騎士様は甘い物に目がない

ゆみ

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貝殻のマドレーヌ

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「ステーリアの海軍では夏になると海で泳ぐらしいぞ?」
「それは訓練か?」
「あぁ、海軍だからそうだろう。それに海の水は湖ほど冷たくなく夏に泳ぐのにはちょうどいいらしい。」
「我が国の湖で泳いだら夏とはいえ冷たくてたまらんからな。」
 誰から聞いたことなのか騎士たちが楽しそうに話している。ヴィルヘルムには海がないから当然海軍もない。泳ぎの訓練は川で行われるが服を着たまま対岸へ渡る程度だ。
 そういえば最近第二騎士団の一部がヴィルヘルムから一番近い港町、ステーリア領のオルガに派遣されていた。ヴィルヘルムに届けられる荷物をオルガに到着した船から受け取るというような話だったからその時にこの騎士も同行していたのだろう。
 騎士たちの雑談を聞き流しながら荷物をまとめていると第二騎士団の団長からステーリアの土産だと小さな菓子を手渡された。最近では特にビューロー侯爵が副団長を務める第二騎士団を中心にレジナルドが甘いもの好きだという噂が広まっているようで、こういう土産物は決まって菓子だ。
「マドレーヌ?」
 王宮で食べるマドレーヌはいつだって波打った細長い形だ。しかしこの土産のマドレーヌはどう見ても丸型──同じように波打っているがこれは完全に二枚貝の形だ…。
「マドレーヌってなんで波打ってるのかと思ってたけど貝の形だったんだ…。」
「レジー殿?どうかされましたか?」
「あ、いや。独り言です。」
 団長の向こう側でビューロー侯爵が向こうを向いて肩を震わせているのが見えた。どこかで見たような姿だ…さすが血のつながった親子…。ん?ビューロー侯爵があれだけ笑っているということはもしかしてマドレーヌが貝型だというのは一般常識なのだろうか?

「ジーク!」
「どうした?」
「大変だ、これを見てくれ!」
 今朝の訓練には参加していなかったジークフリードの机の上に先程のマドレーヌを置く。
「まさか、これにまた毒でも?」
「違う、毒じゃない。ステーリアの土産だ。」
「…レジー。」
 残念な目でこちらを見られているのは分かっているが構っていられない。
「これ、ジークの目には何に見える?」
「これか?マドレーヌだろう?」
「そうだけど、何の形に見える?」
「…貝の形?何を言いたいんだ?」
 ──貝…やっぱり。甘いものが好きでないジークでも知ってることを俺は…。
「…じゃあいつものあの長細い形はなんだったの?」
「…あれも、貝じゃないのか?」
「今までそう思って食べてた?」
「…いや…そう言われてみれば意識したことはなかったかな。」
「俺、さっきこれを貰うまでマドレーヌが貝の形だなんて全然思ったこともなかった…。」
 がっくりと項垂れるレジナルドをジークフリートは何とも言えない表情で見ている。
「笑うなら笑えよ。さっき俺ビューロー侯爵にも笑われたんだ…。」
「そうなのか?」
「うぅぅ…。」
「最近思うのだが、侯爵家の料理人の菓子がうまいのはひょっとして侯爵が甘いもの好きだからなのではないか?」
 ──え?
「リアに聞いても侯爵の好みは分からないと言っていたが。」
「それは、確かにあり得るな。そうか、侯爵の好みだったのか。」
「それも、全然思ったこともなかった?」
「…」
 おかしい。ジークフリートはいつからこんなに冗談を言うようになったのだろうか?それに前はこんなに笑うこともなかった。これではますます爽やかな王太子殿下の株が上がってしまうではないか──いいことなんだけど。
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