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時空の楽園編
第一話 序章〜私の記憶〜
しおりを挟む私は最近、考える。
人は最期の瞬間に何を思い、考えるのか
と。
それは誰も知る事の出来ない記憶。
命の終わる瞬間の記憶は、どこにも残らない。
では何故、私には"終わり"の記憶があるのだろうか。
これは夢なのだろうか。
この命が果てた様な感覚を確かに覚えた気がする。
全てが終わる、あの音の無い恐怖を。
ならば何故、私は此処に居るのだろう。
頭の中にずっと、強烈に刻まれている
あの光景は一体何なのだろう。
私は此処に居る、沼津《ロストランド》に。
あれから千年が過ぎたこの時間のこの場所で私は今、生命の鼓動を刻んでいる。
住み慣れた街の景色はどこまでも生々しく記憶に刻まれ、当たり前の様に常に私の胸の中で色鮮やかに存在し続けている。
美しく広大な蒼い海がどこまでも続く街だった。
海を渡ってやってくる風が肌を優しく撫でるあの街の感覚が愛おしい。
信じられるだろうか。
今私が立っている場所は、あの時と全く同じ場所。
でも、時間だけが異なっている。
千年と言う途方も無い時間の果てに形を歪に遺しながら変化した、私の生まれ育ったあの街に居るのだ。
形は変わる。
どんな物でも。
街も、人も、大地も、星さえも。
目に見える物は全て、時間と共に変わっていく。
しかし私は最近よく考える。
目に見えない物は変わらないのかも知れない
私はここに記憶を遺す事にした。
私達が生きてきた時間を。
時間の中に消えていった者達が生きた歴史を。
目に見えぬ生きた痕跡を。
あの時のこの街から。
そして千年の時が経ったこの街から。
ピチャッ
色の無い無音の世界で、水滴が落ちるような音が大袈裟なまでに響き渡る。
人の営みが成された世界ならば、こんな音は誰にも気づかれないだろう。
誰もが見逃すであろうその微量な音は、この無音の世界では唯一の音である様に私の耳に刻まれていく。
無意識に音の鳴る方を見つめてみると、そこには信じがたい光景が広がって居た。
「ジンドウ…?」
私の目の前には、恐ろしく巨大な存在がそびえ立っている。
到底現実とは思えぬその異質な存在の名前を私は知っていた。
ジンドウ。
何故だろうか、その名を呼ぶだけで心が安心するような安らぎを得る。
この無音の世界で私に唯一寄り添ってくれる様な温もりを感じるのだ。
しかし同時に、言いしれぬ恐怖も感じていた。
私はその恐怖に違和感を覚えた。
ジンドウは"守り神"なのに。
その得体の知れない感覚に包まれる私を、ジンドウは見つめている様に感じた。
「何かを言いたいの…?」
そう私が呟くと、ジンドウは強烈な閃光に包まれて行く。
その閃光は、ジンドウのずっと真上に位置する月の様な物から発せられていた。
同時に、無音のこの世界が崩れていく。
暗闇が光に照らされ、亀裂が入っていく様に崩壊を始める。
卵の殻が割れるような音が無音をかき消す。
私は恐怖に包まれ、何とかこの場所から逃げなければと言う必死な生存本能に囚われ無我夢中で走った。
どこに行けば良いのかも分からぬ暗闇の中を走る私の前に再びジンドウが現れる。
その巨大な顔が私の行く手を塞ぐ。
背後からは崩壊する亀裂音が迫る。
恐怖はここでピークを迎えた。
不思議なまでに声が出ない。
人は本当に怖い物を目の前にした時、言葉1つ出てこない。
私はそのまま、言葉を発すること無く光で崩壊する闇の中へ飲み込まれていくのだった。
はっ!!!!
目が覚めるとそこは見慣れた天井だった。
カーテンの隙間から心地よい日差しが舞い込んでいる。
朝だ。
季節は初夏を迎えた様な暑さだった。
私の身体は汗でびしょびしょになっていた。
だが確実に分かる、これは暑さで出た汗じゃない。
言いしれぬ恐怖によって出てきた汗。
「夢…?」
そう、先程までの光景は全て夢だった様だ。
目覚めと同時に夢であった事が分かる安堵。
あの恐怖は現実ではない、そう脳が理解するまでには少し時間が掛かった。
「夢だったんだよね…?なんだろう、なんか気持ち悪い感じ」
夢とは不思議なもので、大抵は朝目が覚めるとその内容は覚えてない物だ。
同時に、夢の中では現実離れした支離滅裂な光景の中に居ても違和感を感じたりする事なく無意識にその光景を受け入れている。
しかし、この時の私は何か違和感を感じていた。
夢であったようには思えない生々しさが身体に残っている様な感覚。
まるで実際に体験した記憶を思い返してた様な…。
窓から入ってくる柔らかな風で私の髪が揺れた。
汗が冷えて行き、初夏でも少しだけ寒さを感じる。
心地よい風だ。
夏の気温ではある物の、不快さは全くなかった。
これから夏本番を迎えると言う時期である。
ゆっくりとベッドから起き上がりカーテンを開けると、まばゆい太陽の光が私の全身を照らした。
「んーっと!!!今日も空気が美味しい。」
大空に向かって思い切り伸びをして身体を整える。
太陽の光が全身を照らす。
身体中の細胞が生き生きと動き出すのが分かる。
「もうこの景色も見慣れたなぁ」
どこまでも続く海。
大自然に溢れる大地。
木々の葉を揺らす優しい風。
住み慣れた街の景色…今となっては、と言うべきだろう。
夏特有のジメジメとした湿気などは全く感じさせない、理想的な空気だった。
トントン
「起きてますかー??開けるよー?」
誰かがドアをノックする音がした。
聞き慣れた声も共に。
「どうぞ」
ガチャッ
ドアが開くと、明るく元気な笑顔を纏う女の子が入ってきた。
「ごめんね入ってきちゃって。イサさん珍しく遅くまで寝てるから具合でも悪いのかと思ってさ。ていうか本当に具合悪そうに見えるんだけど大丈夫…?」
私を心配して来てくれたらしい。
相変わらず優しい子だ。
人を思いやる気持ちに満ちて、その明るく元気な存在感で周囲を癒す存在、エメラルドグリーンの美しい髪色の彼女の名はユザナ。
「大丈夫よユザナちゃん、ちょっと変な夢見ちゃってうなされてたみたいで。凄く汗かいちゃうくらい怖い夢だった」
「どんな夢?」
「うーん、よく思い出せないんだよね…何かに襲われるような夢だったと思う、はは」
作り笑いで少しだけ嘘をついた。
確かに全てを鮮明に思い出せと言われれば所々記憶が曖昧ではあるが、大体は覚えている。
ビジョンとしてと言うよりは、体感として身体が覚えている感じだ。
だが、この時この夢の内容は誰にも話したくなかった、話してはいけない気がしたんだ。
嘘をついた罪悪感も含めた私の作り笑いを、たぶんユザナちゃんはこの時気づいて居たのだろう。
その上で優しく
「疲れてるなら今日は休んだ方がいいんじゃない?ガウランのマスターには私から伝えておこうか?」
今日は昼から予定があった。
沼津港にあるカフェでありダイニングバーでもあるガウラン。
そこのマスターの元で私はアルバイトとして雇って貰っている。
今日はガウランが竜魚と言う巨大な魚を仕入れた為、料理の仕込みだったり搬入だったりで色々と大変だそうで。
アルバイトの私だけでは足りず、ユザナちゃんにも出払って貰う事になっていた。
「本当に全然大丈夫だから、心配してくれてありがとう。朝ごはん食べたらゆっくり支度するよ」
「なら良いけど、無理しないでね。今日は私が当番だし朝ごはんは作ってあるから、安心して顔を洗っておいでよ。」
ニコッと笑って私にそう言うユザナちゃんの顔を見ると、ある事に気付く。
「ユザナちゃんは口元を洗ったほうが良いんじゃないの」
「え?」
心当たりがあったのか、慌てて口元に手をやろうとするよりも早く私が言葉を発した。
「きな粉ついてる」
「あ、しまった!!!」
直ぐ様ハンカチを出して口を拭くユザナちゃんのそのおっちょこちょいな挙動はどこか和やかであり、可愛らしくも感じる。
「今って朝の9時前だよね?こんな朝早くからソフトクリーム食べにいってたの?笑 HappyFineさんまだ営業時間外じゃないの?」
「だって朝食当番でいつもより早く起きたから!でね!朝の散歩してHappyFineの前通ったらハレルヤさんに会ってー!話し込んでたらご馳走してくれたの!」
HappyFine、それはこの街にあるソフトクリーム屋さん。
私達がガウランさんと同じくらいお世話になってるお店で、特にユザナちゃんがいつも店長のハレルヤさんに良くしてもらってて、ハレルヤさんを実の姉のように慕っており、まるで姉妹のよう。
その光景は微笑ましいの一言だ。
ユザナちゃんは事ある事にHappyFineの黒蜜白玉きな粉ソフトを食べている、もはや主食がそれと言えるレベルだ。本当に毎日のレベルで食べており、良く太らないなと正直思ってしまう…。
しかしその気持ちも十分に分かる。
HappyFineさんのソフトクリームは本当に格別だ。
まずベースとなるバニラソフトの時点で他のソフトクリームとは一線を画す。
食べたらやみつきになるのも無理はない。
かく言う私も頻繁に食べている。
ちなみに私は自家製レーズンソフトが好きだ。
「やれやれ…私もガウランに行く前に食べに行こ。あれ、そう言えばリクトくんは?」
私は不意にある男性の名前を口に出し、彼の事を尋ねる。
「リクトくんはガウランのマスターに叩き起こされて竜魚の搬入作業に連行されたよ、相当な力仕事だから私達には厳しいから仕方ないね」
「あらら、じゃあちょっとだけゆとりを持って支度できるか笑」
「そうそう、マスターが迎えに来た時に差し入れでピクルス置いてってくれたから朝ごはんで一緒に食べて」
「うわ、早く顔洗って朝ごはん食べよ!!」
ピクルスと聞いてすぐに私の表情は活気にあふれた。
ガウランのマスターのお手製のピクルス、これも絶品の一言だ。
様々な野菜をピクルスにして盛り合わせてくれる、酸味と甘味の効いた濃厚な味は、お酒を飲む人間からすると極上の味わいだと一瞬で分かる。
ガウランでピクルスとお酒と共に楽しむのは贅沢な一時。
勿論お酒の当てにだけではなく、食事のお供にも最適なのだ。
そして今名前の上がったリクトくん。
彼は私とユザナちゃんと共にここで暮らす男性だ。
ユザナちゃんと同じ様に元気で活気のある人で、何事にも真っ直ぐにぶつかっていく、全力少年と言わんばかりの人。
そんな彼は、大きな使命を背負っている。
あまりにも大きすぎる、とても壮大な使命を。
それが何なのかは、もうすぐ分かるだろう。
そう、もうすぐに。
私達もまだ理解しきれていない、大きなその使命を。
私は顔を洗い、ユザナちゃんの作った朝食とガウランのピクルスを食べたながら朝を過ごしていく。
こうやって朝の何気ない一時が流れていく。
今日も変わらず。
この3人で私達は、この沼津で生活している。
港の近くにあるコテージで。
そう、住み慣れた街、沼津でだ。
だけど少しだけ違う事がある。
それは…
ドオォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!
凄まじい地鳴りの様な音が鳴り響く。
その轟音に空気が揺れ、その衝撃で周りの木々の葉がざわめく。
私は朝食の手が止まった。
食器が揺れ、テーブルから落ちない様に手で押さえながら。
ユザナちゃんと共に慌てて外に出ると、そこには信じられない光景が広がっている。
現実とは思えない光景だが、私達はもうこの光景を何度か目の当たりにし、あまり言いたくは無いが慣れてしまっている部分もあるのだ。
港の方から煙が上がる。
海から"巨大な何か"が姿を現したのだ。
「イサさん、あれってガウランのマスター達が居る方だよね!?」
「すぐに行こう!!!」
私とユザナちゃんは一瞬で覚悟を決め、コテージを飛び出した。
音の鳴る方角へ。
すると次の瞬間、今度は私達の向かう先に青白い閃光が現れる。
強烈な光だった。
美しいその光はたちまち周囲を鮮やかに照らす。
どこか優しく、暖かい物だった。
そして光が見えた途端に私達の心には安心が芽生える、一瞬にして心強さに溢れる。
強烈な閃光が優しく収まって行くと、その光の中心にはあの巨大な存在が佇んでいた。
そう、私の夢の中にも現れたあの巨神。
私達の住んでいた沼津から、千年の時間が経ったこの地、"ロストランド"の地に巨大なシルエットが立ち上がった。
その巨神の勇ましい姿が視界に入った瞬間、私は不意に囁く。
頑張れ、リクトくん
これが彼の背負った使命だった。
だが私も、ユザナちゃんも、何よりリクトくん自身も、まだその全てを理解していない。
その全容は、もうすぐ分かるだろう。
私達が生きていくこの瞬間の一つ一つが、その答えに繋がる欠片だ。
私達が生きた時代と、これから生きる時代の歴史は、きっとどこまでも語り継がれていく筈だ。
これを観ている貴方もまた、その歴史を知り、刻み、伝えていく語り部の1人なのだ。
だからこれから始まる歴史の一幕に、一緒に飛び込んで欲しい。
誰もが命を背負い、歴史を形作っている。
人が生きた時間は、歴史だ。
誰かが語り継ぎそれを知り、未来へ繋がっていく。
人が命が終わっても、語り継がれる歴史の中でその人生が生き続けていく。
その物語の数々が一人でも多くの胸に刻まれる事を願って、私はこの記録を遺します。
そう、君との冒険は直ぐそこに。
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