ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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資料室

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「埃を被った資料がうず高く積まれた薄暗い室内。書棚が視界を遮り行く手を阻み、その奥にひっそりと構えられた年代物の机には片眼鏡をかけた背の曲がった老人が…」
「それはどこの小説の話だ?」
「……俺の想像してた学園の資料室。あ、ほらここだよ。」
「ん、あぁ。ここか。」

 ロベールに案内され誰とも顔を合わせることなく学園の内部に足を踏み入れたマルセルとジャンは、目の前に広がる光景に唖然とした。

「ね?驚くって言っただろ?想像してた資料室とはちょっと雰囲気が違いすぎて。」
「確かに。」
「これではまるで街中にあるカフェのようだな。」

 ジャンの言う通り、資料室の扉を開けるとそこには全面ガラス張りの明るい室内にテーブル席が広がり、窓の外にはテラス席さえあるのが確認できた。まばらに席に座るものは本を広げることもなく談笑し、お茶を楽しんでいる者さえいる。

「で、俺たちが用があるのはこっちだ。」

 ロベールは入ってすぐ右の奥を指さして歩き出した。その先には視線を遮るように大きな書棚が一つ据えられ、色とりどりの本がびっしりと並べられている。しかし書棚を越えて更に奥へとすすむと部屋の様子は一変した。色褪せた本や資料がびっしりと並べられ、しかし埃一つない整然とした無機質な空間がそこには広がっていた。

「あぁ、ロベール様でしたか。お久しぶりです。」
「先日は世話になったな。」
「いえ…ということはこちらがあの資料を探しておられたご友人ですか?」
「そうだ。資料を探すのを手伝ってくれたリュカだ。」

 リュカと呼ばれた色白の青年は、少しくすんだ金色の髪をかき上げながら濃紺の瞳でロベールに向けてにっこりと笑いかけると、その後ろに立つマルセルに目を向け急に真顔になった。

「こいつが俺の親戚。ステーリアの神殿と──」

 リュカはロベールの話も耳に入っていない様子で引き寄せられるようにマルセルの前まで進みでると、いきなりマルセルに向けて手を伸ばして来た。すかさず脇からジャンが手を伸ばしその白く細い手首をがっちりと掴む。

「何をするつもりだ?」
「痛い!す、すみません。ごめんなさい!」

 ジャンに手首を掴まれたことで我に返ったのかリュカは顔を赤くしながら謝罪の言葉を繰り返した。

「ごめんなさい。余りにも綺麗な瞳だったので、もしかして女の人じゃないかと思ったんです。」
「リュカ?もしかしてコイツの胸を触ろうとしたのか?」
「すみません!ほんと、ごめんなさい。本当に男なのか確認したかっただけなんです。」
「……」

 マルセルはジャンに向かって小さく頷くと、リュカの手を取り自分の胸元にグイっと押し付けた。

「あ……」
「気が済んだか?私は男だ。」
「すみません……。」
「もういい。それよりも、お前リュカと言うのか?だとしたらこの論文はほとんどお前が書いたものなのか?」

 マルセルはロベールが手にしている資料の束を顎で示しながら問いただした。リュカは先ほどジャンに掴まれた手首をさすりながら赤い顔のままで頷いた。

「あ、すみません…申し遅れました。私リュカ・ウォーレンと申します。」
「ウォーレン?」

 ジャンはリュカが名乗ると同時に腰の剣に手を掛け、再び厳しい表情を向けた。

「よせジャン。ウォーレンの名に何か聞き覚えでもあるのか?」
「ステーリアの公爵家の名です。紺色の瞳をしたウォーレン一族と言えばステーリアでは知らない者はありません。」
「ステーリアの公爵家?」

 マルセルが怪訝な顔でリュカを見下ろすと、リュカは戸惑う様子もなく素直に頷いた。ジャンは尚も剣に手を掛けたまま警戒しているようだ。

「おっしゃる通りです。でも、さすがですね。そちらはステーリアに居られたのですか?ひょっとして騎士学校に?」
「……」
「リュカ、良かったら向こうで少し話がしたいんだが。」

 ロベールがリュカに向かって奥の部屋に連れて行くよう促すと、リュカははっとした様子で口元に手を当てた。

「すみません、気が利かなくて。どうぞこっちに私の部屋がありますから。」

 ロベールはマルセルに向かって目配せをするとリュカの後に続いて歩き出した。マルセルはジャンに合図をすると二人同時に歩き出した。

「ウォーレン公爵というのは?」
「……ステーリアの王族につく騎士は大抵公爵家で手配しているという噂だ。」
「王族につく騎士を?」

 マルセルは奥の部屋の扉を開けようとしているリュカに目を向けた。リュカはどうひいき目に見ても騎士とは縁遠い種類の人間だ。部屋にこもって本の山に埋もれている方が余程似合っている──まるで過去の自分を見ているようだった。

「待てよ?あれだけの数の論文を過去に書いたという事はもしかして私たちよりも年上か?」
「……確かに既に自国から出て仕事についているんだ。年上に違いないな。」

 マルセルとジャンが顔を見合わせていると苦労して扉を開けていたリュカが振り返りながら照れた様子でどうぞと手招きをした。

「23です。」
「23歳?5つも年上なのか?その見た目で?」

 呆れたようにリュカを指さすロベールに向けて、青年は恥ずかしそうに顔を赤くすると小さな声ではいと返事をした。
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