ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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港町商店街

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 マルセルは馬から降りると先を歩くロベールに向かって声をかけた。

「今何と言った?」
「ポールの息子が先週帰ってきたそうだ。」
「ポールの息子…?」
「あぁ。あれからもう3年も経つんだな。」
「そうか、確かに留学は3年という約束だったが。本当に戻って来たのか、アイツは。」
「何だ?その含みのある言い方は?」

 マルセルはロベールの横に並ぶと手袋を取りながら歩き出した。

「私だったらこの国には帰らなかったな。」
「行ってみないことには向こうがどんな所かも分からないさ。案外学校が厳しかったのかもしれないぞ?」

 二人は左右を確認すると馬車の間をぬうようにして大通りを渡り、前方にある建物に向かった。
 ザールの港町は交易の拠点ということもあり、さまざまな物を取り扱う店が通りのそこかしこに立ち並ぶ。中でも評判のいい店はやはり大通りに面した大きな建物の中に店を構えているらしく、ミレーヌ公爵家ご用達の武器屋もそうだった。

「この建物なんだろう?随分賑やかな通りに面しているんだな?」
「ここは商品が置いてあるだけの店舗だからな。作業場は別にあると聞いてる。」
「そんなに飛ぶように売れるものなのか?」

 ロベールは建物の入口に近付くと扉を開けながらマルセルをからかうように笑った。

「お前は箱入り息子だからな。ザールのここ数年の賑わいを知らないからそんな事が言えるんだ。」
「それは…。」

 マルセルは帽子を深くかぶり直すとロベールの開けた扉から店の中に素早く滑り込んだ。
 オレンジ色の灯りが灯った店内には飾り棚が並び、そこには鈍く光った剣が数本置いてあった。もちろん本物ではなく展示用の模擬剣だ。
 店には先客が五人ほどおり、店員が三名その相手をしている。建物の大きさから想像していたより余程狭い店内の様子にマルセルは戸惑いつつもロベールを振り返った。
 ロベールは慣れた様子で店の奥から出てきた店員に話しかけると、マルセルを店の奥へ続く通路に手招きした。

「こっちだ。」

 店員に案内されて向かったのは商談用の個室だった。

「俺のより少し短くしてもらったけど、前言ってた通りの剣だ。見ろ、お前には丁度いいんじゃないか?」

 目の前に出されたのは鞘に納められた細身の剣だ。柄の部分は優雅な曲線で装飾されており、大きなアメジストが幾つかはめ込まれている。
 マルセルは剣を手に取ると店員とロベールから距離を取り、鞘から引き抜いて片手で軽く振り下ろした。

「うん。…問題ない。」

 言葉少なくロベールに頷くと、ロベールが店員と交渉に入る。

──こんなにも早く自分の剣を手に入れる日が来るとは思わなかったな。

 剣を再び鞘に納めてアメジストの装飾を見ながら、マルセルはその宝石を貰ったのは何歳の誕生日だったかと考えていた。今まで誕生日ごとに一体どれだけの宝石を与えられてきたことだろうか。それに比べれば今回注文したこの剣など微々たるものでしかない。

 母親が亡くなった時には見えない将来への不安と命を実の父親から狙われる恐怖とで、すぐにでも消えてしまいたいとまで考えていたというのに、マルセルを取り巻く環境もここ1,2年で大きく変わってきた。弟が正式に国から王太子として認められ、その関連儀式が完了したせいでもある。
 表向きは、第一王子として王家に生まれたマルセルは病弱であったためザール地方で療養を続けていたが遂に病死したということになっている。
 マルセルはそれに伴いかつては母親と共に住んでいたザールの屋敷を引き払い、今はミレーヌ地方にある公爵の別荘に隠れ住んでいた。目立つ銀髪を隠すために外出する時は常に茶色いカツラをかぶり、ロベールのいとこだということにしている。古くからマルセルや母親に仕えていた一部の使用人と騎士はそのまま別荘に連れていくことを許され、もちろん騎士のポールもその中に入っていた。

 更には今年から2年間、マルセルはトロメリンの王都クロゼにある学園に通うことが決まった。もちろんお目付け役としてロベールが傍につく訳だが、マルセルはついに念願の自由を手に入れようとしていた。ザールからミレーヌへとその行動範囲は広がり、そしてついには王都クロゼでの生活が始まろうとしている。
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