ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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咄嗟に

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 マルセルは夜遅い時間に邸内へ入って来た馬車に気が付くと、傍に居たジャンと目を見合わせた。

「こんな時間に誰だ?」
「門から入ってきた馬車ならそう警戒する相手でもないだろうが…。」

 ジャンが腰を浮かせると同時に廊下を歩く数人の足音が聞こえてきた。どうやら隣の部屋にいるロベールを訪ねて客が来たようだ。しかし足音は一旦止まった後直ぐまたこちらへ向けて近付いて来た。

「マルセル、ちょっといいか?」
「ロベールか?どうした?」
「その……お前に話があるとリュカが来てるんだが──。」
「リュカが?」

 マルセルは驚いた様子のジャンに扉を開けるように指示を出すと、顎に手を当ててニヤリと笑った。
 リュカはロベールの後ろからひょっこりと現れると、扉を開けたジャンに向かって慌てて挨拶をした。

「あっ、どうも。こんな時間に突然すみません。でもどうしてもマルセル様に確認したいことがあって、居てもたってもいられなくて。」
「連絡が来るのではないかと思っていたが、まさか直接来るとは思わなかった。」
「すみません……。」

 リュカはマルセルに勧められるがままソファーにちょこんと座ると、居心地が悪そうに辺りを見回した。

「それで、何か聞きたいことがあるんだろう?」
「あ、はい!よくお分かりですね。」
「どうして学園で聞かなかったのか、そちらの方が私には不思議だったが?」
「一体何の話だ?俺にはなんの事だかさっぱり……。」

 ロベールはリュカの隣りに腰掛けると一体これから何が始まるのかと興味津々の様子で、完全に聞く体勢に入った。ジャンも同様だ。

「では、遠慮なく。その前に…と。」

 リュカは懐からノートとペンを取り出すと膝の上にそれを開いた。

「えーっと。マルセル様の母上は聖女マリエ様ですよね?これは合ってますか?」
「……そうだ。」
「はい。それからその──騎士様の父上は大神官様とご友人だったということはポールですよね?」

 ノートに書き留めながら確認するリュカに向けて、ジャンは戸惑った様に頷いてみせた。

「そうだ。俺はジャンと言う。」
「ジャン様ですね?はい。それで、確認したいのはここからなんですが。マルセル様がロベール様のご親戚と言うのは……その……一体どういう事なのでしょうか?」
「どういう事、と言うと?」
「マリエ様は国王陛下との間に双子を授かったのでしょう?そしてそのうちのおひとりは先日亡くなりました。」
「……それが何か?」

 マルセルはリュカの話に合わせるように曖昧な相槌を打ちながら、先を促した。

「私はてっきり双子の両方が王女様だとばかり思っていたのですが、マルセル様は男性です。という事は……亡くなったのはロベール様のご婚約者である王女様だったのでしょう?」
「……確かに私は男だ。」
「でしたら、ロベール様の結婚はまだですから、厳密には親戚ではないですよね?」

 ロベールは目を白黒させながら必死で話について行こうとしていたが、途中で諦めたような視線をマルセルに投げかけてきた。

「……そうだな。確かに今のロベールと私にはそういった繋がりはない。」
「ですよね?はいはい、やはりそうでしたか…。となると、今後マルセル様はどうされるおつもりなのでしょうか?トロメリンの王太子は弟君に決まったんでしたよね?」
「そうだ。私は既に権利を放棄した。」

 マルセルは今にも笑い出しそうなロベールとジャンの様子を横目で伺いながら真面目くさった顔でリュカに同意した。

「ザールに戻られると、確かそう仰っておりましたが、ロベール様のご結婚がない限りザールは王国の直轄地です。」
「そうなるな……。」

 リュカはそこで初めてノートから視線を上げるとマルセルに目を向けた。

「……」
「……」
「私は何かおかしな事を言いましたか?」
「そう、だな……。」

 マルセルは堪えきれずに口元を手で抑えると、参ったと言う様にロベールの顔を見つめた。

「どこから説明したらいいかな?ロベール、お前が説明してやれ。」
「え?俺?いや、俺は……。」
「俺が説明しよう。リュカ、ロベールは1年後に結婚してザールに戻る、これはもう決まった事だ。」
「ですが王女様が亡くなったのではそれは不可能ですよね?」

 マルセルは優しい笑みを浮かべながらリュカを見つめると、ロベールに小声で尋ねた。

「例のカツラはもう出来たのか?」
「……あぁ。出来てるよ?」

 マルセルは立ち上がるとリュカの目の前まで行き、ペンを握りしめたその白く細い手をしっかりと掴んだ。

「リュカ、私がお前に頼みたいのはそれなんだよ。お前にはロベールの婚約者である王女のフリをして欲しいと思っている。」
「えっ?わ、私がですか?」

 頬を赤く染めてマルセルを見上げるリュカの様子を、ロベールは口を開けたまま呆気に取られて見ていた。

「聖女の証である銀髪のカツラはもう用意してある。リュカは細いし色も白い。瞳は紫ではないがその辺はうまく誤魔化せるだろう。どうだ?」
「私が聖女様の……身代わり……?」
「正確には聖女ではなくその子供だがな。こういう事は誰にでも気安く頼めるものではない。だがお前は母上の事情も知っているようだし、その上聖女や神殿の事にも精通している。まさに適任だ、そう思わないか?」
「適任?私が?」

 ロベールはマルセルの口から流れる様に出てくる言葉に驚きながらソファーの後ろに立ったままのジャンを振り返った。

「そういう話だったのか?いつの間に決まったんだ?」
「……多分、今だろ?アイツの頭の中で。」
「あ、そういう事?やるな、なかなか。」
「あぁ、確かに。」
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