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コイ
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深緑色の池を優雅に泳いでいた白鳥を押し退けるように、巨大な鯉が水際まで押し寄せると水面に大きな口を突き出して水しぶきを上げた。
「スゲ~、鯉?デケェ~。」
「……」
美術部のみゆちゃんはコンビニでわざわざ買ってきた食パンを袋から取り出すと小さく千切りながら池の方に投げ込んだ。
橋の下には餌が貰えると気が付いた鯉が何処からかワラワラと集まりつつあった。
「先輩も、どうぞ。」
「え?俺も?」
食パンを受け取りながらいつもならば『 面倒くさい 』と口に出すような場面だな、などと考えていた。
きっと自分が今朝この子に『 ノープラン 』と言ったせいだろう――いや、今朝だけじゃなく昨日も言っていたかもしれない。それで一生懸命ひねり出した答えがコレだったのだろうか。
「すごい集まって来てないですか?」
「パンまつり。」
みゆちゃんは何故か笑いを必死に堪えながら向こうを向き、再び小さく千切ったパンを池に向けて投げた。
手渡された食パンを仕方なく一口大に千切ると、無意識にそれを自分の口に運ぶ――。
「あ、食べた。」
「うん……あ、俺?」
「お腹空きましたか?」
「いや……なんか、無意識に。」
パンを小さく千切って投げる動作を繰り返しているだけの、脳内小学生の美術部のみゆちゃんは――自分が思っていた通りの子だと思った。
――公園の池で鯉にエサやるとか……今どき中学生でもこんなデートしないでしょ。
「先輩、それちょっと大きくないですか?」
「え?そう?あ!」
指摘された時にはもうパンは手から離れていた。鯉たちが一斉に群がり一際大きな音をたてる。
「うわ……。」
「これ、千切らなくてもイケそうじゃん?」
「……かもしれないです。」
「あ、あの後ろの出遅れてる小さい鯉。ああいう弱肉強食の世界では生き残れそうにないのにそれ投げてやれば?」
「――ですね。」
みゆちゃんは自分の手に持ったパンを勢いよく遠くに向けて投げた――が、お目当ての小さな鯉のいる所とはかけ離れた水面にそれは落ちた。
「下手すぎ。」
「……」
「いい?俺またココに塊落としてデカイの引き寄せるから、次こそは確実に狙ってよ?」
「え?ちょ、ちょっと待って下さい!」
「早く早く!」
焦ってパンを小さく千切る彼女を見ながら、自然に笑顔になっていることに気が付いた。
――たまにならこういうの、いい……かも。
たまになら……そう考えていて気が付いた。たまにならも何も、俺たちに次は──ない。きっと彼女とこうして健全なデートをするような時間はもう残されていない。
高校に入ってからの2年間、彼女の目はほぼ自分に向けられてきたに違いない。その間全くと言っていいほど行動に移さなかった彼女が卒業したと同時に動き出したのには、やはり何かワケがあったはずだ――。
「いいですよ?」
「いい?じゃあせーので投げるよ?せーの!」
「あ!」
「お?いけた?」
「どうでしょう?あー」
「駄目だ、競り負けてる……動くの遅っ。」
「……だから小さいんですね、きっと。」
欄干を握りしめて鯉を見つめている横顔に、聞きたいことは山ほどあった。
何故?どうして?
「もっと早く動いてたら――そう思わない?」
「あの小さい鯉が、ですか?」
「……いや。」
彼女の口から一体何が聞きたかったのかと自分でも驚いた。
卒業式の日に椙山美優から話があると言われた……あの時から自分はどうかしてしまった。
『 ずっと好きでした 』
顔を赤らめてそう告白されることを予想して、どう言って断ろうかと……そんな事まで考えていたというのに。
実際に彼女の口から出てきたのは一週間だけ付き合ってほしいという予想外の提案だった。好きだからとか、いなくなる前に思い出作りをしたいだとか……。彼女の口から具体的なことはまだ何も聞いていない。
そう、椙山美優は肝心なことは何も言わない。今だって全てを自分の中で消化して、まるで何もなかったかのような顔をしている。
何故だか無性にイライラした。
コンビニの袋に手を突っ込んで新しいパンを取り出そうとしている細い手首を横から掴んだ。日焼けをしていない真っ白で折れそうな手――さっきカフェからコンビニまで歩いた時に繋いだ手はびっくりするくらい冷たかった。
「鯉より俺の相手してよ?」
「……」
「一週間、俺の彼女なんでしょ?」
「え?」
軽く引っ張っただけでこちらに向かって倒れ込んできた彼女を受け止め、そっとキスをする――。
唇が触れたか触れないか……という位のところで彼女は動揺した様子で身体を突き放すと、コンビニ袋をその場に落として全力で向こうの方に走り出した。
――逃げんなよ。
軽く走ればすぐに追いつけるが、追いかけてはいけないような気がした。椙山美優は今頃になってやっと自分が最低な男だったということに気が付いたはずだ。
少し迷った後でその場に落ちたコンビニ袋を拾った。食パンだけを買ったにしては少し袋が重たいような気がして中身を確認すると、底にスマホがあるのが見えた。
「あー。……マズイな。」
自分のスマホをポケットから取り出すと、ふと出来心で彼女の連絡先を探し出す。コンビニ袋の中から振動するスマホを取り出すと、その画面表示に目が釘付けになった。
「は?何だよ……309って……。」
登録名が” 先輩 ”ではないとは聞いていたが……。まさかのナンバリングをされているとは。
その場にしゃがみ込むと、柄にもなく頭をかかえこんだ。
「何なんだよ……ったく……。」
「スゲ~、鯉?デケェ~。」
「……」
美術部のみゆちゃんはコンビニでわざわざ買ってきた食パンを袋から取り出すと小さく千切りながら池の方に投げ込んだ。
橋の下には餌が貰えると気が付いた鯉が何処からかワラワラと集まりつつあった。
「先輩も、どうぞ。」
「え?俺も?」
食パンを受け取りながらいつもならば『 面倒くさい 』と口に出すような場面だな、などと考えていた。
きっと自分が今朝この子に『 ノープラン 』と言ったせいだろう――いや、今朝だけじゃなく昨日も言っていたかもしれない。それで一生懸命ひねり出した答えがコレだったのだろうか。
「すごい集まって来てないですか?」
「パンまつり。」
みゆちゃんは何故か笑いを必死に堪えながら向こうを向き、再び小さく千切ったパンを池に向けて投げた。
手渡された食パンを仕方なく一口大に千切ると、無意識にそれを自分の口に運ぶ――。
「あ、食べた。」
「うん……あ、俺?」
「お腹空きましたか?」
「いや……なんか、無意識に。」
パンを小さく千切って投げる動作を繰り返しているだけの、脳内小学生の美術部のみゆちゃんは――自分が思っていた通りの子だと思った。
――公園の池で鯉にエサやるとか……今どき中学生でもこんなデートしないでしょ。
「先輩、それちょっと大きくないですか?」
「え?そう?あ!」
指摘された時にはもうパンは手から離れていた。鯉たちが一斉に群がり一際大きな音をたてる。
「うわ……。」
「これ、千切らなくてもイケそうじゃん?」
「……かもしれないです。」
「あ、あの後ろの出遅れてる小さい鯉。ああいう弱肉強食の世界では生き残れそうにないのにそれ投げてやれば?」
「――ですね。」
みゆちゃんは自分の手に持ったパンを勢いよく遠くに向けて投げた――が、お目当ての小さな鯉のいる所とはかけ離れた水面にそれは落ちた。
「下手すぎ。」
「……」
「いい?俺またココに塊落としてデカイの引き寄せるから、次こそは確実に狙ってよ?」
「え?ちょ、ちょっと待って下さい!」
「早く早く!」
焦ってパンを小さく千切る彼女を見ながら、自然に笑顔になっていることに気が付いた。
――たまにならこういうの、いい……かも。
たまになら……そう考えていて気が付いた。たまにならも何も、俺たちに次は──ない。きっと彼女とこうして健全なデートをするような時間はもう残されていない。
高校に入ってからの2年間、彼女の目はほぼ自分に向けられてきたに違いない。その間全くと言っていいほど行動に移さなかった彼女が卒業したと同時に動き出したのには、やはり何かワケがあったはずだ――。
「いいですよ?」
「いい?じゃあせーので投げるよ?せーの!」
「あ!」
「お?いけた?」
「どうでしょう?あー」
「駄目だ、競り負けてる……動くの遅っ。」
「……だから小さいんですね、きっと。」
欄干を握りしめて鯉を見つめている横顔に、聞きたいことは山ほどあった。
何故?どうして?
「もっと早く動いてたら――そう思わない?」
「あの小さい鯉が、ですか?」
「……いや。」
彼女の口から一体何が聞きたかったのかと自分でも驚いた。
卒業式の日に椙山美優から話があると言われた……あの時から自分はどうかしてしまった。
『 ずっと好きでした 』
顔を赤らめてそう告白されることを予想して、どう言って断ろうかと……そんな事まで考えていたというのに。
実際に彼女の口から出てきたのは一週間だけ付き合ってほしいという予想外の提案だった。好きだからとか、いなくなる前に思い出作りをしたいだとか……。彼女の口から具体的なことはまだ何も聞いていない。
そう、椙山美優は肝心なことは何も言わない。今だって全てを自分の中で消化して、まるで何もなかったかのような顔をしている。
何故だか無性にイライラした。
コンビニの袋に手を突っ込んで新しいパンを取り出そうとしている細い手首を横から掴んだ。日焼けをしていない真っ白で折れそうな手――さっきカフェからコンビニまで歩いた時に繋いだ手はびっくりするくらい冷たかった。
「鯉より俺の相手してよ?」
「……」
「一週間、俺の彼女なんでしょ?」
「え?」
軽く引っ張っただけでこちらに向かって倒れ込んできた彼女を受け止め、そっとキスをする――。
唇が触れたか触れないか……という位のところで彼女は動揺した様子で身体を突き放すと、コンビニ袋をその場に落として全力で向こうの方に走り出した。
――逃げんなよ。
軽く走ればすぐに追いつけるが、追いかけてはいけないような気がした。椙山美優は今頃になってやっと自分が最低な男だったということに気が付いたはずだ。
少し迷った後でその場に落ちたコンビニ袋を拾った。食パンだけを買ったにしては少し袋が重たいような気がして中身を確認すると、底にスマホがあるのが見えた。
「あー。……マズイな。」
自分のスマホをポケットから取り出すと、ふと出来心で彼女の連絡先を探し出す。コンビニ袋の中から振動するスマホを取り出すと、その画面表示に目が釘付けになった。
「は?何だよ……309って……。」
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