16 / 21
すれ違い
しおりを挟む
雨が降って空が暗くなったせいではなく、私は目の前が瞬間的に真っ暗になったように感じていた。
「私……先輩は私の事を知らないんだって……もしかしたら名前すら知らないんじゃないかって、ずっとそう思ってました。違ったんですね。」
入学してすぐに私の存在に先輩は気付いてた……初耳だった。
先輩はまだ笑みをたたえたままでうんと頷いた。
「俺 ” 美術部のカワイイ後輩を泣かせたら許さないから ” って脅されてたしね。」
「脅されてた?」
「そ。多分名前教えてくれたのもアイツだったんじゃないかな?安野。確か3年の時部長してたんじゃない?」
安野先輩の名前が先輩の口から自然に出ると胸がズキンと音を立てた。私が入学した頃には安野先輩はもう高城先輩のことが好きだったってことかもしれない。そこに新入生の私は知らない内にズカズカと土足で踏み込んで行った──。
「安野先輩そんなこと言ってたんですか。」
「美術部のみゆちゃん」
はっと顔を上げると優しい顔をした先輩と目が合った。見慣れない表情にまた胸が苦しくなる。
「……はい。」
「2年間ずっと俺の事見てたくせになーんにもアクション起こさない子。」
「……はい。」
「俺が知ってたのはたったのそれだけ。」
「……」
「お、なんか小雨になってきたっぽくない?」
そう言いながら先輩が指差した窓の向こう側にはほんの少しだけ明るくなり始めた空が広がっていた。
「外出るなら今がチャンスかも。」
「あ、私折りたたみ傘持ってます、二人で入るにはちょっと小さいかもですけど。」
「ならさ、陸上部に置き傘何個かあったはずだから取りに行こうか?おいで。」
流れるように差し出された先輩の左手に少し迷って折りたたみ傘をトンと載せた。
「ん?」
「……」
「何?俺一人で置き傘取って来いってこと?」
「いえ、そうじゃなくて……。」
誤魔化すように鍵を取り出しながら外に出ると後ろからついてきた先輩が私の頭上に傘を差してくれた。
「言葉に出してちゃんと言ってもらわないと俺分かんない。」
「……左手つないだら傘差せないと思って。そしたら先輩が濡れちゃいます。」
「え、そっち?なら繋いでない方の手で差したらよくない?」
「普通そうするんですか?疲れません?」
「普通……かどうかは知らないけど、疲れるかどうかはやってみたら分かる。」
外廊下を手を繋ぎ傘を傾けながら早足で通り過ぎると、ほんの少しの距離のはずなのに息が弾んだ。結局傘に入り切らなかった先輩の右肩と私の左肩が少しだけ濡れている。
「あー分かったかも。多分普通は腕組むんじゃない?もしくは肩に手を回す?なるべくくっつかないとやっぱ濡れるよ。」
「先輩さっきからなんか私の事からかって遊んでません?」
「気付いた?……俺も男の子なんで、一応。」
バッグの中からハンカチを取り出し先輩に差し出すと、ハンカチごと手をがっしりと掴まれた。
「ごめん、今度は逃げないで?」
ゆっくりと先輩の顔が近付く気配に気が付くと、咄嗟に目を閉じて顔を背けた。先輩はそのまま顔を私の肩にトンとつけると、嫌?と小さな声で呟いた。
「嫌じゃないですけど、まだ……無理です。ごめんなさい。」
「……ホントに嫌じゃない?じゃハグは?」
両手がそっと後ろに回されるのが分かった。ギュッと閉じていた目を薄っすら開けると涙が零れそうだった。
「無理です、ホントにごめんなさい。」
「……」
先輩は気まずそうに私を腕の中から解放すると、そのまま両手を自分の膝について屈みながら私の顔を覗き込んだ。
「泣いてるの?あーごめん、そんなに嫌だった?」
「……先輩の考えてる事、私全然分からなくて。ホントに分からなくて。」
「……ごめん。俺も焦りすぎた。」
「先輩は……付き合うことになったらすぐにハグとかキスとかできるんですか?私はそういうの分からないんですけど。それって普通なんですか?」
先輩は少しだけ不機嫌そうな顔になるとふいっと横を向き大きなため息をついた。
私は勢いで口から飛び出した言葉に戸惑いながら、気まずくなってうつむいた。何か間違った事を口にしちゃったのか……分からない。
「さっきから普通普通って言うけど、何なの?そんなに他の子と比べて欲しい?」
「そういう訳じゃないですけど……」
「俺は好きな子とじゃなきゃキスはしたくないよ?でもそれが普通なのかって言われたら分からない。椙山はどうなの?」
「私も……好きな人じゃないとできません。」
傷付いたような顔をして、先輩は勢いよくその場にしゃがみ込んだ。
「それって……意味分かって言ってる?」
「あ……その……違います。先輩の事好きじゃないって意味じゃなくて……。」
「前も俺言ったと思うけど、椙山はいつも大事な事は口に出して言わないよね?どうして?」
「……」
「俺の方から無理に聞くことじゃないような気がして今までずっと黙ってたけどさ。俺達付き合ってるはずなのに、まだ椙山から好きだって言われたこと一度もないんだよ?訳分かんなくない?」
「ちょっと待ってください?……私……。」
訳が分からないのは私も同じだった。
好きだと一度も言っていないなんてことはないはず……ハズ……?
「俺、十分待ってると思うよ?椙山の口からその一言を聞くの。」
「私……先輩は私の事を知らないんだって……もしかしたら名前すら知らないんじゃないかって、ずっとそう思ってました。違ったんですね。」
入学してすぐに私の存在に先輩は気付いてた……初耳だった。
先輩はまだ笑みをたたえたままでうんと頷いた。
「俺 ” 美術部のカワイイ後輩を泣かせたら許さないから ” って脅されてたしね。」
「脅されてた?」
「そ。多分名前教えてくれたのもアイツだったんじゃないかな?安野。確か3年の時部長してたんじゃない?」
安野先輩の名前が先輩の口から自然に出ると胸がズキンと音を立てた。私が入学した頃には安野先輩はもう高城先輩のことが好きだったってことかもしれない。そこに新入生の私は知らない内にズカズカと土足で踏み込んで行った──。
「安野先輩そんなこと言ってたんですか。」
「美術部のみゆちゃん」
はっと顔を上げると優しい顔をした先輩と目が合った。見慣れない表情にまた胸が苦しくなる。
「……はい。」
「2年間ずっと俺の事見てたくせになーんにもアクション起こさない子。」
「……はい。」
「俺が知ってたのはたったのそれだけ。」
「……」
「お、なんか小雨になってきたっぽくない?」
そう言いながら先輩が指差した窓の向こう側にはほんの少しだけ明るくなり始めた空が広がっていた。
「外出るなら今がチャンスかも。」
「あ、私折りたたみ傘持ってます、二人で入るにはちょっと小さいかもですけど。」
「ならさ、陸上部に置き傘何個かあったはずだから取りに行こうか?おいで。」
流れるように差し出された先輩の左手に少し迷って折りたたみ傘をトンと載せた。
「ん?」
「……」
「何?俺一人で置き傘取って来いってこと?」
「いえ、そうじゃなくて……。」
誤魔化すように鍵を取り出しながら外に出ると後ろからついてきた先輩が私の頭上に傘を差してくれた。
「言葉に出してちゃんと言ってもらわないと俺分かんない。」
「……左手つないだら傘差せないと思って。そしたら先輩が濡れちゃいます。」
「え、そっち?なら繋いでない方の手で差したらよくない?」
「普通そうするんですか?疲れません?」
「普通……かどうかは知らないけど、疲れるかどうかはやってみたら分かる。」
外廊下を手を繋ぎ傘を傾けながら早足で通り過ぎると、ほんの少しの距離のはずなのに息が弾んだ。結局傘に入り切らなかった先輩の右肩と私の左肩が少しだけ濡れている。
「あー分かったかも。多分普通は腕組むんじゃない?もしくは肩に手を回す?なるべくくっつかないとやっぱ濡れるよ。」
「先輩さっきからなんか私の事からかって遊んでません?」
「気付いた?……俺も男の子なんで、一応。」
バッグの中からハンカチを取り出し先輩に差し出すと、ハンカチごと手をがっしりと掴まれた。
「ごめん、今度は逃げないで?」
ゆっくりと先輩の顔が近付く気配に気が付くと、咄嗟に目を閉じて顔を背けた。先輩はそのまま顔を私の肩にトンとつけると、嫌?と小さな声で呟いた。
「嫌じゃないですけど、まだ……無理です。ごめんなさい。」
「……ホントに嫌じゃない?じゃハグは?」
両手がそっと後ろに回されるのが分かった。ギュッと閉じていた目を薄っすら開けると涙が零れそうだった。
「無理です、ホントにごめんなさい。」
「……」
先輩は気まずそうに私を腕の中から解放すると、そのまま両手を自分の膝について屈みながら私の顔を覗き込んだ。
「泣いてるの?あーごめん、そんなに嫌だった?」
「……先輩の考えてる事、私全然分からなくて。ホントに分からなくて。」
「……ごめん。俺も焦りすぎた。」
「先輩は……付き合うことになったらすぐにハグとかキスとかできるんですか?私はそういうの分からないんですけど。それって普通なんですか?」
先輩は少しだけ不機嫌そうな顔になるとふいっと横を向き大きなため息をついた。
私は勢いで口から飛び出した言葉に戸惑いながら、気まずくなってうつむいた。何か間違った事を口にしちゃったのか……分からない。
「さっきから普通普通って言うけど、何なの?そんなに他の子と比べて欲しい?」
「そういう訳じゃないですけど……」
「俺は好きな子とじゃなきゃキスはしたくないよ?でもそれが普通なのかって言われたら分からない。椙山はどうなの?」
「私も……好きな人じゃないとできません。」
傷付いたような顔をして、先輩は勢いよくその場にしゃがみ込んだ。
「それって……意味分かって言ってる?」
「あ……その……違います。先輩の事好きじゃないって意味じゃなくて……。」
「前も俺言ったと思うけど、椙山はいつも大事な事は口に出して言わないよね?どうして?」
「……」
「俺の方から無理に聞くことじゃないような気がして今までずっと黙ってたけどさ。俺達付き合ってるはずなのに、まだ椙山から好きだって言われたこと一度もないんだよ?訳分かんなくない?」
「ちょっと待ってください?……私……。」
訳が分からないのは私も同じだった。
好きだと一度も言っていないなんてことはないはず……ハズ……?
「俺、十分待ってると思うよ?椙山の口からその一言を聞くの。」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる