ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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早朝訓練

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 早朝の王都は市場帰りの商人の馬車や荷車で予想以上に賑わっており、屋敷を出た4人は早々に予定を変更して郊外へ続く道を馬で駆けることになった。
 先頭を行くジャンは爽やかな朝の風に髪をなびかせながら一人満足そうな笑みを浮かべていた。

「ジャンのやつ、嬉しそうな顔しやがって。余程あの子を俺たちに見せたくないんだな。」
「だな。そうなると意地でも見たくなるのだが──。」
「……別の手を考えるしかないな。」

 そう言いながらロベールは馬の腹を軽く蹴ると前を行くジャンの隣へ駆け寄った。その流れるように自然な手綱さばきにマルセルは一瞬目を奪われた。久しぶりの乗馬に少しばかり強張っていた体がやっと慣れてきた所の自分とは大違いだ。
 入れ替わるように後ろにいたはずのポールがマルセルの隣に出てくると足並みを揃えて並んだ。

「早朝の人出が予想以上で驚かれたのではないですか?庶民の朝はどこの国でも早いものです。」
「知らないのは私だけ…か。」
「早朝の街へ行こうと提案されたのはロベール様です。ロベール様もこれほどまでとはご存じなかったのでは?」
「そうかもしれないな。」

 先を行く二人を追いかけ馬を進めるごとに周りの景色も変わり、大きな建物が減りやがて周囲は果樹園や畑が目立ち始めた。

「郊外とはいえまだ大きな建物もありますし、ザールとはまた違った雰囲気ですね。」
「ポールはそう感じるのか。私は王都のある内陸部はもっと華やかな都会なのだと思っていた。だがこうやって見てみるとザールとそう変わらないように感じるな。」
「感じ方は人それぞれなのですね。」
「大きな街と街の間に広がるのはこういった小さな村や集落──国の大半はこうした土地で暮らす人々が占めているんだろうな。貴族なんてほんの一握りだ。」
「おっしゃる通りです。」

 マルセルは外套のフードを少し持ち上げると前にいる二人の行き先を確かめるように背を伸ばした。
 二人の目指す先に何があるのかはまだ分からなかったが、そろそろ引き返さないとロベールは学園に間に合わなくなる頃だろう。

──どこに向かっているんだ?

「ジャンは何処へ向かってるんだ?」
「さぁ……?」
「……そういえば。ジャンも今まで王都には来たことがなかったはずなのに、いつの間に私たちを案内できるまでになったんだ?」
「それでしたら、殿下が最近ジャンを商店街へ向かわせようとしておられる、あの時間を使っているのではないでしょうか。」
「何だと?」
「ジャンが一人で自由に出歩けるような時間はそれ位しかないはずです。」

 マルセルは前を行く二人が速度を落としたのが分かると間に割って入るように馬をすすめ、ジャンに向かって声を掛けた。

「目的地はもう近いのか?」
「あぁ、この先の丘の上だ。少し高台になっていて王宮が見えるんだ。」
「王宮?」

 ジャンに促されるまま丘を登りきったところで突然木立が途絶えると、視界が開け目の前に王都の街並みが広がった。その中心部には大きなドーム状の丸い屋根が一つとその脇に高い尖塔がいくつかそびえ立っているのが確認できる。

「あれは……確かに。遠くから見るとこんな風に見えるのか。」
「なんかキノコみたいだな。」
「確かに丸くて少し白っぽいですが……。キノコ……ですか。」
「王宮より随分手前に緑の屋根の大きい建物があるのが分かるか?あれが学園だ。」
「緑の屋根?あぁあれか。」

 マルセルはロベールが指さす先を確認するとじっと目を凝らした。

「学園が妙に小さく感じるな。」
「王宮がバカデカすぎるんだよ。」
「国家権力の象徴ですからね。建築された時代も違いますし。」
「ポールは何度か行ったことがあるんだったな?」
「はい。ですがステーリアの王宮と神殿はもっと大きいですよ。この比ではありません。」
「確かにステーリアは王都の規模からして断然大きかった。マルセル、トロメリンはステーリアでは何と呼ばれているか知っているか?」
「ステーリアで?さぁ、知らないが。」

 マルセルは眼下に広がる景色を熱心に眺めながらジャンの声に気のない返事をした。 

「『 南の小国 』そう呼ばれているんだ。」
「小国……。」
「じゃあザールが独立したらどうなるんだろうな?小国より更に小さな…極小国か?」
「国として認識すらされないかもしれないな。そうか。ステーリアとはそんなに大きな国なのか。地図の上で国土の広さは分かっていたつもりだったが……。大陸にはステーリアよりもまだ広い国もあるだろう?」
「ヴィルヘルム?」
「そうだ。海に面していないからトロメリンとはほぼ関わりがないが、ステーリアとは隣国のはずだ。」
「殿下……お話中申し訳ありませんが、そろそろロベール様はお戻りにならないと学園の時間が…。」
「あ?そうか。じゃあ俺はこのまま先に戻るよ。せっかくだからお前たちはもう少しここに居るといい。」

 ロベールは初めて目にする王都の景色に感慨深そうに見入っているマルセルに近付くと、外套のフードを深く被せ直しながらその頭をポンと叩いた。

「余り身を乗り出すと鞍から落ちるぞ?」
「そんな真似しない!」
「じゃあな、大人しく屋敷に帰るんだぞ?」

 ロベールは馬首を返すと手を振りながら一人颯爽と丘を下り始めた。

「何だ、ロベールの奴。こんな所まで来て婚約者ぶらなくてもいいじゃないか?」
「仕方ないさ。マルセルはまるで初めて遠乗りに出掛けた子供のようだからな。」
「子供?そんな風に見えるか?」

 ジャンは馬の首を軽く叩きながら笑うと大きく頷いた。

「目にするもの全てが気になってしょうがないという顔をしてる。」
「そっち…か。」
「それじゃ街中では余計に目立つ。もう少し外出に慣れるまでは人の多い所は無理だ。」

 マルセルは残念そうな顔をしながらも小さく頷いた。

「分かってる。でも本当のことだからどうすることも出来ない。この目に映る全ての景色が私にとっては珍しい。」
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