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時空の楽園編
第二話 【現実を生きる】
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「頑張れ、リクトくん」
私は不意にそう囁いた。
私達の目の前には、恐ろしく巨大な存在が勇ましく佇んでいる。
そう、それこそが巨神。
【巨神ジンドウ】だ。
ジンドウは私達に背中を向け、港から少し進んだ海に立っている。
ここから先は一歩も通さない
そんな力強い意志を、私はジンドウの背中から感じた。
その意志を放っていたのは、巨神の中に居る彼、
リクトくんだ。
リクトくんがジンドウの中に入り、巨神を動かしているのだ。
まるでどこかのロボット漫画の様にも聞こえるその状況は、ここに立つ私達にとっては決してフィクションではない。
紛れもなくジンドウの中にリクトくんが居て、そしてその前に迫る異形の存在と対峙しているのだ。
いつからだろう、ジンドウを見ると、巨大な存在を見ていると言う非現実感よりも、リクトくんそのものを見てるような感覚になっていた。
それは心を満たす安心感にも似ていた。
彼曰く操縦する、という感じでは無いらしい。
殆ど自身がジンドウになっているような感覚で動かしているそうだが、ジンドウにに乗る事が出来ない私やユザナちゃんからしたらまるで分からない感覚である。
「イサさん、香貫山の結界が来るよ!」
ユザナちゃんがそう私に告げると、かつての沼津市にあった香貫山の頂上からジンドウが放つ光とよく似た色の閃光が天に向かって放たれた。
香貫山。
沼津港からも見えるその巨大な山は、千年前のかつての沼津では観光地として高い人気を誇っていた。
今は千年前の時と比べてその形は変化し、歪に面影を遺している。
恐らく当時の人達が今の香貫山を見ても、直ぐには気付かないだろう。
私達はこの非現実的な光景を何度も見てきた。
最早"見慣れた"と言っても過言では無いだろう。
「結界が完全に張るまで3分くらいかかるけど、警護隊も避難誘導に動き出したみたいだし何とかなりそうだね、私達も周辺の人達の避難の手伝いをしなきゃ!」
ユザナちゃんが強い意志を秘めた眼差しでそう呟く。
持ち前の優しさとそこに強さが加わり、非常に頼もしい面構えである。
"結界が張るまでの3分間"
これが生命線だ。
香貫山の頂上から放たれる光は、程なくして周辺を強力な結界で覆うのだ。
この結界の内部に入れば、襲い来る災害からは守られる事になる。
問題はその結界の範囲だ。
沼津全てを覆う程の結界ではない。
香貫山からその近隣にあるこの街の中枢を担う宮殿、そして沼津駅周辺までの限られたエリアまでしかこの結界は張られないのだ。
その為、災害時は結界の張る場所まで避難する必要がある。
この結界は一度張られると強固な防壁となるが、人間や動物と言った生物はある条件を満たせばこの結界を通過する事が出来る。
なので結界が張られた後でも現地に着けば避難は出来る。
それによって避難移動の要となるのが蛇松ライン。
この千年後の沼津に置いて移動の要となる鉄道。
かつての沼津に存在していた貨物線である蛇松線を復活させ、新たに線路を構築しロストランド各地を走る鉄道であり、災害時には避難民を乗せて結界内まで運ぶと言う重要な役割を担う。
勿論当時の蛇松線とは大きく異なる線路図ではあるのだが。
「そうだねユザナちゃん、私達に出来る事に集中しよう!港地区の人達が宮殿シェルターまで避難する時間は他に比べて短時間で済むけど、東地区はまだ前回の復興の最中…今回はそっちまで戦闘が広がらなければ良いけど…」
私がそう呟いたその時、
"ギシャァァァァァァァァァァァァア!!!!"
恐ろしく禍々しい雄叫びの様な音が鳴り響いた。
その音に草木が揺らいでいる。
聞くだけで恐怖を掻き立てられて背筋が凍る様な感覚に襲われる。
そのあまりにも恐ろしい雄叫びに私達は耳を塞ぐ。
「またヒトツメ…いつまで続くの!」
ユザナちゃんのその言葉には、怒りも込められていた様に感じる。
"ヒトツメ"。
それこそが、この千年後の沼津に訪れる災い。
恐ろしく巨大な体躯を誇る、異形の怪物。
それは必ず海からやって来る。
必ずこのロストランドを目掛けて。
人の身体を模したような身体構造を一部に持ちながら、海洋生物のパーツを歪に混ぜ合わせた様な醜悪な外見をしており、見る者の精神に大きな不安と恐怖と嫌悪感を与える。
感情など一切宿さないギョロッとした巨大な1つの目玉を必ず持つ事から、ヒトツメと呼ばれる。
本来の名は"ジュガ"とも言うらしい。
かつて私達が住んでいた沼津にはそんな物は存在しなかった。
存在してはならない筈だ、こんな恐ろしい物が。
「まだひと月も経ってないのに…なんかいつもと様子が違う…?」
私は不可解な感覚を覚えた。
「リクトくんだってまだ前回の傷が完全には癒えてない…私の治癒の力がもっと強ければ良かったのに…」
ユザナちゃんは悔しそうにそう言った。
「そんな事ないよ、ユザナちゃんは全力でリクトくんの傷を癒そうと頑張ったでしょ。街を守ろうとリクトくんも全力で戦った、皆全力でやれる事をやってるんだから。今は目の前の現実に全力で立ち向かおう」
私の言葉を聞いたユザナちゃんは、少し目に水を含んだ様にも見えた直後に表情を硬めた。
「そうだね!悔やむ事よりも、次に悔やまない為に今を頑張らなきゃ!」
「そうだよ、リクトくんがどれだけ傷だらけになっても安心して帰ってこれる場所を私達が守らないとね!」
私達とユザナちゃんの気持ちはいつでも一緒だ。
《リクトくんが帰ってこれる場所》
それを守る。
リクトくんが街を、人々を、私達の今を守ってくれている。
だから私達は、そんなリクトくんを守りたい、いつでもそう思っている。
ドゴッ!!!
鈍くて重い音が周囲に鳴り響く。
どうやら戦いが始まった様だ。
港から現れたヒトツメに向かって、ジンドウが立ち向かって行った。
ジンドウの強烈な拳が、ヒトツメの顔と思しき部位に目掛けて打ち込まれた。
ヒトツメが生物である事は間違いないのであろうが、およそ生物の身体に物が当たった音とは程遠く、まるで巨大な金属の塊が岩石の上に落下した様な激しい音であった。
ジンドウとヒトツメが組み合った衝撃によって発生した波が陸に向けて押し寄せる。
沼津港に張り巡らされた防波堤でギリギリ防げる程の高さである。
それを見てか、リクトくん=ジンドウはヒトツメに掴みかかり、強力な推進力で陸から離れた場所に移動する。
ジンドウの背中から生えた2本のダイヤモンドの様な器官が青く発光し、背中に大きな推力を与えてまるでジェット噴射のように前方に進んでいく。
戦いの余波が街に及ばぬ様に、常に気を張って戦わねばならない。
そんな彼の気苦労を思うと、胸が締め付けられる。
激しいヒトツメの抵抗で思う様に前に進まないジンドウの姿を見て、私はとてつもなく心が苦しくなった。
そんなジンドウの姿を眺める私達も、ゆっくりはしていられない。
まだ避難は始まったばかりだ。
避難中の人達の手伝いをしなければならない。
特に移動に当たり、子供達や老人の人達、足の不自由な人達の助力となる事を優先的に行う必要がある。
私達自身でさえも避難をしなければならない。
そう思った矢先、私達の直ぐ後ろでドン!!と何かが衝突する様な音がした。
驚いて振り向くと、少し先の道路で移動車が建物に突っ込んでしまっていた。
「イサさん、助けに行こう!!」
ユザナちゃんの言葉に頷き直ぐ様駆け寄ると、そこには老夫婦の2人が移動車の中に居た。
男性の方は額から血が出てるが、意識はある。
女性の方も幸い大きな怪我等は見受けられない。
うぅー、うぅー、と痛々しい声が男性の口から発せられている。
「大丈夫ですか!?今助けますから!!」
私はドアを開けて、男性の肩に手を当てる。
女性側のドアは建物に面しており開ける事が出来ない。
なので先ずは男性を車外に出してからでないと女性を助ける事は出来ない状況であった。
「ううぅ…ハァハァ、すま、ハァハァ、ない…婆さんをハァハァ」
男性は呼吸が酷く荒い状態で、言葉を発するのもままならない状態だった。
過呼吸だ。
「イサさん、私に任せて!」
するとユザナちゃんが後ろから手を貸してくれて、2人で男性を車外に出すと、ユザナちゃんは男性を支えながら彼の胸に手を当てた。
すると、ユザナちゃんの手の平に鮮やかな緑色の様な光が灯り始める。
「おじいちゃん、大丈夫だからね。おじいちゃんもおばあちゃんも私達が必ず助けるから、安心して。ほら、ゆっくり息を吸って。」
ユザナちゃんのその優しい言葉に呼応する様に、手の平の光は温もりを纏いながら男性の身体をゆっくりと包み込む。
「ハァ、ハァ、ハァ、うぅ…すぅー」
男性はゆっくりと息を吸い込む。
「そう、そしたらゆっくり吐いて。もう一度。」
手慣れたその手つきで優しく男性を包み込み、その暖かな言葉で安心感を与え、的確に男性の容体を回復させていく。
これがユザナちゃんの力だ。
この世界に来てからユザナちゃんに発現した不思議な力、人の傷を癒す治癒の力。
まるでそれは、RPGゲームの回復魔法の様だ。
でも、ゲームではなく現実で目の前に起きている。
その力でユザナちゃんが多くの人を救ってきた場面を私は何度も見てきて、この胸に焼き付けている。
でもそれは、その力だけが理由ではないと私は確信している。
ユザナちゃんが本来持つ、他者を包み込むような優しさがあったからこそ、彼女に救われる人が多いのだろうと。
ユザナちゃんの存在はいつも、皆の心に温もりを与えるのだ。
このユザナちゃんの力については、また後の機会に詳しく話そう。
「おばあさん、ほら肩を貸して。ゆっくり外に出よう、頑張って!」
私は車内に取り残された女性の救出作業に掛かる。
男性の治療に専念するユザナちゃんを背に、私葉私の出来る事をする。
私には、ユザナちゃんの様な力は無い。
ましてや、リクトくんの様な力も。
そう、2人と違い、私は本当にただの人間なのだ。
何も特別な物を持たない。
でもだからこそ、何もしないで悩むのではなく、今の自分の役割をその都度見つけて全力で挑むのだ。
「ごめんねお姉さん…」
申し訳なさそうに謝るおばあさん。
何も謝る必要なんて無いのに。
「謝る事はないですよ、おじいさんも大丈夫だから、ほら」
そうておばあさんの身体を支えると、私はある事に気づく。
車の後部座席に車椅子があった。
そしておばあちゃんの足元には杖が。
どうやら、足が不自由な様だ。
「ごめんね…私足があまり動かなくて…おじいさんは持病があって過呼吸が出ちゃって…」
事情を理解した。
足の不自由なおばあさんを背負い車で避難しようとしたおじいさんは、この状況の不安から持病を発してしまい過呼吸となり、そのまま建物に衝突してしまった様だ。
そして運が良いのか悪いのか、車は滑りながら横向きに建物に衝突しており、それが幸いして運転席と助手席の被害は比較的少なく済んでいるが、助手席の後部座席に設置された車椅子は、衝突のダメージで損傷してしまっている。
「心配はいらないですよ。私達がちゃんとシェルターまで連れていきます。だから今は生き残る事にだけ集中して下さい」
私は覚悟を決めた。
おばあさんを背負って行く。
おじいさんを介抱しているユザナちゃんと目が合った。
私もユザナちゃんも、考えが伝わり一瞬で一致する。
2人で強力して、この老夫婦を助けようと。
ユザナちゃんの力で、おじいさんの過呼吸は収まっている。
しかしまだ身体のダメージがあり、骨が折れているかも分からない為慎重に対処せねばならない。
ユザナちゃんの力は外的要因の傷には有効であるが、持病等の病には効力を発揮しない。
過呼吸等の一時的な表情を抑え込む事は出来るが、生まれながらの持病等の根本的な完治には至らないと言う弱点がある。
その為、足の不自由なおばあさんの足を治す事は出来ない。
万病の特効薬等この世に存在しないが如く、それは現実を突きつけてくる。
それでも、傷の治癒のお陰で大幅に人命救助の力となっているのは間違いない。
「大丈夫、腕の骨が折れてるけど他は幸い無事だよおじいちゃん!腕の骨も何とかするから少し待っててね」
そう言うとユザナちゃんは再び手の平に光を宿す。
おじいさんの腕を治療し始める。
当たり前の様にやっているが、勿論この力だって無償の賜物ではない。
この力を行使するに当たり、ユザナちゃんの体力も消耗する。
治癒する傷の度合いによって、大幅にその体力を消費する事となり、力を使いすぎればユザナちゃんだって危うい状態になってしまう。
かつて、リクトくんが重傷を負った時に治療した際に、その代償としてユザナちゃんは倒れてしまった事がある。
それを踏まえると、あまり良い状況ではない。
過呼吸と傷の治療を行ったユザナちゃんはそれなりに体力を消耗している筈だ。
私がおばあさんを背負って移動するにしても、大幅に移動速度は落ちる。
蛇松ラインまで到達出来れば、後は何とかなるが。
何も起こらなければ…。
私の不安は、ここで嫌な形で的中してしまう。
ドガァァァァァァァァァァン!!!
凄まじい地鳴りが起こった。
リクトくんの戦っている方角を見ると、ジンドウとヒトツメが組合ながら未だ激しい戦いを繰り広げている。
そことは違う方角から地鳴りが発生した事に気づく。
「そんな…どうして!?」
青ざめた表情で、ユザナちゃんはある方角を見る。
「嘘でしょ…?」
私も顔面蒼白となり、ある方角を見つめる。
それはユザナちゃんの見つめた方角とは逆の方向。
一瞬にして、私達は恐怖と不安に包まれる。
ユザナちゃんが見た方角、そして私が見た方角。
どちらからも地鳴りが起こっていた。
私達はそれぞれ見ていた場所の逆を見る。
恐ろしい光景が目の前に広がっていた。
それぞれの方角に1体ずつ、新たなヒトツメが出現したのだ。
その信じられない光景に、私達は一瞬希望を失った。
「そんな…はぁ…はぁ…ヒトツメは1体ずつしか現れない筈じゃないの!?」
ユザナちゃんは息を荒げながら絶叫する。
その声色は明らかに疲労していた。
おじいさんの治療で相当な力を使い、無理をしている状態なのが伝わってくる。
「こんな事は今までに無かった筈…何が起こってるの…?」
私もこの現状を理解する事が出来なかった。
ヒトツメとは、古代の記録から必ず出現する際は1体ずつと言う法則性がある事が判明している。
しかし今回はリクトくんが戦っている個体と合わせて3体。
リクトくんが戦っているヒトツメはまるでタコのような外見のヒトツメ、後から現れた残りの2体はシーラカンスの様な見た目をした異形の出で立ちだった。
すると、片側のシーラカンスの様なヒトツメの目が怪しく発光し始める。
嫌な予感がした。
「ユザナちゃん!!!伏せて!!!」
予感が現実になる前に、伝えなければ。
私は一瞬で判断しユザナちゃんに叫び、同時におばあさんを全身で覆った。
なんとかこのおばあさんを守らねば。
私は必死だった。
その瞬間でユザナちゃんも危険を感じ取り、おじいさんを守ろうとしたのが視界に入る。
それと同時に、凄まじい閃光と機械音の様な無機質な音がした。
ピイィィィィィ!!!
シーラカンスのヒトツメの目玉から、恐ろしい光が放たれる。
その光は港の街の一角を一瞬にして火の海に変えた。
ドカン!!
と爆発音が鳴り響く。
程なくして衝撃波が私達を包み込もうと迫ってきた。
瓦礫の山が迫ってくるのが分かった。
"ここで死ぬのか"
考えたくない思考が瞬く間に脳内を支配した。
だが同時に、諦めたく無い、生きたい、と強い気持ちも込み上げてきた。
その刹那、ユザナちゃんが視界に入った。
ユザナちゃんも私も、おじいさんとおばあさんを全身で包みこんでいた。
絶対に守らなきゃ。
その思いが身体を動かしている。
私達は、最後まで諦めない。
これが最後だなんて思いたくない。
そんな筈はない。
迫りくる爆風を目前に、強く思った。
その時だった。
《見つけたよーーー!!!!!!!》
誰かの声が聞こえた。
聞き慣れた声。
この世界で出会った、私達の友人であり、保護者であり、そして、ユザナちゃんの実の姉の様な存在である、あの人の声が。
その声と同時に、目の前に巨大な存在が現れて、爆風から私達を守ってくれていた。
そこに立つのは、巨大な守護神。
だけど、ジンドウではない。
ジンドウとは違う、この街を守る守護神。
そしてそれに乗るのは、
「お待たせユザナちゃん!!イサちゃん!!ケガはない!?」
「ハレルヤさん!!!!!」
その巨大な守護神から発せられる声を聞いたユザナちゃんが、喜びを纏った声でそう叫んだ。
そう、守護神と共に現れたのはハレルヤさんだ。
HappyFineアイスクリームの店長さん。
そして、ハレルヤさんが乗る守護神の名は、ファインガー。
「遅れごめんね!リコー通りの方の避難はもう済んだから!あとはこっちをなんとかしなくちゃね!」
ファインガーから頼もしい声が聞こえた瞬間に私達の心に希望が灯る。
「あれ、おじいさんとおばあさんも一緒!?ケガしてる!?」
「ケガはなんとか大丈夫です!ただおばあさん足が悪くて」
事情を説明しようとする私の言葉で直ぐ様状況を判断したハレルヤさんは、
「分かった!!警護隊には連絡しておいたから直ぐ来てくれる筈だよ!!、蛇松ラインまで避難すれば大丈夫だから!!あのヒトツメを何とかするから少し待ってて!!」
私達に迫ろうとするヒトツメを1人で引き受けようとするファインガーのハレルヤさん。
そう言うと、ファインガーから不思議な光が私達に向けて放たれる。
「カップシールド!!」
ハレルヤさんのその言葉と同時に、まるでアイスクリームのカップの様な形をしたバリアが私達を包み込む。
「それで何とか身は守れる筈だから!あれを片付けたらファインガーにみんな乗せて上げるから頑張って生き残ってよ!!」
ついでに言うと、何となくこのバリアの中は甘い香りがする。
「ありがとうハレルヤさん!!」
ユザナちゃんがそう叫ぶと、ファインガーは私達に向かってキランッ!とウインクをしてヒトツメの方へ向けて駆けていった。
しかしファインガーと言えど、2体のヒトツメを同時に相手にするとなると非常に危険だ。
リクトくんのジンドウでさえ、ヒトツメ1体を倒すのに相当な苦戦を強いられる。
だが、そんな事で悩むよりも全力で立ち向かう、そんなハレルヤさんの姿は見た者に明るい希望を与えてくれるだろう。
HappyFineの"Happy"の言葉の意味が胸にグッとくる。
「ユザナちゃん、今のうちに行こう!」
私はおばあさんを背負うと、ユザナちゃんにそう告げる。
消耗している今のユザナちゃんに無理はしないで、と言おうとしたが、そんな言葉は無粋だろう。
力強い表情で頷くユザナちゃんを見たら、私も心強くなった。
「クリームランス!!」
ハレルヤさんの声と共にファインガーの持つソフトクリームを模したような武器が、シーラカンスのヒトツメに向けて放たれる。
可愛らしい見た目とは裏腹に、その威力は驚異的でヒトツメの身体を引き裂く。
バシィィィィィィ!!!
クリームランスの刃がヒトツメの胴体を貫こうとするも、間一髪でかわされる。
俊敏な動きを見せるヒトツメは続け様にファインガーへ尻尾の振りかざし攻撃を放つ。
「甘いよ!」
そう言うとファインガーはウエハースの様なこれまた可愛らしい盾で、ヒトツメの尻尾攻撃を防いだ。
本物のウエハースで出来てるのか、攻撃を防ぐとウエハースの破片が辺りに飛散すると言うユニークな光景を見せる。
しかしその防御力は本物だ。
攻撃を防いだ挙動のまま強烈なキックを繰り出してヒトツメに打ち込む。
ファインガーは身軽な動きで素早い挙動を得意とする。
ヒトツメが吹き飛ばされた。
「さぁこれで終わりだよ!」
ファインガーがクリームランスを構えてトドメの一撃を放とうとした。
しかし。
ギシャァァァァァァァァァア!!!!
もう片方に居たシーラカンスのヒトツメがファインガーに向けて襲い掛かってきた。
その瞳を怪しく輝かせ、今正に、先ほど私達の前で放った閃光をハレルヤさんに目掛けて放とうとしていた。
2体のうちの1体がファインガーと戦ってる内に、もう1体は閃光を放つエネルギーをチャージしていたのだ。
「ヤバっ!」
ハレルヤさんがそう呟くと同時にヒトツメの閃光が発射されようとしたその時だった。
《大ジョッキバスターーー!!!!!》
大きな掛け声と共に、強烈な閃光がヒトツメに向けて放たれた。
物凄い光で、直視するのがあまりにも眩しすぎる程だ。
するとたちまちに巨大なエネルギーの光がヒトツメに向かって一直線に伸びる。
正にクリティカルヒットとも言うべき命中。
そのエネルギーが放たれた方角を見たハレルヤさんは言う、
「アキラくん!!おっそいよ!!」
その言葉が向けられた先に居たのは、緑の巨神。
ジンドウの様な大きな身体に、大ジョッキを模したような凄まじく巨大なバズーカ型の武器を逞しく背負っていた。
「悪い悪い、グレートガウランのキーを店に置いてきちゃって取りに行ってたんだよ」
緑の巨神から聞こえて来た声の主は、アキラさん。
またの名をガウランのマスター。
私がバイトしているお店の店長だ。
「なんとか間に合ったから良いじゃん!さぁて、魚をさばくとするかい」
グレートガウランと呼ばれる緑の巨神に乗り込むアキラさん。
よく見ると全身にはビールの樽やお酒の瓶のような形のパーツが散りばめられている。
正にダイニングバーのロボット、とでも言うべきか。
ギラッとしたグレートガウランの眼差しがヒトツメに向けられる。
「今回は2体も現れてるし、リクトくんも向こう戦ってるしなんか異常事態っぽいよね」
ハレルヤさんがそう呟く。
そう言うと次の瞬間、上空からジンドウが降りてくる。
「ハレルヤさん!マスター!ちょっと力を貸して下さい!!」
リクトくんの声がジンドウから発せられる。
「弱気になってんじゃねーよリクト。こっちも3人居るんだし向こうも3人、これでフェアじゃねーか」
男らしくそう告げるアキラさんの言葉はとても頼り甲斐に満ちている。
「いや、3体だけじゃないです。まだ居ます。もっとヤバいヤツが。」
「え、まだいるの!?」
ハレルヤさんの言葉を合図にするかの様に、先ほどの3体のヒトツメが列を成しジンドウ達の前に立ちはだかり、向き合う。
冷静に考えて、グレートガウランの大ジョッキバスターの直撃を受けても尚生きて立ち上がるシーラカンスのヒトツメのタフネスも異常だ。
すると、その後ろから禍々しい赤い煙の様な物が海から溢れ出てきて辺りを暗く染めていく。
「何だありゃ…?」
流石のアキラさんも言葉を失いかける。
「今までとは何かが違う、いつも以上に覚悟決めて行きましょう。早く片付けて今日の夜は一杯やりたいんで!」
リクトくんの言葉にアキラさんはフッと笑ったように
「たまにはイサちゃんにも一杯奢ってやれよ」
と一言を交わす。
「ユザナちゃんにソフトクリームも奢ってあげてよ!」
続いてニコッと笑ったハレルヤさんも、リクトくんに言葉を交わす。
2人を見つめて、頷いたリクトくんことジンドウ。
それと同時にグレートガウランとファインガーも戦闘態勢に入る。
《よし、行くぞ!!!!》
リクトくんの掛け声と共に、3人は禍々しい存在に向けて立ち向かって行った。
かくして、私達はこの未曾有の事態に直面していったのだ。
その前にジンドウって何者かって?
ファインガーとグレートガウランて誰が作ったのって?
なんで千年後の世界に居るのって?
そうだよね、まずそこから説明しなきゃだよね。
この次の機会に、私達の出会いの物語のお話をしましょうか。
千年後の世界で私とユザナちゃんとリクトくん、そしてハレルヤさんやアキラさん、ロストランドの皆と出会った、始まりの物語を。
つづく。
私は不意にそう囁いた。
私達の目の前には、恐ろしく巨大な存在が勇ましく佇んでいる。
そう、それこそが巨神。
【巨神ジンドウ】だ。
ジンドウは私達に背中を向け、港から少し進んだ海に立っている。
ここから先は一歩も通さない
そんな力強い意志を、私はジンドウの背中から感じた。
その意志を放っていたのは、巨神の中に居る彼、
リクトくんだ。
リクトくんがジンドウの中に入り、巨神を動かしているのだ。
まるでどこかのロボット漫画の様にも聞こえるその状況は、ここに立つ私達にとっては決してフィクションではない。
紛れもなくジンドウの中にリクトくんが居て、そしてその前に迫る異形の存在と対峙しているのだ。
いつからだろう、ジンドウを見ると、巨大な存在を見ていると言う非現実感よりも、リクトくんそのものを見てるような感覚になっていた。
それは心を満たす安心感にも似ていた。
彼曰く操縦する、という感じでは無いらしい。
殆ど自身がジンドウになっているような感覚で動かしているそうだが、ジンドウにに乗る事が出来ない私やユザナちゃんからしたらまるで分からない感覚である。
「イサさん、香貫山の結界が来るよ!」
ユザナちゃんがそう私に告げると、かつての沼津市にあった香貫山の頂上からジンドウが放つ光とよく似た色の閃光が天に向かって放たれた。
香貫山。
沼津港からも見えるその巨大な山は、千年前のかつての沼津では観光地として高い人気を誇っていた。
今は千年前の時と比べてその形は変化し、歪に面影を遺している。
恐らく当時の人達が今の香貫山を見ても、直ぐには気付かないだろう。
私達はこの非現実的な光景を何度も見てきた。
最早"見慣れた"と言っても過言では無いだろう。
「結界が完全に張るまで3分くらいかかるけど、警護隊も避難誘導に動き出したみたいだし何とかなりそうだね、私達も周辺の人達の避難の手伝いをしなきゃ!」
ユザナちゃんが強い意志を秘めた眼差しでそう呟く。
持ち前の優しさとそこに強さが加わり、非常に頼もしい面構えである。
"結界が張るまでの3分間"
これが生命線だ。
香貫山の頂上から放たれる光は、程なくして周辺を強力な結界で覆うのだ。
この結界の内部に入れば、襲い来る災害からは守られる事になる。
問題はその結界の範囲だ。
沼津全てを覆う程の結界ではない。
香貫山からその近隣にあるこの街の中枢を担う宮殿、そして沼津駅周辺までの限られたエリアまでしかこの結界は張られないのだ。
その為、災害時は結界の張る場所まで避難する必要がある。
この結界は一度張られると強固な防壁となるが、人間や動物と言った生物はある条件を満たせばこの結界を通過する事が出来る。
なので結界が張られた後でも現地に着けば避難は出来る。
それによって避難移動の要となるのが蛇松ライン。
この千年後の沼津に置いて移動の要となる鉄道。
かつての沼津に存在していた貨物線である蛇松線を復活させ、新たに線路を構築しロストランド各地を走る鉄道であり、災害時には避難民を乗せて結界内まで運ぶと言う重要な役割を担う。
勿論当時の蛇松線とは大きく異なる線路図ではあるのだが。
「そうだねユザナちゃん、私達に出来る事に集中しよう!港地区の人達が宮殿シェルターまで避難する時間は他に比べて短時間で済むけど、東地区はまだ前回の復興の最中…今回はそっちまで戦闘が広がらなければ良いけど…」
私がそう呟いたその時、
"ギシャァァァァァァァァァァァァア!!!!"
恐ろしく禍々しい雄叫びの様な音が鳴り響いた。
その音に草木が揺らいでいる。
聞くだけで恐怖を掻き立てられて背筋が凍る様な感覚に襲われる。
そのあまりにも恐ろしい雄叫びに私達は耳を塞ぐ。
「またヒトツメ…いつまで続くの!」
ユザナちゃんのその言葉には、怒りも込められていた様に感じる。
"ヒトツメ"。
それこそが、この千年後の沼津に訪れる災い。
恐ろしく巨大な体躯を誇る、異形の怪物。
それは必ず海からやって来る。
必ずこのロストランドを目掛けて。
人の身体を模したような身体構造を一部に持ちながら、海洋生物のパーツを歪に混ぜ合わせた様な醜悪な外見をしており、見る者の精神に大きな不安と恐怖と嫌悪感を与える。
感情など一切宿さないギョロッとした巨大な1つの目玉を必ず持つ事から、ヒトツメと呼ばれる。
本来の名は"ジュガ"とも言うらしい。
かつて私達が住んでいた沼津にはそんな物は存在しなかった。
存在してはならない筈だ、こんな恐ろしい物が。
「まだひと月も経ってないのに…なんかいつもと様子が違う…?」
私は不可解な感覚を覚えた。
「リクトくんだってまだ前回の傷が完全には癒えてない…私の治癒の力がもっと強ければ良かったのに…」
ユザナちゃんは悔しそうにそう言った。
「そんな事ないよ、ユザナちゃんは全力でリクトくんの傷を癒そうと頑張ったでしょ。街を守ろうとリクトくんも全力で戦った、皆全力でやれる事をやってるんだから。今は目の前の現実に全力で立ち向かおう」
私の言葉を聞いたユザナちゃんは、少し目に水を含んだ様にも見えた直後に表情を硬めた。
「そうだね!悔やむ事よりも、次に悔やまない為に今を頑張らなきゃ!」
「そうだよ、リクトくんがどれだけ傷だらけになっても安心して帰ってこれる場所を私達が守らないとね!」
私達とユザナちゃんの気持ちはいつでも一緒だ。
《リクトくんが帰ってこれる場所》
それを守る。
リクトくんが街を、人々を、私達の今を守ってくれている。
だから私達は、そんなリクトくんを守りたい、いつでもそう思っている。
ドゴッ!!!
鈍くて重い音が周囲に鳴り響く。
どうやら戦いが始まった様だ。
港から現れたヒトツメに向かって、ジンドウが立ち向かって行った。
ジンドウの強烈な拳が、ヒトツメの顔と思しき部位に目掛けて打ち込まれた。
ヒトツメが生物である事は間違いないのであろうが、およそ生物の身体に物が当たった音とは程遠く、まるで巨大な金属の塊が岩石の上に落下した様な激しい音であった。
ジンドウとヒトツメが組み合った衝撃によって発生した波が陸に向けて押し寄せる。
沼津港に張り巡らされた防波堤でギリギリ防げる程の高さである。
それを見てか、リクトくん=ジンドウはヒトツメに掴みかかり、強力な推進力で陸から離れた場所に移動する。
ジンドウの背中から生えた2本のダイヤモンドの様な器官が青く発光し、背中に大きな推力を与えてまるでジェット噴射のように前方に進んでいく。
戦いの余波が街に及ばぬ様に、常に気を張って戦わねばならない。
そんな彼の気苦労を思うと、胸が締め付けられる。
激しいヒトツメの抵抗で思う様に前に進まないジンドウの姿を見て、私はとてつもなく心が苦しくなった。
そんなジンドウの姿を眺める私達も、ゆっくりはしていられない。
まだ避難は始まったばかりだ。
避難中の人達の手伝いをしなければならない。
特に移動に当たり、子供達や老人の人達、足の不自由な人達の助力となる事を優先的に行う必要がある。
私達自身でさえも避難をしなければならない。
そう思った矢先、私達の直ぐ後ろでドン!!と何かが衝突する様な音がした。
驚いて振り向くと、少し先の道路で移動車が建物に突っ込んでしまっていた。
「イサさん、助けに行こう!!」
ユザナちゃんの言葉に頷き直ぐ様駆け寄ると、そこには老夫婦の2人が移動車の中に居た。
男性の方は額から血が出てるが、意識はある。
女性の方も幸い大きな怪我等は見受けられない。
うぅー、うぅー、と痛々しい声が男性の口から発せられている。
「大丈夫ですか!?今助けますから!!」
私はドアを開けて、男性の肩に手を当てる。
女性側のドアは建物に面しており開ける事が出来ない。
なので先ずは男性を車外に出してからでないと女性を助ける事は出来ない状況であった。
「ううぅ…ハァハァ、すま、ハァハァ、ない…婆さんをハァハァ」
男性は呼吸が酷く荒い状態で、言葉を発するのもままならない状態だった。
過呼吸だ。
「イサさん、私に任せて!」
するとユザナちゃんが後ろから手を貸してくれて、2人で男性を車外に出すと、ユザナちゃんは男性を支えながら彼の胸に手を当てた。
すると、ユザナちゃんの手の平に鮮やかな緑色の様な光が灯り始める。
「おじいちゃん、大丈夫だからね。おじいちゃんもおばあちゃんも私達が必ず助けるから、安心して。ほら、ゆっくり息を吸って。」
ユザナちゃんのその優しい言葉に呼応する様に、手の平の光は温もりを纏いながら男性の身体をゆっくりと包み込む。
「ハァ、ハァ、ハァ、うぅ…すぅー」
男性はゆっくりと息を吸い込む。
「そう、そしたらゆっくり吐いて。もう一度。」
手慣れたその手つきで優しく男性を包み込み、その暖かな言葉で安心感を与え、的確に男性の容体を回復させていく。
これがユザナちゃんの力だ。
この世界に来てからユザナちゃんに発現した不思議な力、人の傷を癒す治癒の力。
まるでそれは、RPGゲームの回復魔法の様だ。
でも、ゲームではなく現実で目の前に起きている。
その力でユザナちゃんが多くの人を救ってきた場面を私は何度も見てきて、この胸に焼き付けている。
でもそれは、その力だけが理由ではないと私は確信している。
ユザナちゃんが本来持つ、他者を包み込むような優しさがあったからこそ、彼女に救われる人が多いのだろうと。
ユザナちゃんの存在はいつも、皆の心に温もりを与えるのだ。
このユザナちゃんの力については、また後の機会に詳しく話そう。
「おばあさん、ほら肩を貸して。ゆっくり外に出よう、頑張って!」
私は車内に取り残された女性の救出作業に掛かる。
男性の治療に専念するユザナちゃんを背に、私葉私の出来る事をする。
私には、ユザナちゃんの様な力は無い。
ましてや、リクトくんの様な力も。
そう、2人と違い、私は本当にただの人間なのだ。
何も特別な物を持たない。
でもだからこそ、何もしないで悩むのではなく、今の自分の役割をその都度見つけて全力で挑むのだ。
「ごめんねお姉さん…」
申し訳なさそうに謝るおばあさん。
何も謝る必要なんて無いのに。
「謝る事はないですよ、おじいさんも大丈夫だから、ほら」
そうておばあさんの身体を支えると、私はある事に気づく。
車の後部座席に車椅子があった。
そしておばあちゃんの足元には杖が。
どうやら、足が不自由な様だ。
「ごめんね…私足があまり動かなくて…おじいさんは持病があって過呼吸が出ちゃって…」
事情を理解した。
足の不自由なおばあさんを背負い車で避難しようとしたおじいさんは、この状況の不安から持病を発してしまい過呼吸となり、そのまま建物に衝突してしまった様だ。
そして運が良いのか悪いのか、車は滑りながら横向きに建物に衝突しており、それが幸いして運転席と助手席の被害は比較的少なく済んでいるが、助手席の後部座席に設置された車椅子は、衝突のダメージで損傷してしまっている。
「心配はいらないですよ。私達がちゃんとシェルターまで連れていきます。だから今は生き残る事にだけ集中して下さい」
私は覚悟を決めた。
おばあさんを背負って行く。
おじいさんを介抱しているユザナちゃんと目が合った。
私もユザナちゃんも、考えが伝わり一瞬で一致する。
2人で強力して、この老夫婦を助けようと。
ユザナちゃんの力で、おじいさんの過呼吸は収まっている。
しかしまだ身体のダメージがあり、骨が折れているかも分からない為慎重に対処せねばならない。
ユザナちゃんの力は外的要因の傷には有効であるが、持病等の病には効力を発揮しない。
過呼吸等の一時的な表情を抑え込む事は出来るが、生まれながらの持病等の根本的な完治には至らないと言う弱点がある。
その為、足の不自由なおばあさんの足を治す事は出来ない。
万病の特効薬等この世に存在しないが如く、それは現実を突きつけてくる。
それでも、傷の治癒のお陰で大幅に人命救助の力となっているのは間違いない。
「大丈夫、腕の骨が折れてるけど他は幸い無事だよおじいちゃん!腕の骨も何とかするから少し待っててね」
そう言うとユザナちゃんは再び手の平に光を宿す。
おじいさんの腕を治療し始める。
当たり前の様にやっているが、勿論この力だって無償の賜物ではない。
この力を行使するに当たり、ユザナちゃんの体力も消耗する。
治癒する傷の度合いによって、大幅にその体力を消費する事となり、力を使いすぎればユザナちゃんだって危うい状態になってしまう。
かつて、リクトくんが重傷を負った時に治療した際に、その代償としてユザナちゃんは倒れてしまった事がある。
それを踏まえると、あまり良い状況ではない。
過呼吸と傷の治療を行ったユザナちゃんはそれなりに体力を消耗している筈だ。
私がおばあさんを背負って移動するにしても、大幅に移動速度は落ちる。
蛇松ラインまで到達出来れば、後は何とかなるが。
何も起こらなければ…。
私の不安は、ここで嫌な形で的中してしまう。
ドガァァァァァァァァァァン!!!
凄まじい地鳴りが起こった。
リクトくんの戦っている方角を見ると、ジンドウとヒトツメが組合ながら未だ激しい戦いを繰り広げている。
そことは違う方角から地鳴りが発生した事に気づく。
「そんな…どうして!?」
青ざめた表情で、ユザナちゃんはある方角を見る。
「嘘でしょ…?」
私も顔面蒼白となり、ある方角を見つめる。
それはユザナちゃんの見つめた方角とは逆の方向。
一瞬にして、私達は恐怖と不安に包まれる。
ユザナちゃんが見た方角、そして私が見た方角。
どちらからも地鳴りが起こっていた。
私達はそれぞれ見ていた場所の逆を見る。
恐ろしい光景が目の前に広がっていた。
それぞれの方角に1体ずつ、新たなヒトツメが出現したのだ。
その信じられない光景に、私達は一瞬希望を失った。
「そんな…はぁ…はぁ…ヒトツメは1体ずつしか現れない筈じゃないの!?」
ユザナちゃんは息を荒げながら絶叫する。
その声色は明らかに疲労していた。
おじいさんの治療で相当な力を使い、無理をしている状態なのが伝わってくる。
「こんな事は今までに無かった筈…何が起こってるの…?」
私もこの現状を理解する事が出来なかった。
ヒトツメとは、古代の記録から必ず出現する際は1体ずつと言う法則性がある事が判明している。
しかし今回はリクトくんが戦っている個体と合わせて3体。
リクトくんが戦っているヒトツメはまるでタコのような外見のヒトツメ、後から現れた残りの2体はシーラカンスの様な見た目をした異形の出で立ちだった。
すると、片側のシーラカンスの様なヒトツメの目が怪しく発光し始める。
嫌な予感がした。
「ユザナちゃん!!!伏せて!!!」
予感が現実になる前に、伝えなければ。
私は一瞬で判断しユザナちゃんに叫び、同時におばあさんを全身で覆った。
なんとかこのおばあさんを守らねば。
私は必死だった。
その瞬間でユザナちゃんも危険を感じ取り、おじいさんを守ろうとしたのが視界に入る。
それと同時に、凄まじい閃光と機械音の様な無機質な音がした。
ピイィィィィィ!!!
シーラカンスのヒトツメの目玉から、恐ろしい光が放たれる。
その光は港の街の一角を一瞬にして火の海に変えた。
ドカン!!
と爆発音が鳴り響く。
程なくして衝撃波が私達を包み込もうと迫ってきた。
瓦礫の山が迫ってくるのが分かった。
"ここで死ぬのか"
考えたくない思考が瞬く間に脳内を支配した。
だが同時に、諦めたく無い、生きたい、と強い気持ちも込み上げてきた。
その刹那、ユザナちゃんが視界に入った。
ユザナちゃんも私も、おじいさんとおばあさんを全身で包みこんでいた。
絶対に守らなきゃ。
その思いが身体を動かしている。
私達は、最後まで諦めない。
これが最後だなんて思いたくない。
そんな筈はない。
迫りくる爆風を目前に、強く思った。
その時だった。
《見つけたよーーー!!!!!!!》
誰かの声が聞こえた。
聞き慣れた声。
この世界で出会った、私達の友人であり、保護者であり、そして、ユザナちゃんの実の姉の様な存在である、あの人の声が。
その声と同時に、目の前に巨大な存在が現れて、爆風から私達を守ってくれていた。
そこに立つのは、巨大な守護神。
だけど、ジンドウではない。
ジンドウとは違う、この街を守る守護神。
そしてそれに乗るのは、
「お待たせユザナちゃん!!イサちゃん!!ケガはない!?」
「ハレルヤさん!!!!!」
その巨大な守護神から発せられる声を聞いたユザナちゃんが、喜びを纏った声でそう叫んだ。
そう、守護神と共に現れたのはハレルヤさんだ。
HappyFineアイスクリームの店長さん。
そして、ハレルヤさんが乗る守護神の名は、ファインガー。
「遅れごめんね!リコー通りの方の避難はもう済んだから!あとはこっちをなんとかしなくちゃね!」
ファインガーから頼もしい声が聞こえた瞬間に私達の心に希望が灯る。
「あれ、おじいさんとおばあさんも一緒!?ケガしてる!?」
「ケガはなんとか大丈夫です!ただおばあさん足が悪くて」
事情を説明しようとする私の言葉で直ぐ様状況を判断したハレルヤさんは、
「分かった!!警護隊には連絡しておいたから直ぐ来てくれる筈だよ!!、蛇松ラインまで避難すれば大丈夫だから!!あのヒトツメを何とかするから少し待ってて!!」
私達に迫ろうとするヒトツメを1人で引き受けようとするファインガーのハレルヤさん。
そう言うと、ファインガーから不思議な光が私達に向けて放たれる。
「カップシールド!!」
ハレルヤさんのその言葉と同時に、まるでアイスクリームのカップの様な形をしたバリアが私達を包み込む。
「それで何とか身は守れる筈だから!あれを片付けたらファインガーにみんな乗せて上げるから頑張って生き残ってよ!!」
ついでに言うと、何となくこのバリアの中は甘い香りがする。
「ありがとうハレルヤさん!!」
ユザナちゃんがそう叫ぶと、ファインガーは私達に向かってキランッ!とウインクをしてヒトツメの方へ向けて駆けていった。
しかしファインガーと言えど、2体のヒトツメを同時に相手にするとなると非常に危険だ。
リクトくんのジンドウでさえ、ヒトツメ1体を倒すのに相当な苦戦を強いられる。
だが、そんな事で悩むよりも全力で立ち向かう、そんなハレルヤさんの姿は見た者に明るい希望を与えてくれるだろう。
HappyFineの"Happy"の言葉の意味が胸にグッとくる。
「ユザナちゃん、今のうちに行こう!」
私はおばあさんを背負うと、ユザナちゃんにそう告げる。
消耗している今のユザナちゃんに無理はしないで、と言おうとしたが、そんな言葉は無粋だろう。
力強い表情で頷くユザナちゃんを見たら、私も心強くなった。
「クリームランス!!」
ハレルヤさんの声と共にファインガーの持つソフトクリームを模したような武器が、シーラカンスのヒトツメに向けて放たれる。
可愛らしい見た目とは裏腹に、その威力は驚異的でヒトツメの身体を引き裂く。
バシィィィィィィ!!!
クリームランスの刃がヒトツメの胴体を貫こうとするも、間一髪でかわされる。
俊敏な動きを見せるヒトツメは続け様にファインガーへ尻尾の振りかざし攻撃を放つ。
「甘いよ!」
そう言うとファインガーはウエハースの様なこれまた可愛らしい盾で、ヒトツメの尻尾攻撃を防いだ。
本物のウエハースで出来てるのか、攻撃を防ぐとウエハースの破片が辺りに飛散すると言うユニークな光景を見せる。
しかしその防御力は本物だ。
攻撃を防いだ挙動のまま強烈なキックを繰り出してヒトツメに打ち込む。
ファインガーは身軽な動きで素早い挙動を得意とする。
ヒトツメが吹き飛ばされた。
「さぁこれで終わりだよ!」
ファインガーがクリームランスを構えてトドメの一撃を放とうとした。
しかし。
ギシャァァァァァァァァァア!!!!
もう片方に居たシーラカンスのヒトツメがファインガーに向けて襲い掛かってきた。
その瞳を怪しく輝かせ、今正に、先ほど私達の前で放った閃光をハレルヤさんに目掛けて放とうとしていた。
2体のうちの1体がファインガーと戦ってる内に、もう1体は閃光を放つエネルギーをチャージしていたのだ。
「ヤバっ!」
ハレルヤさんがそう呟くと同時にヒトツメの閃光が発射されようとしたその時だった。
《大ジョッキバスターーー!!!!!》
大きな掛け声と共に、強烈な閃光がヒトツメに向けて放たれた。
物凄い光で、直視するのがあまりにも眩しすぎる程だ。
するとたちまちに巨大なエネルギーの光がヒトツメに向かって一直線に伸びる。
正にクリティカルヒットとも言うべき命中。
そのエネルギーが放たれた方角を見たハレルヤさんは言う、
「アキラくん!!おっそいよ!!」
その言葉が向けられた先に居たのは、緑の巨神。
ジンドウの様な大きな身体に、大ジョッキを模したような凄まじく巨大なバズーカ型の武器を逞しく背負っていた。
「悪い悪い、グレートガウランのキーを店に置いてきちゃって取りに行ってたんだよ」
緑の巨神から聞こえて来た声の主は、アキラさん。
またの名をガウランのマスター。
私がバイトしているお店の店長だ。
「なんとか間に合ったから良いじゃん!さぁて、魚をさばくとするかい」
グレートガウランと呼ばれる緑の巨神に乗り込むアキラさん。
よく見ると全身にはビールの樽やお酒の瓶のような形のパーツが散りばめられている。
正にダイニングバーのロボット、とでも言うべきか。
ギラッとしたグレートガウランの眼差しがヒトツメに向けられる。
「今回は2体も現れてるし、リクトくんも向こう戦ってるしなんか異常事態っぽいよね」
ハレルヤさんがそう呟く。
そう言うと次の瞬間、上空からジンドウが降りてくる。
「ハレルヤさん!マスター!ちょっと力を貸して下さい!!」
リクトくんの声がジンドウから発せられる。
「弱気になってんじゃねーよリクト。こっちも3人居るんだし向こうも3人、これでフェアじゃねーか」
男らしくそう告げるアキラさんの言葉はとても頼り甲斐に満ちている。
「いや、3体だけじゃないです。まだ居ます。もっとヤバいヤツが。」
「え、まだいるの!?」
ハレルヤさんの言葉を合図にするかの様に、先ほどの3体のヒトツメが列を成しジンドウ達の前に立ちはだかり、向き合う。
冷静に考えて、グレートガウランの大ジョッキバスターの直撃を受けても尚生きて立ち上がるシーラカンスのヒトツメのタフネスも異常だ。
すると、その後ろから禍々しい赤い煙の様な物が海から溢れ出てきて辺りを暗く染めていく。
「何だありゃ…?」
流石のアキラさんも言葉を失いかける。
「今までとは何かが違う、いつも以上に覚悟決めて行きましょう。早く片付けて今日の夜は一杯やりたいんで!」
リクトくんの言葉にアキラさんはフッと笑ったように
「たまにはイサちゃんにも一杯奢ってやれよ」
と一言を交わす。
「ユザナちゃんにソフトクリームも奢ってあげてよ!」
続いてニコッと笑ったハレルヤさんも、リクトくんに言葉を交わす。
2人を見つめて、頷いたリクトくんことジンドウ。
それと同時にグレートガウランとファインガーも戦闘態勢に入る。
《よし、行くぞ!!!!》
リクトくんの掛け声と共に、3人は禍々しい存在に向けて立ち向かって行った。
かくして、私達はこの未曾有の事態に直面していったのだ。
その前にジンドウって何者かって?
ファインガーとグレートガウランて誰が作ったのって?
なんで千年後の世界に居るのって?
そうだよね、まずそこから説明しなきゃだよね。
この次の機会に、私達の出会いの物語のお話をしましょうか。
千年後の世界で私とユザナちゃんとリクトくん、そしてハレルヤさんやアキラさん、ロストランドの皆と出会った、始まりの物語を。
つづく。
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