卒業からの1週間

ゆみ

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1週間だけ

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 正面玄関前は卒業生とそれを待ち構えていた人とで随分賑やかだ。
 目の前に立ってソワソワしている3人組の女子を見ながらそれでも私はまだ迷っていた。
 私は今、予定に無かった告白をするためにここで一人先輩が出てくるのを待っている。もし、先輩が出てきた時一人じゃなかったら中止、きっぱりと諦めよう。
 どうしてこうなったと自分でも頭を抱えたい気分だった。

「場違い……」

 プレゼントも手紙もなく、一人でボーっと待っているのは恥ずかしかった。校舎のグランド側にある屋根付きの駐輪場に目を向けると、そこにはほとんど人がいないようだった。先輩は自転車通学だから人の少ないあっちの方で待とうか……やっぱり帰ろうか……。
 正面玄関からまた新たな一団が出て来た。騒がしくなったそちらをなるべく見ないようにしながら、私は駐輪場に移動しようと人混みを避けるように一歩踏み出した──が、突然現れた人影に右肘からまともにぶつかる羽目になった。

「あ、ごめんなさい。」
「悪い──大丈夫?」
「いや、どっちかというとそっちの方が痛かったんじゃないかと……。」

 私が思いっきり肘鉄を食わせてぶつかった相手は──高城先輩だった。
 漫画みたいな展開だと思った。でもその思いは瞬時に消え去った。それはない。だって今日は卒業式で目の前にいるこの人は遠くへ行くことがもう決まってる。
 私は先輩が一人だという事を確認すると決心した。今だ、声をかけるなら今しかない。

「俺は大丈夫、全然痛くなかったし。」
「先輩、東京に引っ越すんですよね?」
「え?」
「いつですか、引っ越し?」

 名前も知らない後輩からいきなりぶつかって来られたと思ったら、謝罪の言葉もそこそこにプライベートな質問をグイグイかましてくるとか……。普通に考えて私最低だ。
 私は自分の顔が究極に赤くなっている事を自覚しながら先輩の反応をうかがった。先輩は相変わらずの無表情でこっちを見ながら、めんどくさそうに頭をかいた。

「引っ越しは1週間……いや、10日後だな。」
「それじゃ──」
「ちょっと待って。ここ通り道ふさいでるみたいだから、あっち行くよ。」

 先輩は突然私の右腕をぐっと引っ張ると、駐輪場に向かって歩きだした。私の右腕を掴んでいた大きな手は人混みを抜けるとすぐに離された。駐輪場の一番奥にはなにやら話し込んでいる一組のカップルがいたが、人が来たことがわかるとそそくさと帰って行く。すれ違いざまに男子生徒が先輩の顔をちらっと見て軽く手をあげた。自転車を押す彼女も興味津々といった様子でこちらを振り返って見ながらくすりと笑った。

「あの二人付き合ってたの?私知らなかった。」
「バカ、聞こえるって。」

 彼女が楽しそうに笑いながらそう耳打ちしているのが此方まで聞こえて来た。走り出した2台の自転車を見送ると、先輩は小さな声で何か呟いた。

「知り合いですか?」
「2年の時クラスが同じだっただけ。友達ってほどでもない関係。」
「……なるほど。」
「それで?話、あるんでしょ?俺に。」

 先輩は自分の自転車のかごに荷物を載せると私の方を振り返った。少し長い前髪から覗く目は私に早くしろとでも言いたいようだった。少し前までいろいろと頭の中で考えていた事が全て白紙に戻ったような気分だった。私は一体何を言おうとしていたんだっけ……。

「──?」
「はい……あ、え?どうして?名前……。」
「……周りからそう呼ばれてた。」

 完全に想定外だった。先輩から自分の名前を呼ばれた瞬間、もうどうにでもなれと思った。私はぎゅっと目を閉じると覚悟を決めた。

「先輩、1週間だけでいいから付き合ってください!」
「え?……それ……だけ?」
「はい。」

『ごめん、無理』

 俯き、目を閉じたままで続く言葉を待っていた私は、なかなか返事が返ってこない事に気が付くとそっと目を開けた。先輩のスニーカーのつま先が見える。よかった、返事もせずに逃げられた訳じゃなかったんだ。

「付き合うって……2年はまだ授業あるでしょ?俺明日から学校来ないよ?」
「……それは分かってます。」
「そう。なら──いいよ。」

 先輩は曖昧にそう頷くと、自転車の鍵を開けた。スタンドを蹴る音が二人の間に響く──。状況が理解できずにいる私の横で自転車を押してきた先輩が立ち止まった。

「連絡先、教えて。」

 反射的に見上げた先には相変わらず表情の読めない先輩の真っすぐな目があった。連絡先を教える……?先輩は片手でバッグの中を探りながらふとその手を止めた。

「あーひょっとして持って来てない?スマホ。番号分かる?」
「持って来て……ないです。でも番号……分かります。」
「なに、その話し方。」

 先輩は小さく笑いながら自分のスマホをこちらに向けて差し出した。番号を登録しろということだろう。受け取る手が震えているのがバレないよう、私は祈るような気持ちで両手を差し出した。
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