ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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留学

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 ポールはマルセルに向かって深く頭を下げると謝罪の言葉を口にした。

「本当に申し訳ありません。私は無事送り届けたらすぐに戻って参りますので。」
「…ポールはこちらに戻って来るのか?」
「はい。向こうには私の信頼している者がおりますから、そこまで行けば安心です。」
「そう…なのか。」

 マルセルはただ頷くことしか出来なかった。
 ポールは仕事に戻るなり、少しまとまった休暇を取りたいとマルセルに申し出てきた。ジャンを大陸の北方にある国に留学させる為だという。

「ザールから航路で行けば片道一月もかからないはずです。」
「航路?なるほど、船で行くのか。」
「はい。大陸の東を通って回り込んで行く船がザールの港からでておりますから。」
「それで、その国は──ヴィルヘルムと言ったか?」
「いいえ。ヴィルヘルムは海に面しておりません。ジャンが行くのはステーリアという国です。」
「ステーリアか……。耳にしたことはあるが。」

 マルセルは頭に大陸の地図を思い浮かべながら首をひねった。ここトロメリン王国は大陸の南東側にある。ステーリア王国は確か大陸の北西部だ。船は大陸をほぼ半周するという事になるだろう。

「でもどうしてステーリアに?わざわざそんなに遠くにジャンをやらなくても…。」
「今のジャンはトロメリン王国から離れた方がいいと判断しました。ステーリアは騎士の養成学校が非常に優れていますし私の知人もおります…。殿下はステーリアの王家の話を何かお聞きになられたことがありますか?」
「王家?いや、何も知らないが…。」
「ステーリア王家の血を引く王族は代々とても美しいのだとか。ですからステーリア人は外見の美しさにとても重きを置きます。爵位がないからといってジャンが下に見られるようなこともないのです。」
「それは……。」
「このままトロメリンにいてはジャンを騎士団に入れることはできません。今回のようなことがまた起きないとも限りませんから。せめてジャンが自分で自分の身を守れるくらいになるまでは、安全な所に置いてやりたいんです。」

 マルセルはポールのいつになく真剣な顔を見ていられなくなり、そっと窓の外に目を向けた。

「ステーリアは──ジャンにとってはここよりも安心出来る場所なんだな?」
「……はい。」

──ならば私も……。

 マルセルは唇を噛み締めると言葉を呑み込んだ。
 どうしてジャンだけトロメリン王国から逃げる事が出来るのかと責めそうになる。
 分かっていた。ジャンは先日男たちに襲われて心身共に傷を負ってしまったのだ。将来は騎士になりたいと言っていたのに、これでは国の騎士養成学校に通うことも出来ないだろう。
 ポールは目標も希望も無くしてしまったジャンが、雪のように消えてしまうことを恐れたのだろうか。

「あちらで騎士養成学校に三年間通わせますが、卒業後はこちらに戻って来る事になるでしょう。」
「え…?」

 嫌な思い出しかないトロメリンに、果たしてジャンは本当に戻って来るのだろうか?もし自分ならば何も躊躇うことなく居心地のいい国に留まる事を選ぶだろう。

「いいですか、殿下?ジャンは決して亡命する訳ではありません。留学をするだけです。」

 ポールはじっとマルセルの反応を伺った。

「それは…分かっている。しかし向こうで過ごすうちに心境の変化があるかもしれないだろう?」
「3年でそれなりに知り合いも友人も作ることはできるかもしれません。しかしそれまでです。ジャンはザールの騎士になる為に剣を学びに行きます。……この意味がお分かりですか?」
「ザールの騎士?」
「私もまたザールに仕える騎士です…。」

──トロメリン王国ではなく、敢えてザールの騎士と言っているのか?

 マルセルは窓の外からようやく視線をポールに戻すと、その真意を問うようにじっと見つめた。夫人が流産してすぐに仕えていた主を亡くし、そして息子に災難が降りかかる──あまりにも心労が重なったせいか、ここ半年でポールは随分やつれたように見える。目の下には色濃い隈があり、顔色も冴えない。

「ザールは国の直轄領だろう?」
「……はい。港での貿易額が大きいですから。それにトロメリン語ではなくザール語を元に発展した独自の文化圏がありますし、何よりもザールには第一王子のマルセル殿下がいらっしゃる。」
「……」
「マリエ様のことは最後までお守りすることができませんでしたが……殿下、あなたは違います。」
「ポール、お前一体何が言いたい?」

 ポールは顔が見えないように深く礼をするとそのまま声を押し殺して囁いた。

「私の主はマリエ様からマルセル様に変わったということだけ…今は申し上げておきます。」
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