部屋着の真っ白なシャツ。
――もういいや。全部、いらない。
借り物のシャツとジャージを脱ぎ捨てるとそのままベッドの上に投げ、自分の服に着替える。
少しだけ迷ったがキッチンに置いてある鍋だけは洗っておくことにした。
「後はもう何も……」
狭い玄関でゴミ袋を片手にパンプスに足を突っ込むと、最後に部屋を見渡した。
この半年通い続けたこの部屋を、私は最後まで好きになることができなかった。トイレとお風呂が同じなのも、古くて壁が薄いのも、全部。
「さらば。」
部屋の鍵をかけるとそのままドアの郵便口から合鍵を中に入れる。金属の落ちる音が想像した以上に朝の廊下に反響してビクッとしたがもう後の祭りだ。
階段を下りる踵が擦れてひどく痛む。新しいパンプスは自分にはまだ似合わなかったみたいだ。
それでも何とか重たいゴミ袋を持って降りると、隣のマンションとの間にあるゴミ捨て場を目指してのろのろと歩きはじめた。
まだ7時前、周りは颯爽と歩くスーツ姿のサラリーマンや忙しそうに先を急ぐ自転車ばかりで、自分が妙に場違いな気がして自然と顔が下を向いてしまう。
あと少しでゴミステーションという時に、マンションの出入り口からこちら側へ向かって早足で歩いて来る人がいる事に気が付いた。
「……」
「……おはようございます。」
「おはようございます。」
片手に小さなゴミ袋をぶら下げてこちらを見たその人は、目が合うと少し驚いた顔をしながらペコリと頭を下げ、挨拶をしてきた。
昨日コインランドリーで落とし物を教えてくれたあの人っぽい――けど、はっきりと顔を覚えている訳ではないから断言できない。
その人は私より一瞬早くゴミステーションにたどり着くと、自分のゴミを捨ててからこちらを振り向いた。
「それ、捨てるんですよね?」
「え?」
そう言うなり私の手からゴミ袋を受け取ると、代わりに運んでくれようとする。
「あ、ありがとうございます。でも……」
「足、痛いんでしょ?大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です。」
こちらを振り向いた瞬間、あまりにも整ったその顔立ちに目が離せなくなった。
――あれ?この人こんな感じだったっけ?めちゃタイプ……。
「彼氏は?」
「え?」
「足痛いなら送ってもらえばいいのにとか思ったんですけど……。すみません、余計なお節介でした。」
――やっぱり昨日の人だ。気まずい……。
「もう先に仕事に行っちゃったんで。」
「あ、じゃタクシー止めましょうか?」
「いえ、大丈夫ですから。ホントに。ただの靴擦れなんで。」
「靴擦れ?」
「はい……。」
「なんだ。昨日足ひねった時に捻挫でもしたのかと。」
その人はちょっと照れくさそうに笑うと、通りを指差しながら確認した。
「俺こっちなんですけど?」
「あ、私もそっちです。駅まで。」
「じゃ、途中にコンビニありますからそこで絆創膏でも買うといいですよ。」
「はい。ありがとうございました。」
「――瀧本。」
「え?」
急いでいたはずのその人は私に合わせながら隣に並んでゆっくりと歩いてくれた。
「瀧本浩史と言います。よろしく、ご近所さん。」
足ではなく心がズキンと傷んだ。そうか、私はこの人のご近所さんでもなんでもない。それにきっともう二度と会うことはないだろう。
「安野沙耶です。あの……でも私ご近所さんなんかじゃなくて。」
「知ってます、朝帰りでしょ?学生?」
「大学生……です。」
「そっか。」
瀧本さんはコンビニの前まで来ると、じゃあお大事にと手を振りながら駅の方へと消えて行った。
――タキモト ヒロシ。あの顔で優しいなんてやばすぎでしょ。
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