卒業からの1週間

ゆみ

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 美術部の部室は美術室の一角にある。私が預かっているのはそこに隣接した美術準備室の鍵で、部室にはその部屋のドアから入る事になる。

「で、何忘れたの?」
「え?あぁ、ちょっと……ね。ここで待ってて。すぐ戻るから。」

 幸は真面目だ。部室に忘れ物を取りに行くだけなのに、校舎に入るんだからとキチンと制服を着て約束した時間通りに現れた。約束の時間の5分前に私に連絡をくれたけど、多分もう少し前に着いて待ってたんじゃないかと思う。

 美術室前の廊下からつい癖でグランドを眺める。日曜日なのに練習をしているのはサッカー部と、向こうの方に野球部が小さく見えた。
 エンジ色のジャージの陸上部は今日ここにはいない。

「……美優。」
「あ、幸。あった?忘れ物。」
「うん。……今、何見てたの?」
「え?」
「もう3年が引退してから結構経つのにさ、相変わらずグランド見る癖抜けないよね。」
「あぁ……そうかも。」

 幸は私の隣に来ると部室の鍵を無言で差し出した。受け取ろうと手を出すとすっと上に逃げられる。

「ちょっと止めてよ、何?」

 ふざけているのかと見上げた幸は、いつになく真剣な顔をしていた。

「……何か俺に話すことない?」
「何かって……?」
「安野先輩から聞いた。高城先輩と付き合ってるんだって?」
「え?安野先輩?なんで?」
「気になるのそこ?付き合ってるのは否定しないんだ?」
「……ごめん。」
「マジかよ?」

 幸は苛立ったようにその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。

「ごめん。幸には昨日電話で話そうと思ったんだけど……。今日会うなら直接話した方がいいかな、って思って。」
「卒業式の時あんだけ俺が言ったのに高城先輩のとこ行かなかったクセして。……いつなの?」
「あの後……。」
「へぇ~出待ちしたんだ、一人で。」

 幸は拗ねたようにそう言うと誰もいない廊下の先を眺めながらポツリと呟いた。

「美優にそんな勇気があったなんて知らなかったな……俺。」
「自分でもまさかあんな事になるなんて思ってなかったから……。」
「あんな事って何?」
「あーゴメン、今はまだ話したくない……かも。」
「さっきからごめんばっかじゃん。美優って肝心なとこはいっつも話してくれないよね?」
「……だって、幸怒ってるじゃん。」
「……うん、否定はしない。実際すげぇムカついてるし。」

 幸は相変わらず廊下の先を見ていてこっちを向こうとしない。

「何に対してそんなに怒ってるの?」
「何にって……何だろ……。」

 幸は目をキョロキョロと泳がせながらしばらく何かを考えた後で、自嘲気味な笑みを浮かべながら小さなため息をついた。

「全部かな。美優からじゃなくて安野先輩からこんな話聞くのも嫌だったし、黙ってた美優も、何考えてるのか分かんない高城先輩も、もちろん何も出来なかった自分も……全部。全部ムカつく。」
「何それ。幸は何も悪くないじゃん。」
「だから俺は怒ったらダメなの?部外者だから?」
「幸?」

 幸がこっちを向かないのは、泣きそうな顔を隠すためなんじゃないかとこの時になってやっと気が付いた。
 部室に忘れ物をしたなんて嘘だ……。幸はこの話をするためだけに私を呼び出したかったんだ。

「……美優、そんなんでホントに平気なの?」
「……」
「本当はこんな言い方したくないんだけどさ。遊ばれてるだけなんじゃないの?高城先輩に。」
「それは……違う。」

 幸の声色が少しずつ責めるように変わってきたのを感じると、私もだんだん頭に血がのぼってヒートアップしてきた。

「じゃ、後少しでここから出て行く先輩が美優と付き合う理由って何?美優だって卒業式の日に言ってたじゃん?今更?って。」
「だから今はまだ話したくないの!私、先輩に遊ばれてる訳じゃない。……私が遊びに付き合わせてるだけ。もうお願いだから放っておいて?」
「放っとける訳ないじゃん?俺は美優が泣くところこれ以上見たくないから!いい加減お前も気付けよ?俺お前の事ずっと好きだったんだからさ?」
「は?」
「は?って……。もっとなんか他に言い方あるだろ?」

 色の白い幸が耳まで真っ赤になりながらいつの間にか私の方をジッと見ていた。……見ているというより睨まれているような気もする。
 思わず視線を逸すが返す言葉が咄嗟に出てこない。
 幸がずっと私の事を好きだった?そんな訳ない。それに、だとしたら――。

「え……っと……幸が好きなのって安野先輩じゃなかったの?」
「……安野先輩?それはない。」
「だって、仲良かったじゃん?いっつも二人でコソコソと……。」
「安野先輩は……どっちかと言えば共犯者?今だから言える話なんだけどさ、安野先輩も高城先輩の事好きだったから。」

――安野先輩が高城先輩の事?

 幸がこんな事で私に嘘をつく訳なかった。だからきっと安野先輩の話は本当の事で……。となると幸が私の事を好きだったって言うのも――本当?
 違う意味でまた血がのぼってきたのが分かる、今度は顔に。きっと今の私は幸に負けないくらい赤い顔をしている。

「そう……なの?」
「気が付いてなかったのは美優だけ。」
「なんか……ゴメン。」
「……そういうの逆に傷付くわ。」

 幸はヤレヤレといった風に立ち上がると、腕時計を確認しながら部室の鍵をこちらに投げてよこした。

「この後、会うんでしょ?高城先輩と。」
「……うん。」
「平気じゃなくなったら……その時は俺に教えて?できれば先輩に泣かされる前に。」
「……」
「それくらいいいだろ?俺はまだあと一年ココにいるんだからさ。待たせてよ。」

――ゴメン、幸。私もう最初から全然平気じゃないんだ。

「そんなんでいいの?幸は。」
「馬鹿、イイわけないじゃん?」

 私はもう明日から幸にどういう顔で会えばいいのか分からない。
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