19 / 45
3
諦めの悪い女です
しおりを挟む
馬車が王宮の門を出たのは午後になって随分経ってからだった。昼前にダニエルが迎えに来てから今まで二人は何も口にしていなかったことになる。
「ねぇダニエル、お腹空いたんだけど…。」
「え?」
何か考え事をしていたのか窓の外を見ていたダニエルは凛花の言葉を理解するのに暫く時間がかかったようだった。
「ほら、もうお昼過ぎたのに何も食べてないでしょう?ダニエルはいつもはどうしてるの?」
「そうか、フィルとの約束があんな時間になってしまったから、忘れていた。俺はいつもは騎士団で適当に食べてるが…。気が付かなくて悪かった。」
そう言うなりダニエルは馬車の窓を小さく開けると何やら御者に指示を出しはじめた。
「街で何か食べようか。食べたいものは…いや、そう言われてもリンカには分からないか。」
珍しく困った様子のダニエルを見ると、どういう訳だが凛花の気分も少しだけ晴れてきた。
「私も街に連れて行ってくれるの?」
「あぁ、そうだ。」
「ダニエルと一緒に歩くとなんだか注目を浴びそうね。」
ダニエルは凛花のその言葉に、それまでたたえていた穏やかな笑みをすっと引っ込めた。
「ねぇダニエル?もしかしてわざとそういう風に感情を抑えてるの?」
凛花は先程から感じていたことを素直に聞いてみることにした。
「表情を顔に出すとフィルに似ていると言われる事が多いんだ。だから外に出るときはなるべく意識するようにしている。」
「そうなんだ。でもね、私が街で注目を浴びそうって言ったのは、殿下に似ているとかそういう意味じゃなくて…。」
「?」
「……ダニエルが、その、かっこいいから…というか。」
凛花は誤魔化すように小さな声でそう言うとダニエルの反応を窺った。ダニエルは冷めた目を窓の外に向けているが、膝の上の拳に妙に力が入っている…。
「ダニエル?」
「リンカ、俺に向かって二度とそういう事を言わないでほしい。」
凛花の言ったことがダニエルの怒りに触れたらしい。つまりはカッコイイと言わないで欲しいと言うことだろう。
「そういうの、言われるの嫌だった?」
「……」
「ごめんね。もう言わない。」
ダニエルは突然自分の顔を乱暴にゴシゴシと擦るとため息をついた。
「あ~!もう、そうじゃなくて。お前と居ると調子が狂うんだ。リンカの目に俺はどう映っている?俺が副団長という事も侯爵という事も知らず、王太子とそっくりという事も知らなかったお前にとって俺という存在とは一体何なんだ?」
凛花は取り乱した様子のダニエルを驚きをもって見つめた。一体どうしてしまったのだろうか?
「ダニエルは…ダニエルでしょ。強いて言うなら、イケメン騎士様?」
「イケメン?」
「そ、日本では顔がいい男の人のことをそう言うの。」
「……」
──あれ、やっぱり顔褒められるの嫌なのかな?なんだろう?顔がいいことがコンプレックスになる人も居るのかな…?人間不信気味とか?
「いいか、リンカ。一度しか言わないから、よく聞いて欲しい。」
ようやく落ち着いたのか無表情に戻ったダニエルが改まって凛花の方に向き直った。
「…はい。」
これは…。何か説教をされる前触れのような気がして凛花は自然と背筋を伸ばした。
「俺は…思った事をそのまま真っ直ぐに伝えてくれるリンカの事が好きだ。」
「…はい?」
「だから、もう諦めて俺の妻になれ。」
「……つま?」
──ツマ?妻?何?プロポーズ?この流れで?
「今頃フィルが陛下に婚約の許可を貰った所だろう。」
「殿下が持って行った書類って…まさか、婚約届?」
「だから、諦めろ。ずっとこのままここにいろ、俺の傍に。」
「日本のことは諦めて、ずっとこのまま……?」
突然の話で凛花はダニエルの言葉を繰り返すだけで精一杯だった。しかしダニエルの方は真剣に思いを伝えてくれた訳だし、何か答えなくてはいけない。
凛花はすぐに覚悟を決めると真っ直ぐにダニエルを見返した。
「私、日本に帰れる可能性があるならばそれを知りたい、まだ諦められない。」
「リンカ……」
「でもね、ダニエルが望んでくれる限りは傍にいるって約束したはずだよ?どっちもよ、私どっちも諦めない。」
「あの約束はまだ有効なのか?」
「ダニエルははじめから守る気もなかった?何でも教えてくれる約束したの覚えてる?」
「フィルとアオイに関することは流石に全ては話せない…国家機密だ。それ以外はもう隠す事は何もない。」
「……」
「リンカ、君を大切にするよ。」
ダニエルはとっくに目的地に着いて停まったままの馬車の中で、凛花を優しく抱き締めた。
「ダニエル……」
「分かってる、お腹が空いたと言いたいんだろう?少しくらい待て。」
「ち、違うってば!」
ダニエルはゆっくりと凛花から身体を離すと艶やかに笑った。
──あ、今の顔確かに王太子殿下とそっくりだ……。
馬車の扉を開くと街のざわめきが一気に近くなった。先に馬車から降りてこちらを振り向いた時には、ダニエルの顔にはもう先程の笑みは欠片も残っていなかった。
「行こうか、リンカ。」
「はい。」
差し出された手を取りゆっくりと馬車を降りると、ダニエルの手が優しく凛花の腰に回された。
「ねぇダニエル、お腹空いたんだけど…。」
「え?」
何か考え事をしていたのか窓の外を見ていたダニエルは凛花の言葉を理解するのに暫く時間がかかったようだった。
「ほら、もうお昼過ぎたのに何も食べてないでしょう?ダニエルはいつもはどうしてるの?」
「そうか、フィルとの約束があんな時間になってしまったから、忘れていた。俺はいつもは騎士団で適当に食べてるが…。気が付かなくて悪かった。」
そう言うなりダニエルは馬車の窓を小さく開けると何やら御者に指示を出しはじめた。
「街で何か食べようか。食べたいものは…いや、そう言われてもリンカには分からないか。」
珍しく困った様子のダニエルを見ると、どういう訳だが凛花の気分も少しだけ晴れてきた。
「私も街に連れて行ってくれるの?」
「あぁ、そうだ。」
「ダニエルと一緒に歩くとなんだか注目を浴びそうね。」
ダニエルは凛花のその言葉に、それまでたたえていた穏やかな笑みをすっと引っ込めた。
「ねぇダニエル?もしかしてわざとそういう風に感情を抑えてるの?」
凛花は先程から感じていたことを素直に聞いてみることにした。
「表情を顔に出すとフィルに似ていると言われる事が多いんだ。だから外に出るときはなるべく意識するようにしている。」
「そうなんだ。でもね、私が街で注目を浴びそうって言ったのは、殿下に似ているとかそういう意味じゃなくて…。」
「?」
「……ダニエルが、その、かっこいいから…というか。」
凛花は誤魔化すように小さな声でそう言うとダニエルの反応を窺った。ダニエルは冷めた目を窓の外に向けているが、膝の上の拳に妙に力が入っている…。
「ダニエル?」
「リンカ、俺に向かって二度とそういう事を言わないでほしい。」
凛花の言ったことがダニエルの怒りに触れたらしい。つまりはカッコイイと言わないで欲しいと言うことだろう。
「そういうの、言われるの嫌だった?」
「……」
「ごめんね。もう言わない。」
ダニエルは突然自分の顔を乱暴にゴシゴシと擦るとため息をついた。
「あ~!もう、そうじゃなくて。お前と居ると調子が狂うんだ。リンカの目に俺はどう映っている?俺が副団長という事も侯爵という事も知らず、王太子とそっくりという事も知らなかったお前にとって俺という存在とは一体何なんだ?」
凛花は取り乱した様子のダニエルを驚きをもって見つめた。一体どうしてしまったのだろうか?
「ダニエルは…ダニエルでしょ。強いて言うなら、イケメン騎士様?」
「イケメン?」
「そ、日本では顔がいい男の人のことをそう言うの。」
「……」
──あれ、やっぱり顔褒められるの嫌なのかな?なんだろう?顔がいいことがコンプレックスになる人も居るのかな…?人間不信気味とか?
「いいか、リンカ。一度しか言わないから、よく聞いて欲しい。」
ようやく落ち着いたのか無表情に戻ったダニエルが改まって凛花の方に向き直った。
「…はい。」
これは…。何か説教をされる前触れのような気がして凛花は自然と背筋を伸ばした。
「俺は…思った事をそのまま真っ直ぐに伝えてくれるリンカの事が好きだ。」
「…はい?」
「だから、もう諦めて俺の妻になれ。」
「……つま?」
──ツマ?妻?何?プロポーズ?この流れで?
「今頃フィルが陛下に婚約の許可を貰った所だろう。」
「殿下が持って行った書類って…まさか、婚約届?」
「だから、諦めろ。ずっとこのままここにいろ、俺の傍に。」
「日本のことは諦めて、ずっとこのまま……?」
突然の話で凛花はダニエルの言葉を繰り返すだけで精一杯だった。しかしダニエルの方は真剣に思いを伝えてくれた訳だし、何か答えなくてはいけない。
凛花はすぐに覚悟を決めると真っ直ぐにダニエルを見返した。
「私、日本に帰れる可能性があるならばそれを知りたい、まだ諦められない。」
「リンカ……」
「でもね、ダニエルが望んでくれる限りは傍にいるって約束したはずだよ?どっちもよ、私どっちも諦めない。」
「あの約束はまだ有効なのか?」
「ダニエルははじめから守る気もなかった?何でも教えてくれる約束したの覚えてる?」
「フィルとアオイに関することは流石に全ては話せない…国家機密だ。それ以外はもう隠す事は何もない。」
「……」
「リンカ、君を大切にするよ。」
ダニエルはとっくに目的地に着いて停まったままの馬車の中で、凛花を優しく抱き締めた。
「ダニエル……」
「分かってる、お腹が空いたと言いたいんだろう?少しくらい待て。」
「ち、違うってば!」
ダニエルはゆっくりと凛花から身体を離すと艶やかに笑った。
──あ、今の顔確かに王太子殿下とそっくりだ……。
馬車の扉を開くと街のざわめきが一気に近くなった。先に馬車から降りてこちらを振り向いた時には、ダニエルの顔にはもう先程の笑みは欠片も残っていなかった。
「行こうか、リンカ。」
「はい。」
差し出された手を取りゆっくりと馬車を降りると、ダニエルの手が優しく凛花の腰に回された。
3
あなたにおすすめの小説
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
魔王様は転生王女を溺愛したい
みおな
恋愛
私はローズマリー・サフィロスとして、転生した。サフィロス王家の第2王女として。
私を愛してくださるお兄様たちやお姉様、申し訳ございません。私、魔王陛下の溺愛を受けているようです。
*****
タイトル、キャラの名前、年齢等改めて書き始めます。
よろしくお願いします。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる