卒業からの1週間

ゆみ

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微睡みからの覚醒

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 引越しの荷物はとっくに業者に預けていた。とは言っても必要な荷物など引越し先で揃えるものばかりで、たいしたものは持って出る必要がない。今この部屋に残っている物の殆どがこのままホコリをかぶってやがては粗大ゴミになる運命だ。
 乱雑に積まれたノートの山から一冊を手に取るとページをパラパラとめくった。高3の夏、部活を引退してからそれなりに受験勉強を頑張ってきた、その証。とにかく自分の実力でこの町を出て行くと決めたのはいつだっただろう。きっと高2の夏くらいだった。
 ノートを元に戻しながら隣に積んである参考書の山を見ていてふと気が付いた。

「そっか……次高3ってことは受験生じゃん。」

 向こうは自分が東京にある学校に合格したことも、引っ越すことも知っていた。でも自分は――今まで彼女の事を何も知らなかった。名字ですら昨日初めて聞いたくらいだ。知り合いというよりは顔見知り程度の関係でしかなかった。

――ヤバいな俺もいきなりキスするとか……。何血迷ったんだか。

 時計を見ると十時を過ぎたところだった。この時間ならまだ彼女も起きているだろう。

"文系?理系?部屋の荷物整頓してるんだけどもしかして参考書使ったりする?"

 これならば当たり障りのない内容だから返事もしやすいだろう……そんな事を考えているとすぐに返事が来た。

"バリバリの文系です。"
"ていうか、そもそも進学するんだっけ?俺何も知らないんだけど。"
"一応大学受験するつもりです。"

「一応ってなんだそれ。」

"家、学校から遠い?結構な量の本横流ししようと企んでんだけど。"

  それきりしばらく返答が無かった。どう答えたらいいのか悩んでいる様子が目に浮かぶ――。
 床に座り込むと肘をついてどうしたものかと部屋の中を意味もなく見回した。

「あ、そっか。文明の利器。」

 スマホのビデオ通話のボタンをタッチしてみるが甲高い音がして相手から即切りされたという事に気が付く。すぐにスマホが新たな着信を知らせる。

『どうしてビデオ通話なんですか?』
「文字打つのいい加減面倒くさいし。見せた方が早いと思って、参考書。」
『あ……そういうこと、でしたか。』
「嫌だったなら……いいよ、いきなりゴメン。」
『いえ、それは……はい。』
「ほとんど使ってない新品同様のから書き込みまくりのまで揃ってるけど、どうする?」
『あんまり沢山もらっても私も使える自信ないんで……』
「じゃあ、きれいそうなの適当に――」
『いえ!そうじゃなくて。先輩が一番使い込んだの、譲ってほしいです。』
「……え?」
『書き込みまくりので、おねがいします。』
「いいの?俺字汚いよ?」
『……そうなんですか?でも……大丈夫です、私頑張って解読してみます。』
「それ、頑張りの方向性間違ってるよね。何の勉強頑張ろうとしてんの?」

 どうでもいい会話だった。本当にくだらない話をそれでも彼女は一生懸命聞いて、言葉を選んで返答してくれているのが分かった。どうでもいい会話には適当な相槌をうっておけばそれで良しとしないところが、彼女の事を面倒くさいの一言で片付けたら悪いような気持ちにさせるのかもしれない。

「明日――会える?」
『はい、午後からなら大丈夫です。』
「そ、分かった。じゃその時に持って行く。」
『はい、お願いします。』
「……」
『……あ、待ってください。今天気予報見たら午後から雨だって。先輩自転車ですよね?』
「あー。まぁ何とかなるでしょ。椙山は?どこなら来れそう?」
『どこ……でしょう?えっ、屋根のあるところ?ですよね?』

 床にそのままゴロンと横になると目を閉じた。どうしてだか今すぐにでも眠れそうな気がする。

「何でかな、話してるとだんだん眠くなってきた。」
『はい?あ……退屈……でした?』
「違う、そうじゃなくて──」

――ここで『癒やされた』なんて言ったらどんな反応するんだろう?直接顔が見れたらいいのに……。

 はっとして目を開けた。今一瞬頭をよぎったのは何だった?時計をちらっと見るとまだ11時にもなっていない。いや、時間なんて今はどうでもよかった。

「ごめん、俺……もう寝るわ。」
『分かりました。それじゃ、また連絡します。……おやすみなさい。』

――何だ?

 捨てるはずだった参考書を口実にいつの間にか明日会う約束を取り付けてしまったのは自分の方からだった。完全に無意識のうちに口をついて出た言葉……。
 夕方、カラオケボックスでヒロトが言っていた事は間違っていなかったと認めざるを得ない。

――今更マジのヤツ、かよ。どうすんだよ……。
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