ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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警戒

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「聖女の証……絵には描かれていないようだし、第一そんな指輪があるなんて聞いたことがないな。」
「この絵の中で指輪をしてるのは王だけだ。金ピカのあれはそうだろ?」
「そう見えるな……。」

 マルセルはやっとのことで天井画から目を離すと手元の指輪に目を向けた。今でも鮮明に思い出すことができるあの光景──ベッドに広がる銀の髪、やせ細った手にはまったサイズの合っていない銀の指輪、閉じられたままもう二度と目にすることが出来なかった薄紫の瞳。
 指輪を鎖ごとそっと元に戻すと、マルセルはベンチから立ち上がった。
 礼拝堂の前方には祭壇があり、その奥には色とりどりのろうそくが並べられた場所がある。黙ったままマルセルがそちらへ歩き出すと、背後でジャンも動き出したのが分かった。

「それにしても妙な話だな。聖女を連れ去ろうとした騎士は民の敵だったはずなのに、その魂がこうして立派な教会に祀られているなんて。」

 祭壇の奥に並べられたろうそくの目の前まで行くと柱の陰に隠れていた一体の像が目に入った。立派な剣を腰に差した騎士の像──ジャンの話からすると天井画で描かれているのと同じ騎士なのだろう。
 後ろから付いてきていたジャンもマルセルの横に並ぶと騎士の像を見上げながらわずかに微笑んだ。

「少なくない数の者が騎士に共感したんだろう──いや、『 共鳴 』とシモン様はおっしゃっていたか。」
「共鳴……」

 一歩離れた後方からロベールも笑いながら声を掛けた。

「誰だって一度くらいは夢みるもんだよ。檻に捕らわれた美しい聖女様を自分の手で救って差し上げたいって。実際国を相手にそれをやってのけたんだとしたら、ある意味英雄だよ、その騎士は。」
「実行はしたのかもしれないが失敗したからこうして亡くなっているんだろう?それにいくら聖女がかわいそうでも二人とも国から居なくなったら国民は困るんじゃないか?」
「それはやってみないと分からないじゃないか?だってステーリアから二人の聖女がいなくなったことなんて歴史上ないんだろ?」

 ロベールがそう言った時、教会の入り口に一瞬人影が現れたかと思うとさっと扉の陰に身を隠した。マルセルはいちはやくそれに気が付いたジャンと視線を交わすとロベールを肘で小突いた。ロベールは二人に向けて大丈夫だというように小さく手を上げて見せると、何事も無かったかのように祭壇から出口に向けて歩き出した。

「さて、そろそろ帰ろうぜ、明日も早いしな。お前たちは明日街に行くのか?そう言えば今日いい店を教えてもらったんだ。」
「店?何の店だ?」

 当たり障りのない会話を続けながらロベールとジャンが礼拝堂の扉の方へ近付き警戒を強める。マルセルはその少し後ろをついて行きながら様子を窺っていた。

「土産物や舶来品を取り扱う商店で──」

 話しながら礼拝堂の外に出た瞬間、ロベールとジャンが剣に手を添えながら扉の陰に潜んだ人影を探すとそこには怯えた様子の女性が一人立ち竦んでいた。

「……ボン・ボヤージュ……」
「え?」
「……舶来…品の…店の名前です。」
「あ、そうだ。その店だよ、詳しいね、君。」

 女性はかくかくと頷きながら剣を目で確認すると両手で口を押えて震え出した。

「すまない、不審者が現れたのかと警戒していたんだ。決して貴方に危害を加えるつもりはない。」
「礼拝に来たんだろ?悪かったな、俺たちはもう帰るとこだからさ。でも君一人なのかい?もう遅い時間だ、帰り道には十分気を付けなよ?」

 女性は口を押えたままもう一度頷くと、視線を二人の後ろにいるマルセルに移して驚いたように固まった。

「その瞳……」
「気のせいだ。」

 マルセルは女性から視線を逸らすと先頭に立って歩き出した。3人は女性の脇をすり抜けると足早に教会を後にする。はっとしたように振り返りその後姿を見送る女性に向けてロベールは一度だけ小さく頭を下げた。

「驚かせちまったな、あの子。」
「あぁ、でもまぁ仕方ないさ。場所と時間を考えてもみろよ?女性が一人で出歩くような時間じゃないはずだ。」
「誰かと待ち合わせでもしていたんじゃないか?」
「男か……」
「そんなとこだろうな。」

 ロベールはなおも何かが気にかかる様子で馬に跨りながら見えもしない教会の様子をもう一度振り返った。
 ジャンとマルセルは顔を見合わせると馬上がらロベールに声を掛けた。

「何だ、気になるのか?」
「ん?……あぁ、いや…何でもない。」

 ロベールは何かを振り払うように頭を振った後で、馬の腹を蹴ると高台を先頭に立って下り始めた。坂を下るとやがて港の灯りと真っ黒な海が目線の高さに見え始める。水平線の手前には漁船の灯りが小さく浮かんでいるのも分かった。
 マルセルはロベールの馬を追いながらその背中の向こうに見える黒い海を見るとはなしに見ていた。

 ウォーレン公爵の別邸は教会と同じ高台にあったが一度街まで下らなければ馬でたどり着くことができない造りになっていた。そういえば、先ほどの娘はどうやってあの高台にある教会までたどり着いたのだろうか?3人の乗ってきた馬の他に教会近くに馬が繋いである様子も馬車を待たせている気配も無かった。
 マルセルは馬の速度を少し緩めてジャンの隣に並ぶと、前を行くロベールに聞こえないように声を掛けた。

「私たちの他に馬がいるのを見たか?」
「いや、馬も馬車もなかった。」
「馬車を帰したのか……。」
「街から歩いて上がったのかもしれない。」
「この暗い中をあの服装で?あり得ないだろう?」
「……マルセルもあの女性が気になるのか?」
「いや、ロベールが妙に気にしているようだから気になっただけだ。」

 マルセルは礼拝堂の入り口で小さくなって震えていた女の白く細い手を思い返してみたものの、それ以外の事は一切記憶にない自分に対して小さく舌打ちをした。
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