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雨上がりまであと少し
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たった2日。卒業式の日に先輩に付き合ってくださいと言ってからまだたったの2日しか経っていなかった。
名前も知らない後輩と1週間だけ付き合う事を快諾した先輩の返事に驚き、それまでの2年間、全く近付くことのなかった先輩と私の距離が急激に縮まっていく事に戸惑い、自分でももうどうしたらいいのか分からなくなってきていた。
私の思っていたのと全部違った。
クールで無口な人だと思っていた先輩は、思っている事をストレートに口に出せる意外とおしゃべりな人だったし、まるで長い付き合いだったのかと勘違いするほどに最初から打ち解けた態度で接してくれた。
「私……先輩に好きですって伝えてもしょうがないって思ってて。最後まで言うつもりありませんでした。でも卒業式の終わった後、先輩が陸上部の子と話してるの聞いて……。なんか勘違いしちゃったみたいで。」
「うん」
廊下にしゃがみ込んだまま、先輩は私が話すのを静かに聞いてくれる。
多分今を逃すと、こんな風に二人で顔を合わせて話す機会は2度と訪れない。これが最後のチャンスだとなんとなく分かって、私は自分の思っている事を全部話そうと覚悟を決めた。
「先輩がここからいなくなる前に、最後に思い出を……作りたいって。」
「最後の思い出作り?2年間の片思いの総仕上げ的な?」
「違います。私じゃなくて先輩の。高校生活最後の楽しかった思い出に……その一部に私なりたくて。」
「……ごめん、違いがよく分かんない。」
「……私はどうでもいいんです、この2年間いろいろ楽しかったから。でも先輩、あの時何もいい思い出なかったってそう言ってたから……それが悲しくて、なんか嫌で。」
「……」
「そんな風に思ったまま先輩がここからいなくなる前に、何か自分にもできる事があるんじゃないかって。勘違いしちゃったんです。」
「勘違い……だね、ほんと。」
「はい。結局私がどう頑張った所で、たった1週間じゃ何もできる訳なかったんです──。」
先輩はようやく立ち上がると、黙ってこちらに右手を差し出した。手をつなぐのとは違う、握手の形で。
「もう分かった。……握手、して。」
「はい?」
右手を差し出すときゅっと握られた。握手──意味が分からずに先輩の顔を見上げると先輩は握手をしたまま真っすぐに私を見ていた。
「ありがと、全部話してくれて。あと、おめでとう。ちゃんと、俺の記憶の中に椙山美優は残ってるから大丈夫だよ。」
熱いものがぐっとこみ上げて来て何も言えなかった。
先輩の優しい言葉に、なんだかよく分からないけれど私は報われたのかもしれないと思った。私は望んでいた通り、先輩の記憶の中に残してもらえる事になったみたいだった。いい方なのか嫌な方なのかはこの際もうどうでもいい。どうせ今更過去の出来事を変える事なんてできない。
「でもね、残念ながら50点。不合格。」
先輩は私の頭をポンと叩くと出入り口の方に向かって歩き出した。
零れ落ちる寸前で留まっていた涙をこすると、ぎょっとして先輩の後姿を目で追う。
「厳しい……。」
「過程は分かったけど結論出てないじゃん、だから。」
「結論……って言われても……」
「後1週間、待つ。それ以上は待てないよ?」
──1週間待つって……何を?結論って何?
出入り口で音を立てて傘を開くと、先輩は私に向かって小さく手招きをした。慌てて追いついた私の手に傘を握らせると、先輩は小雨の中へいきなり飛び出しそのままグランドの脇にある陸上部の部室目指して走り出した。
スニーカーが撥ねた泥が後方に高く舞い上がり、水たまりを避けて大きくジャンプした足元が滑り一瞬足をとられる。練習が終わったのか道具を片付け始めたサッカー部員が数人何かを言いながら先輩の方に頭を下げている。先輩はどこからか透明なビニール傘を探し出してくるとそのまま少し言葉を交わした後、後輩たちに軽く手を挙げて別れを告げ、こちらへ戻って来る。
特別な何かが起きた訳でもない雨の日によくありそうなその数分の光景を、残さず全部記憶の中に留めて置けるよう私は固唾をのんで見守っていた。
「うち、来る?チャリ置きに帰りたいから。」
「え?先輩の家……ですか?」
「家の前までだからそんな露骨に警戒しないの。すぐだよ、ここから。」
「ほんとですか?美術部の体力のなさ、先輩知らないでしょ?」
「確かに。これは今すぐ確認しとかないとまずい。」
先輩は一瞬驚いたような表情になると、ぷっと吹き出して楽しそうに笑った。こちらに向かって歩いてきていた先ほどのサッカー部員が私の方をジロジロと見ている。
「高城さん、彼女?」
「ん?そう。今から一緒に帰るとこ、邪魔すんな。」
「……お疲れっす。」
「お疲れ。」
にやにやと笑いながら走って逃げていく後輩を見送りながら、先輩はあれヒロトの弟だよと教えてくれた。
名前も知らない後輩と1週間だけ付き合う事を快諾した先輩の返事に驚き、それまでの2年間、全く近付くことのなかった先輩と私の距離が急激に縮まっていく事に戸惑い、自分でももうどうしたらいいのか分からなくなってきていた。
私の思っていたのと全部違った。
クールで無口な人だと思っていた先輩は、思っている事をストレートに口に出せる意外とおしゃべりな人だったし、まるで長い付き合いだったのかと勘違いするほどに最初から打ち解けた態度で接してくれた。
「私……先輩に好きですって伝えてもしょうがないって思ってて。最後まで言うつもりありませんでした。でも卒業式の終わった後、先輩が陸上部の子と話してるの聞いて……。なんか勘違いしちゃったみたいで。」
「うん」
廊下にしゃがみ込んだまま、先輩は私が話すのを静かに聞いてくれる。
多分今を逃すと、こんな風に二人で顔を合わせて話す機会は2度と訪れない。これが最後のチャンスだとなんとなく分かって、私は自分の思っている事を全部話そうと覚悟を決めた。
「先輩がここからいなくなる前に、最後に思い出を……作りたいって。」
「最後の思い出作り?2年間の片思いの総仕上げ的な?」
「違います。私じゃなくて先輩の。高校生活最後の楽しかった思い出に……その一部に私なりたくて。」
「……ごめん、違いがよく分かんない。」
「……私はどうでもいいんです、この2年間いろいろ楽しかったから。でも先輩、あの時何もいい思い出なかったってそう言ってたから……それが悲しくて、なんか嫌で。」
「……」
「そんな風に思ったまま先輩がここからいなくなる前に、何か自分にもできる事があるんじゃないかって。勘違いしちゃったんです。」
「勘違い……だね、ほんと。」
「はい。結局私がどう頑張った所で、たった1週間じゃ何もできる訳なかったんです──。」
先輩はようやく立ち上がると、黙ってこちらに右手を差し出した。手をつなぐのとは違う、握手の形で。
「もう分かった。……握手、して。」
「はい?」
右手を差し出すときゅっと握られた。握手──意味が分からずに先輩の顔を見上げると先輩は握手をしたまま真っすぐに私を見ていた。
「ありがと、全部話してくれて。あと、おめでとう。ちゃんと、俺の記憶の中に椙山美優は残ってるから大丈夫だよ。」
熱いものがぐっとこみ上げて来て何も言えなかった。
先輩の優しい言葉に、なんだかよく分からないけれど私は報われたのかもしれないと思った。私は望んでいた通り、先輩の記憶の中に残してもらえる事になったみたいだった。いい方なのか嫌な方なのかはこの際もうどうでもいい。どうせ今更過去の出来事を変える事なんてできない。
「でもね、残念ながら50点。不合格。」
先輩は私の頭をポンと叩くと出入り口の方に向かって歩き出した。
零れ落ちる寸前で留まっていた涙をこすると、ぎょっとして先輩の後姿を目で追う。
「厳しい……。」
「過程は分かったけど結論出てないじゃん、だから。」
「結論……って言われても……」
「後1週間、待つ。それ以上は待てないよ?」
──1週間待つって……何を?結論って何?
出入り口で音を立てて傘を開くと、先輩は私に向かって小さく手招きをした。慌てて追いついた私の手に傘を握らせると、先輩は小雨の中へいきなり飛び出しそのままグランドの脇にある陸上部の部室目指して走り出した。
スニーカーが撥ねた泥が後方に高く舞い上がり、水たまりを避けて大きくジャンプした足元が滑り一瞬足をとられる。練習が終わったのか道具を片付け始めたサッカー部員が数人何かを言いながら先輩の方に頭を下げている。先輩はどこからか透明なビニール傘を探し出してくるとそのまま少し言葉を交わした後、後輩たちに軽く手を挙げて別れを告げ、こちらへ戻って来る。
特別な何かが起きた訳でもない雨の日によくありそうなその数分の光景を、残さず全部記憶の中に留めて置けるよう私は固唾をのんで見守っていた。
「うち、来る?チャリ置きに帰りたいから。」
「え?先輩の家……ですか?」
「家の前までだからそんな露骨に警戒しないの。すぐだよ、ここから。」
「ほんとですか?美術部の体力のなさ、先輩知らないでしょ?」
「確かに。これは今すぐ確認しとかないとまずい。」
先輩は一瞬驚いたような表情になると、ぷっと吹き出して楽しそうに笑った。こちらに向かって歩いてきていた先ほどのサッカー部員が私の方をジロジロと見ている。
「高城さん、彼女?」
「ん?そう。今から一緒に帰るとこ、邪魔すんな。」
「……お疲れっす。」
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