卒業からの1週間

ゆみ

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感傷

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『 隼?今どこ? 』
「俺?今家だけど。どうした、何かあった?」
『 そっか……。いや、俺今たまたま学校の近くに来てんだけどさ。……みゆちゃんらしき子見かけたんだよね。 』

 自宅のパソコンで引越し先周辺の地図を眺めていた手が止まった。
 ヒロトは昨日の夜遅くまでカラオケボックスで騒いでいた割には今朝も早くから動き出したんだな――そんなどうでもいい事をボンヤリと考えながらマウスから手を離す。

「へー。何か用でもあったんじゃね?」
『 男。 』
「は?」
『 制服着た男と二人で歩いてたわ。 』
「制服……」
『 部活のヤツかも知れないけどさ。一応、隼の耳に入れといた方がいいかなーと思って。じゃ、そんだけだから。 』
「お、おぅ。」

 一方的に用件だけを伝えると急いでいるのかヒロトの電話はいきなり切れた。
 パソコンの時計を確認しながら再びマウスに戻した人差し指がソワソワと動き始める――。駄目だ、完全に集中力が切れた。

「まだ9時過ぎ……か。」

 美術部の部活はこの土日は休みだと聞いていたのに、制服姿の男が一緒だったというヒロトの言葉が妙に引っかかった。


 自転車にまたがると3年間ほぼ毎日通った高校までの道のりをゆっくりとたどり始める。
 昨日に引き続き今日も風が強く、頭上に広がるのは厚い雲ばかりの空。

――卒業したらもう行くことなんてないと思ってたのに……。なんでまた俺チャリ乗って学校に向かってるんだろ?

 しばらくすると前方から打球音や元気のいい掛け声が聞こえ始めた。ペダルをこぐたび大きくなるその音に早くも頭を後悔の二文字が過りはじめる。
 ヒロトが見かけたのが別人だったならば何も問題はない。もし本人だったら自分はどうするつもりだろう?
 偶然を装って学校で顔を合わせるには無理がありすぎるシチュエーションだった。自分は部活なんてとっくに引退している上に卒業後の学校に立ち寄るような用事は何一つない。

” 友達が学校で見たって言ってたから本人かどうか確かめに来ました ”

 中学生どころか小学生並みの頭の悪そうなセリフしか思い浮かばない。

――何してんだ、俺。……やっぱ帰るか。

 ブレーキをかけて止まろうとした時、はるか先で角を曲がろうとしている制服姿の二人連れが見えた。足の細い男と髪を後ろで一つに結んだその横顔に目が釘付けになる。

「椙山……?」

 知らない内にブレーキを握る手に力がこもり、高く短い音をたてながら自転車が停止する。ヒロトが言っていた通りだった。あれは椙山美優だ、間違いない。隣を歩いているのはコウタ。
 昨日公園で自分と会ったときにはあれだけ周りの目を気にしていたというのに、隣を歩くのがあの男ならばあんなに無防備に笑っていられるというのは一体どういうことだろう?

 そのまま歩道脇に自転車を寄せると曇り空を見上げた。グランドをぐるりと囲むフェンス越しに校舎が見える。2階の一番奥にある教室の外の廊下。自分が部活をしている時、彼女は手摺に寄りかかりながらよくそこからグランドを眺めていた。
 今、そこに彼女の姿が再び現れるまで待つ気にはなれなかった。たとえ見つけたとしてもここからでは遠すぎて声をかけることもできない距離だ。それにもし隣で楽しそうに笑っている男がいたとしたら?考えただけで胸が苦しかった。

「こんなんしてたら俺まるでストーカー……。しかも完全に立場逆転してるじゃん。」

 彼女はもしかしたら2年もの長い間、こんな日々を過ごして来たのだろうか。
 いつでも目で探すのは特定の一人。遠くから見つめるだけで話しかけたくても出来なくて、それなのにもっと相手のことが知りたくてモヤモヤして……苦しくて。
 彼女は2年間何もしてこなかった訳ではなかった。ただ遠くから見つめるだけでも彼女は彼女なりに思い悩んで苦しんで、結局どうする事もできなかったんだろう。今になって自分にもようやくその気持ちが理解できるようになった。
 ジーンズのポケットからスマホを取り出し確認する。ヒロトからの着信以外今日はまだ誰からも連絡が来ていない。

「……帰るか。」

 また明日――そう言った彼女の言葉を今は信じて連絡が来るまで待とうと思った。


──3年間か。過ぎて見ればあっと言う間だったな……。


 トラックで汗を流し、くだらないことで笑い合い、友人と衝突した日々がひどく遠く思えた。
 高校の3年間は次のステップへ進むための助走期間だと勝手に決めつけていた自分は、周りの事が見えないふりをして手を抜きながらそれなりに周りのスピードに合わせるよう走り続けてきた。けれどそれは無駄な努力なんだと、もっと早く気が付くべきだった。
 高く飛ぶには助走からスピードがなければ駄目な事くらい──常識だ。

 あと1週間ほどでこの町を出て行く自分は、彼女の高校生活3年間を丸ごと支配していいような存在ではない。残り1年間ある彼女の高校生活こそは、悔いの残らないように過ごして欲しいと思った。例えその隣に自分がいなくても――。
 そう思いはするものの、自分が彼女に対して何をどうすればいいのかはさっぱり分からなかった。今更感が強すぎた。
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