ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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潮の香り

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 いい出会いがないと口癖のようにぼやくのが常のロベールだが、人当たりがよく好意を寄せられることも多いというのは周りの者ならば誰もが認める所だった。


「昨日の夜の女の子の事を?俺が?」
「帰り道で気にするようなそぶりを見せていただろう?違ったのか?」
「あぁ、確かに帰り道の心配はしてたけど……でも別にそれは一目ぼれしたとかそういうのじゃなくて……。」

 教会へ夜の散歩に行った翌朝、マルセルがロベールにあの女性の事が気に入ったのかと尋ねてみると、返ってきたのは予想外の言葉だった。
 マルセルは口に運ぼうとしていたフォークの動きを止めると眉を顰めた。

「違ったのか……?」

 ロベールはパンを流し込むように手元の紅茶を一気に飲み干すと、口元をぬぐいながら呆れたとでも言いたげな顔をした。

「あのなぁ、言っとくけど俺は出会いに飢えている訳じゃない。ちょっと話をしただけですぐそんな風に考えてたら体がいくつあっても足りないだろ?」
「……」

 マルセルは皿の上の野菜を小さく切りながら小さく頷いた。

──ロベールにとってはよくある出来事なんだな……。私が気にしすぎなのか?

 それまで黙って食事をしていたジャンがマルセルをちらっと見やると、ロベールに向けて話し始めた。

「じゃあ昨夜あの子の事を気にしていたのは、どうやって帰るのかが心配だっただけ?」
「外に馬も馬車もなかっただろ?歩いて来るにしては高台にある教会だったし、第一あの子は単なる町娘という風でもなかった。」
「それはマルセルも言ってたな。」
「夜中に人もまばらな教会に来るということは人目を忍ぶ何かがあるんだろう?そう考えるのが自然だ。」
「誰かと会う約束をしていたのか……でなければ人に言えないような何かに関わっていたとか?」

 二人の会話の先行きが怪しくなってきた所でやっと顔を上げると、マルセルはそっとフォークを置いた。

「あの女性が犯罪に関わっているとでも?私にはそういう風には見えなかったが……。」
「あぁ、きっと俺たちの考えすぎだよ。まぁどちらにしてもここは俺たちの国じゃないし、直接被害に遭わない限りはどうだっていいことだ。」

 ロベールはあっという間に朝食を食べ終えると時計を確認した。

「それで、今日はこれからどうするんだ?予定は?」
「神殿に行くのは止めにしたんだろう?」
「あぁ。本当は王都と神殿でも見物に行こうと思っていたんだが、大神官の話を聞いて王都には近付かないことにした。ジャンはこの港町周辺にも詳しいのか?」
「詳しいという程でもないけど……。多分この三人の中では一番知っているんじゃないかな?」
「この港街はザールよりも規模が大きい。同じ港町という点でも参考になる事も多いんじゃないかと思う。少し見て歩きたいな。」
「よし、じゃあ今日は街歩きで決まりだな!馬車を頼んでおくよ。馬じゃ目立ちそうだしな。」
「そうしてくれ。それと、昨日の教会にも明るい時間にもう一度行ってみたいんだが……。」
「もう一度あの絵が見たいのか?」
「あぁ、暗くてはっきりとは見えなかったから。」
「それはジャンのせいだな。夜の散歩でわざわざ天井画を見に行くというのが間違ってたんだ。」
「昼は人が多いからゆっくりとは見れないぞ?それでもよければ──。」

 ロベールとジャンはマルセルの方を見るとどうするのかというように返事を待った。

「私はそれでも構わない。」
「よし来た!」
「何だ、ロベールお前妙に気合が入ってるな?」
「当たり前だろ?マルセルにとってはこれが人生で初めての旅行なんだ、しかも国外。こんな機会もう二度とないかもしれない。だったらこっちにいる間だけでも楽しまなきゃ損だろ?」
「あ……。」

 ジャンは申し訳なさそうな顔でマルセルを見ると、確かにと小さく声に出した。

「もしかしたら私たちは5年後に国外追放される事になるかもしれないからな。今のうちにこちらに隠れ家でも探しておくか?」
「冗談でもそういう事言うのは勘弁してくれよ?それより俺たちは今この時を楽しむべきだ!」
「ロベールのその張り切った声を聞くと妙に落ち着かない気分になるな……」
「空回りしないことを祈っておくよ。」
「お前らなぁ?最近ちょっと俺に対する扱いが酷くないか?」

 マルセルは大げさにため息をついて見せると、立ち上がりながら窓の外に目をやった。

「気にするな、お前に対する私たちなりの愛情表現だ。それよりもロベールは昨日も街を回ったんだったな?どうだ?少しはステーリア語にも慣れてきたのか?」

 ロベールはマルセルの話を聞き流しながら窓まで近寄ると、大きな音を立ててそれを開け放した。窓の外には白いタイルのテラスが広がっているのが分かる。

「ステーリア語?何の話だ?お前たち二人がついてるから俺には必要ないだろ?」
「ロベール?」

 ロベールはニヤリと笑みを浮かべながらマルセルに向かって片目をつぶると、次の瞬間テラスに勢いよく飛び出し、背の低い垣根を飛び越えてあっという間に視界から走り去った。

「おい、ロベール?どこに行くつもりだ!」
「ジャン、大丈夫だ。きっと馬車の手配にでも行ったんだろう。全くあいつときたら昔から少しも変わってないな……。」

 驚いた様子でテラスへと駆けだそうとしたジャンを制止すると、マルセルは思わず笑みを浮かべた。ロベールがこうやってテラスから走り出て行くのを見るのは一体どのくらいぶりだろうか?
 マルセルはロベールが先ほど飛び越えて行った垣根に目を向けた。垣根の向こうには石畳のアプローチがエントランスの方へと続いているのが見える。それはマルセルが幼い頃を過ごしたザールの屋敷の一室を彷彿とさせるものだった。
 テラスから入って来る外気を胸いっぱいに吸い込むと、わずかに潮の香りがした気がした。ザールの屋敷のあの部屋に閉じこもっていた少年はもうここにはいない。あの頃の自分に教えてやりたい。外の世界に恋い焦がれて必死で読み漁ったあの大量の書物も、いつか役に立つ日がくるということを。

「ロベールが珍しく張り切っているんだ。私たちもそろそろ準備をした方がいいだろうな。」

 マルセルは胸につかえていたもやもやとした気分を一旦忘れ、せめて今日だけは外の世界を楽しもうと密かに決意した。
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