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代替わりの儀の前夜
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代替わりの儀の前夜、マリエの部屋をひっそりと訪ねたポールはマリエを密かに神殿から連れ出そうと決意をしていた。しかしマリエは聖女としてステーリア国中にその顔を知られており、一目見れば誰もがその正体に気が付いてしまう。珍しい銀髪を隠しても顔が見えないように気を付けてもその正体が隠し通せる保証はどこにもなかった。
「私が代替わりの儀を受け入れればそれで全てがうまくいくのです。ポール、貴方には神殿騎士としてこの国でこれからも果たすべき大切な役割があると思っています。だから貴方と一緒にここから逃げる事はできません。」
マリエはハラハラとこぼれる涙を拭いながら淡く笑み、ポールの提案を拒絶した。ポールはマリエから目をそらす事が出来ず固まったようにじっと黙っていたが、やがて項垂れて小さく抗議した。
「もちろん聖母様の元で神殿騎士を務めるのは名誉ある事ですが……。私は貴方の事を聖母様とお呼びしたくはありません。」
「王弟殿下がユゼではなく私をと直々に指名された訳を知っている?」
「それは……ユゼ様が殿下の弟君の事を……。」
ポールはステーリア国王の2人の弟殿下の顔を順に思い浮かべながらグッと言葉を飲み込んだ。今回の代替わりの儀に参加するのは国王の一人目の弟にあたる方だ。聖女ユゼが末の弟殿下に恋心を抱いているのは公然の秘密だ──。
マリエは頬を濡らす涙をハンカチで拭うと視線を上に向けた。
「陛下はどうして末の弟殿下とユゼに代替わりの儀を執り行う様に取り計らって下さらなかったのかしら。そしたら全てが丸く収まったはずなのに……。」
ポールは意を決してマリエの前に進み出ると、マリエの細く白い手を両手で包み込むように恭しく握った。
「陛下はマリエ様の聖女の能力を是非とも次代に繋ぎたいのだとおっしゃっていました。これは陛下だけでなく、国中の総意なのです。」
「こんな力など……消えてなくなってしまえばいいのに。」
「マリエ様……」
マリエはポールの両手をそっと自分の方に引き寄せるとその上に額を寄せた。
「ポール。貴方は私がどうすることを一番望んでいるの?」
「……私が望むのはマリエ様の幸せ…ただそれだけです。」
「じゃあ、私を──禁忌の扉まで連れて行ってくれる?」
「禁忌の扉?マリエ様…まさか転移に力を使われるおつもりですか?」
「……禁忌の扉の向こうにある転移の魔法陣にこの力を全て注げば私の力は尽き、体だけは国外に転移できるはず。今のステーリアの加護ならばユゼ一人の力でも暫くは持つでしょう。その間に代替わりの儀を末の殿下と行えば次代の聖女も無事ユゼに宿るわ──。」
ポールはマリエの両肩に手を乗せるとその顔をしっかりと覗き込んだ。
「マリエ様?聖女様がその力を失い国を出て行くという事が一体どういう意味なのか分かっておいでですか?──無事に転移が出来るのかも分からない。今まで誰も禁忌を犯した者はいないのですから。」
「分かってる……。」
ポールはマリエの肩が小さく震えるのを感じると、額にそっと口付けた。
「マリエ様……私は貴方を愛しています。貴方の全てをこの手で奪い去りたいと…そう思う程に。」
「ポール…。」
「貴方の幸せはこの国では叶わないのですか?」
マリエは唇を噛むと小さく頷いた。
「えぇ……。私はこの国にはもう居られない。覚悟は出来ているわ。」
「覚悟、ですか?」
「どういう形であれ、このままこの国に留まることを選んだのならばやがて私は心を失うでしょう。ならば禁忌を犯してこの力と帰るべき場所を失ったとしても後悔はありません。」
「貴方はいつの間にそこまで……。」
マリエはポールのその言葉に緩く首を振りながら笑みを浮かべるとゆっくりと部屋を見回した。
「少しだけ時間を頂戴?すぐに出発の準備を──」
ポールはマリエの細い身体を引き寄せるとギュッと抱き締め、腕の中にその華奢な身体をすっぽりと包み込むと耳元に顔を寄せて囁いた。
「私にももう少しだけ時間を下さい。貴方を…離れる前に少しでも感じていたい。」
マリエは観念した様にポールの腕の中で身動ぎもせずただ身を任せていたが、やがて背中に回っていたポールの手が緩むと、俯いてポールの身体を押し返した。
「マリエ様?」
ポールは背中に回した手を離すとそのままマリエの顔を此方へ向けて覗き込んだ。
「貴方がどこへ転移して行っても、大陸中を探して必ず見つけ出します。どんなに時間がかかろうとも…必ず。私にその権利を…くださいますか?」
「無理よ、そんなこと出来ないわ。」
「出来る出来ないではありません。」
「ポール。さっき言ったはずよ?貴方にはまだ神殿騎士として──」
ポールはマリエの言葉を飲み込むように唐突に口付けるとそのままマリエの頭をかき抱いた。
「貴方のいない神殿にはもう用がありません。ただ許可すると…そう一言おっしゃってください。」
「ポール。」
「必ず見つけ出して貴方を幸せにします…ですから。」
「……転移の魔法陣は2人では通れないのかしら?」
「そんなに力を注いでしまったら貴方の体が持ちません。」
「……」
「マリエ様!」
「……分かったわ、許します。」
「私が代替わりの儀を受け入れればそれで全てがうまくいくのです。ポール、貴方には神殿騎士としてこの国でこれからも果たすべき大切な役割があると思っています。だから貴方と一緒にここから逃げる事はできません。」
マリエはハラハラとこぼれる涙を拭いながら淡く笑み、ポールの提案を拒絶した。ポールはマリエから目をそらす事が出来ず固まったようにじっと黙っていたが、やがて項垂れて小さく抗議した。
「もちろん聖母様の元で神殿騎士を務めるのは名誉ある事ですが……。私は貴方の事を聖母様とお呼びしたくはありません。」
「王弟殿下がユゼではなく私をと直々に指名された訳を知っている?」
「それは……ユゼ様が殿下の弟君の事を……。」
ポールはステーリア国王の2人の弟殿下の顔を順に思い浮かべながらグッと言葉を飲み込んだ。今回の代替わりの儀に参加するのは国王の一人目の弟にあたる方だ。聖女ユゼが末の弟殿下に恋心を抱いているのは公然の秘密だ──。
マリエは頬を濡らす涙をハンカチで拭うと視線を上に向けた。
「陛下はどうして末の弟殿下とユゼに代替わりの儀を執り行う様に取り計らって下さらなかったのかしら。そしたら全てが丸く収まったはずなのに……。」
ポールは意を決してマリエの前に進み出ると、マリエの細く白い手を両手で包み込むように恭しく握った。
「陛下はマリエ様の聖女の能力を是非とも次代に繋ぎたいのだとおっしゃっていました。これは陛下だけでなく、国中の総意なのです。」
「こんな力など……消えてなくなってしまえばいいのに。」
「マリエ様……」
マリエはポールの両手をそっと自分の方に引き寄せるとその上に額を寄せた。
「ポール。貴方は私がどうすることを一番望んでいるの?」
「……私が望むのはマリエ様の幸せ…ただそれだけです。」
「じゃあ、私を──禁忌の扉まで連れて行ってくれる?」
「禁忌の扉?マリエ様…まさか転移に力を使われるおつもりですか?」
「……禁忌の扉の向こうにある転移の魔法陣にこの力を全て注げば私の力は尽き、体だけは国外に転移できるはず。今のステーリアの加護ならばユゼ一人の力でも暫くは持つでしょう。その間に代替わりの儀を末の殿下と行えば次代の聖女も無事ユゼに宿るわ──。」
ポールはマリエの両肩に手を乗せるとその顔をしっかりと覗き込んだ。
「マリエ様?聖女様がその力を失い国を出て行くという事が一体どういう意味なのか分かっておいでですか?──無事に転移が出来るのかも分からない。今まで誰も禁忌を犯した者はいないのですから。」
「分かってる……。」
ポールはマリエの肩が小さく震えるのを感じると、額にそっと口付けた。
「マリエ様……私は貴方を愛しています。貴方の全てをこの手で奪い去りたいと…そう思う程に。」
「ポール…。」
「貴方の幸せはこの国では叶わないのですか?」
マリエは唇を噛むと小さく頷いた。
「えぇ……。私はこの国にはもう居られない。覚悟は出来ているわ。」
「覚悟、ですか?」
「どういう形であれ、このままこの国に留まることを選んだのならばやがて私は心を失うでしょう。ならば禁忌を犯してこの力と帰るべき場所を失ったとしても後悔はありません。」
「貴方はいつの間にそこまで……。」
マリエはポールのその言葉に緩く首を振りながら笑みを浮かべるとゆっくりと部屋を見回した。
「少しだけ時間を頂戴?すぐに出発の準備を──」
ポールはマリエの細い身体を引き寄せるとギュッと抱き締め、腕の中にその華奢な身体をすっぽりと包み込むと耳元に顔を寄せて囁いた。
「私にももう少しだけ時間を下さい。貴方を…離れる前に少しでも感じていたい。」
マリエは観念した様にポールの腕の中で身動ぎもせずただ身を任せていたが、やがて背中に回っていたポールの手が緩むと、俯いてポールの身体を押し返した。
「マリエ様?」
ポールは背中に回した手を離すとそのままマリエの顔を此方へ向けて覗き込んだ。
「貴方がどこへ転移して行っても、大陸中を探して必ず見つけ出します。どんなに時間がかかろうとも…必ず。私にその権利を…くださいますか?」
「無理よ、そんなこと出来ないわ。」
「出来る出来ないではありません。」
「ポール。さっき言ったはずよ?貴方にはまだ神殿騎士として──」
ポールはマリエの言葉を飲み込むように唐突に口付けるとそのままマリエの頭をかき抱いた。
「貴方のいない神殿にはもう用がありません。ただ許可すると…そう一言おっしゃってください。」
「ポール。」
「必ず見つけ出して貴方を幸せにします…ですから。」
「……転移の魔法陣は2人では通れないのかしら?」
「そんなに力を注いでしまったら貴方の体が持ちません。」
「……」
「マリエ様!」
「……分かったわ、許します。」
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