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第1章・高校一年生
二学期~素敵なプレゼント☆ ④
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――それから数週間が過ぎ、十二月半ば。世間ではクリスマスの話題で溢れかえっていた。
「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」
「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」
ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。
ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。
「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」
「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」
もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。
「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」
「うん……」
確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、杞憂なのかもしれない。
でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。
(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?)
彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。
「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」
ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……あー、ううん! 何でもない」
(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!)
愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。
「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」
「う~ん、どうしようかな……。冬場は農業のお手伝いっていっても、そんなにないだろうし。それに寒そうだし」
長野県といえば、日本屈指の豪雪地帯である。あの農園はスキー場にも近いので、それこそ降雪量もハンパな量じゃないだろう。
「だよねえ……。あ、じゃあさ、冬休みはウチにおいでよ」
「えっ、さやかちゃんのお家に? ……いいの?」
思ってもみなかった親友からのお誘いに、愛美は遠慮がちに訊いた。
中学時代はよく友達の家に遊びに行ったりもしていたけれど、それは同じ学区内で近かったからだった。
でも、高校に入ってからできた友達の家に招かれたのは、これが初めてだ。
「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」
ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトの藤堂レオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。
「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」
肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。
「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、治樹って名前で早稲田大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」
「…………え?」
愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接あったこともない人からなんて。
……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。
「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」
「ええー……?」
そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路の妨げになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。
「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」
「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」
そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図を理解したらしい。
「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」
「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅場になるよね」
愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。
「考えすぎだよー。お互いに顔も知らないじゃん。街で会ったって誰だか分かんないって。東京だって広いしさ、住んでるところも全然違うだろうし」
「そうだよね……。それはともかく、わたしはさやかちゃんのお家に行ってみたいな。おじさまに許可もらわないといけないかもだけど」
きっと、おじさまも反対しないだろうと愛美も思っていた。
彼女の手紙から、〝あしながおじさん〟が受けているさやかへの印象は、好ましいものでしかないだろうから。
「わたし、さっそくおじさまに手紙書くよ。返事来なかったらOKだと思うから」
あの久留島秘書のことだから、反対だとしたらまたパソコン書きの手紙を送りつけてくるだろう。――ひどい言い草だけれど。
「分かった。じゃ、分かり次第、あたしも実家に連絡する。一緒に来られるといいね。きっとウチの家族、愛美のこと大歓迎してくれるよ」
「うん! わたしも楽しみ!」
(おじさまが、偏屈な分からず屋じゃありませんように……!)
愛美は心の中でそう祈った。そして、もしも彼がそういう人だったら縁切ってやる、と的外れなことを誓ってもいた。
(実際には縁切らないけど。っていうか切れないし)
愛美の学費や寮費は彼が支払ってくれているのだ。万が一縁を切ったらどういうことになるかは、愛美自身がよく分かっている。
「――ところで、珠莉は冬休みどうすんの? また海外?」
さやかがやっと思い出したように、珠莉に話を振った。
「いいえ。我が家は毎年、クリスマスから新年まで、東京の家で過ごすことになってますの。一族のほぼ全員が屋敷に集まるんですのよ」
愛美はその光景を想像してみた。――〈辺唐院グループ〉の一族、その錚々たる顔ぶれが一堂に会する光景を。
(……うわぁ、なんかスゴい光景かも)
でも、その中にあの純也さんがいる光景だけは、どうしても想像できない。
「……ねえ珠莉ちゃん。純也さんも来るの?」
「いいえ、純也叔父さまはめったに帰っていらっしゃらないわね。叔父さまは一族と反りが合わないらしくて。タワーマンションで一人で暮らしてらっしゃるわよ」
「へえ……、一人暮らしなんだ」
彼がひとクセもふたクセもありそうな(あくまでも、愛美の想像だけれど)辺唐院一族の中にいる姿も想像できないけれど、タワーマンションでの暮らしぶりもまた想像がつかない。
(ゴハンとかどうしてるんだろう? もしかして、料理上手だったりするのかな?)
まあ、お金持ちだからそうとも限らないけれど。外食とかケータリングも利用しているだろうし。
「ウチはねえ、毎年お正月は家族で川崎大師に初詣に行くんだよ。愛美も一緒に行けたらいいね」
「うん」
初詣といえば、愛美も〈わかば園〉にいた頃には毎年、園長先生に連れられて施設のみんなで近所の小さな神社に行っていた。
おみくじもなければ縁起物もない、露店すら出ていない、本当に小さな神社だった。でも、そこにお参りしなければ新しい年を迎えた気がしなくて、愛美もそれがお正月の恒例行事のように思っていた。
「――さて、お腹もすいたし。そろそろ寮に帰ろっか」
「そうだね」
――寮の部屋で着替えて食堂に行き、お昼ゴハンを済ませると、愛美はさっそくさやかの家に招かれたことを報告する手紙を〝あしながおじさん〟宛てに認めた。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
期末テストも無事に終わって、わたしは今回も一〇位以内に入りました。
そして、学校はもうすぐ冬休みに入ります。それで、さやかちゃんがわたしを「冬休みはウチにおいで」って誘ってくれました。
さやかちゃんのお家は埼玉県にあって、ご両親とお祖母さん、早稲田大学三年生のお兄さん、中学一年生の弟さん、五歳の妹さん、そしてネコ一匹の大家族です! ものすごく賑やかで楽しそう!
わたし、この高校に入ってからお友達のお家に招かれたのは初めてなんです。それでもって、お友達のお家にお泊りするのは生まれて初めてです。
わかば園では、学校行事以外での外泊は禁止されてましたから。
さやかちゃんのお父さんは小さいけど会社を経営されてて、クリスマスは従業員さんのお子さんを招いてクリスマスパーティーをやるそうですし、お正月にはご家族で川崎大師に初詣に行くそうです。さやかちゃんだけじゃなくて、ご家族もわたしのこと大歓迎して下さるそうです。
わたし、さやかちゃんのお家に行きたいです。おじさま、どうか反対しないで下さい。お願いします!
十二月十六日 愛美 』
****
――それから四日後。
「……ん?」
寮に帰ってきた愛美は、郵便受けに一通の封筒を見つけて固まった。
(久留島さん……、おじさまの秘書さんから? まさか、さやかちゃんのお家に行くの反対されてるワケじゃないよね?)
差出人の名前を見るなり、愛美の眉間にシワが寄る。
「どしたの、愛美?」
そんな彼女のただならぬ様子に、さやかが心配そうに声をかけてきた。
「あー……。おじさまの秘書さんから手紙が来てるんだけど、なんかイヤな予感がして」
「まだそうと決まったワケじゃないじゃん? 開けてみなよ」
「うん……」
さやかに促され、愛美は封を切った。すると、その中から出てきたのはパソコンで書かれた手紙と、一枚の小切手。
「いちじゅうひゃくせんまん……、十万円!?」
そこに書かれた数字のゼロの数を数えていた愛美は、困惑した。
毎月送られてくるお小遣いの三万五千円だって、愛美には十分な大金なのに。十万円はケタが大きすぎる。
(こんな大金送ってくるなんて、おじさまは一体なに考えてるんだろ?)
「……ねえ、さやかちゃん。コレってどういうことだと思う?」
「さあ? あたしに訊かれても……。手紙に何か書いてあるんじゃないの?」
「あ……、そっか」
愛美はそこで初めて手紙に目を通した。
****
『相川愛美様
Merry Christmas!
この小切手は、田中太郎氏からのクリスマスプレゼントです。
お好きなようにお使い下さい。 久留島栄吉 』
****
「えっ、コレだけ? クリスマスプレゼント……がお金って」
愛美は小首を傾げ、うーんと唸った。ますます、〝あしながおじさん〟という人のことが分からなくなった気がする。
(プレゼントは嬉しいけど、お金っていう発想は……どうなの?)
彼の意図をはかりかねているのは、さやかと珠莉も同じようで。
「まあ、なんて現実的なプレゼントなんでしょ。一体どういう発想なのかしらね?」
「何を贈っていいか分かんないから、無難にお金にしたんじゃないの? ほら、女の子の援助するの、愛美が初めてらしいし」
「あー、なるほどね」
さやかの推測に、愛美は納得した。
娘がいる父親なら、愛美くらいの年頃の女の子が欲しがるものも大体分かるはず。ということは、彼には子供――少なくとも娘はいないということだろうか。
(もしいたとしても、まだ小さいんだろうな。まだ若い感じだったし)
「――んで? あたしの家に来ることについては、何か書いてないの?」
「ううん、何も書いてないよ。ってことは、おじさまも反対じゃないってことなのかな?」
愛美はこの手紙の内容を、そう解釈した。
それだけではない。反対していないどころか、自由に使えるお金まで〝プレゼント〟という名目で送ってくれたのだ。
「そうなんじゃない? よかったね、愛美」
「うん!」
愛美は笑顔で頷いた。
一番の心配ごとが解決し、愛美の新しい悩みが生まれる。
「――さてと。このお金で何を買おうかな……」
使いきれないほどの大金の使い道に、愛美は少々困りながらもワクワクしていたのだった。
「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」
「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」
ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。
ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。
「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」
「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」
もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。
「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」
「うん……」
確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、杞憂なのかもしれない。
でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。
(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?)
彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。
「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」
ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……あー、ううん! 何でもない」
(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!)
愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。
「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」
「う~ん、どうしようかな……。冬場は農業のお手伝いっていっても、そんなにないだろうし。それに寒そうだし」
長野県といえば、日本屈指の豪雪地帯である。あの農園はスキー場にも近いので、それこそ降雪量もハンパな量じゃないだろう。
「だよねえ……。あ、じゃあさ、冬休みはウチにおいでよ」
「えっ、さやかちゃんのお家に? ……いいの?」
思ってもみなかった親友からのお誘いに、愛美は遠慮がちに訊いた。
中学時代はよく友達の家に遊びに行ったりもしていたけれど、それは同じ学区内で近かったからだった。
でも、高校に入ってからできた友達の家に招かれたのは、これが初めてだ。
「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」
ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトの藤堂レオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。
「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」
肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。
「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、治樹って名前で早稲田大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」
「…………え?」
愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接あったこともない人からなんて。
……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。
「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」
「ええー……?」
そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路の妨げになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。
「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」
「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」
そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図を理解したらしい。
「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」
「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅場になるよね」
愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。
「考えすぎだよー。お互いに顔も知らないじゃん。街で会ったって誰だか分かんないって。東京だって広いしさ、住んでるところも全然違うだろうし」
「そうだよね……。それはともかく、わたしはさやかちゃんのお家に行ってみたいな。おじさまに許可もらわないといけないかもだけど」
きっと、おじさまも反対しないだろうと愛美も思っていた。
彼女の手紙から、〝あしながおじさん〟が受けているさやかへの印象は、好ましいものでしかないだろうから。
「わたし、さっそくおじさまに手紙書くよ。返事来なかったらOKだと思うから」
あの久留島秘書のことだから、反対だとしたらまたパソコン書きの手紙を送りつけてくるだろう。――ひどい言い草だけれど。
「分かった。じゃ、分かり次第、あたしも実家に連絡する。一緒に来られるといいね。きっとウチの家族、愛美のこと大歓迎してくれるよ」
「うん! わたしも楽しみ!」
(おじさまが、偏屈な分からず屋じゃありませんように……!)
愛美は心の中でそう祈った。そして、もしも彼がそういう人だったら縁切ってやる、と的外れなことを誓ってもいた。
(実際には縁切らないけど。っていうか切れないし)
愛美の学費や寮費は彼が支払ってくれているのだ。万が一縁を切ったらどういうことになるかは、愛美自身がよく分かっている。
「――ところで、珠莉は冬休みどうすんの? また海外?」
さやかがやっと思い出したように、珠莉に話を振った。
「いいえ。我が家は毎年、クリスマスから新年まで、東京の家で過ごすことになってますの。一族のほぼ全員が屋敷に集まるんですのよ」
愛美はその光景を想像してみた。――〈辺唐院グループ〉の一族、その錚々たる顔ぶれが一堂に会する光景を。
(……うわぁ、なんかスゴい光景かも)
でも、その中にあの純也さんがいる光景だけは、どうしても想像できない。
「……ねえ珠莉ちゃん。純也さんも来るの?」
「いいえ、純也叔父さまはめったに帰っていらっしゃらないわね。叔父さまは一族と反りが合わないらしくて。タワーマンションで一人で暮らしてらっしゃるわよ」
「へえ……、一人暮らしなんだ」
彼がひとクセもふたクセもありそうな(あくまでも、愛美の想像だけれど)辺唐院一族の中にいる姿も想像できないけれど、タワーマンションでの暮らしぶりもまた想像がつかない。
(ゴハンとかどうしてるんだろう? もしかして、料理上手だったりするのかな?)
まあ、お金持ちだからそうとも限らないけれど。外食とかケータリングも利用しているだろうし。
「ウチはねえ、毎年お正月は家族で川崎大師に初詣に行くんだよ。愛美も一緒に行けたらいいね」
「うん」
初詣といえば、愛美も〈わかば園〉にいた頃には毎年、園長先生に連れられて施設のみんなで近所の小さな神社に行っていた。
おみくじもなければ縁起物もない、露店すら出ていない、本当に小さな神社だった。でも、そこにお参りしなければ新しい年を迎えた気がしなくて、愛美もそれがお正月の恒例行事のように思っていた。
「――さて、お腹もすいたし。そろそろ寮に帰ろっか」
「そうだね」
――寮の部屋で着替えて食堂に行き、お昼ゴハンを済ませると、愛美はさっそくさやかの家に招かれたことを報告する手紙を〝あしながおじさん〟宛てに認めた。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
期末テストも無事に終わって、わたしは今回も一〇位以内に入りました。
そして、学校はもうすぐ冬休みに入ります。それで、さやかちゃんがわたしを「冬休みはウチにおいで」って誘ってくれました。
さやかちゃんのお家は埼玉県にあって、ご両親とお祖母さん、早稲田大学三年生のお兄さん、中学一年生の弟さん、五歳の妹さん、そしてネコ一匹の大家族です! ものすごく賑やかで楽しそう!
わたし、この高校に入ってからお友達のお家に招かれたのは初めてなんです。それでもって、お友達のお家にお泊りするのは生まれて初めてです。
わかば園では、学校行事以外での外泊は禁止されてましたから。
さやかちゃんのお父さんは小さいけど会社を経営されてて、クリスマスは従業員さんのお子さんを招いてクリスマスパーティーをやるそうですし、お正月にはご家族で川崎大師に初詣に行くそうです。さやかちゃんだけじゃなくて、ご家族もわたしのこと大歓迎して下さるそうです。
わたし、さやかちゃんのお家に行きたいです。おじさま、どうか反対しないで下さい。お願いします!
十二月十六日 愛美 』
****
――それから四日後。
「……ん?」
寮に帰ってきた愛美は、郵便受けに一通の封筒を見つけて固まった。
(久留島さん……、おじさまの秘書さんから? まさか、さやかちゃんのお家に行くの反対されてるワケじゃないよね?)
差出人の名前を見るなり、愛美の眉間にシワが寄る。
「どしたの、愛美?」
そんな彼女のただならぬ様子に、さやかが心配そうに声をかけてきた。
「あー……。おじさまの秘書さんから手紙が来てるんだけど、なんかイヤな予感がして」
「まだそうと決まったワケじゃないじゃん? 開けてみなよ」
「うん……」
さやかに促され、愛美は封を切った。すると、その中から出てきたのはパソコンで書かれた手紙と、一枚の小切手。
「いちじゅうひゃくせんまん……、十万円!?」
そこに書かれた数字のゼロの数を数えていた愛美は、困惑した。
毎月送られてくるお小遣いの三万五千円だって、愛美には十分な大金なのに。十万円はケタが大きすぎる。
(こんな大金送ってくるなんて、おじさまは一体なに考えてるんだろ?)
「……ねえ、さやかちゃん。コレってどういうことだと思う?」
「さあ? あたしに訊かれても……。手紙に何か書いてあるんじゃないの?」
「あ……、そっか」
愛美はそこで初めて手紙に目を通した。
****
『相川愛美様
Merry Christmas!
この小切手は、田中太郎氏からのクリスマスプレゼントです。
お好きなようにお使い下さい。 久留島栄吉 』
****
「えっ、コレだけ? クリスマスプレゼント……がお金って」
愛美は小首を傾げ、うーんと唸った。ますます、〝あしながおじさん〟という人のことが分からなくなった気がする。
(プレゼントは嬉しいけど、お金っていう発想は……どうなの?)
彼の意図をはかりかねているのは、さやかと珠莉も同じようで。
「まあ、なんて現実的なプレゼントなんでしょ。一体どういう発想なのかしらね?」
「何を贈っていいか分かんないから、無難にお金にしたんじゃないの? ほら、女の子の援助するの、愛美が初めてらしいし」
「あー、なるほどね」
さやかの推測に、愛美は納得した。
娘がいる父親なら、愛美くらいの年頃の女の子が欲しがるものも大体分かるはず。ということは、彼には子供――少なくとも娘はいないということだろうか。
(もしいたとしても、まだ小さいんだろうな。まだ若い感じだったし)
「――んで? あたしの家に来ることについては、何か書いてないの?」
「ううん、何も書いてないよ。ってことは、おじさまも反対じゃないってことなのかな?」
愛美はこの手紙の内容を、そう解釈した。
それだけではない。反対していないどころか、自由に使えるお金まで〝プレゼント〟という名目で送ってくれたのだ。
「そうなんじゃない? よかったね、愛美」
「うん!」
愛美は笑顔で頷いた。
一番の心配ごとが解決し、愛美の新しい悩みが生まれる。
「――さてと。このお金で何を買おうかな……」
使いきれないほどの大金の使い道に、愛美は少々困りながらもワクワクしていたのだった。
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